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Bonjour!(てらこや新聞159-163号 秋・冬号 谷のコーナーより)

日焼け

この夏も、日に焼けてしまった。旅行やレジャーに出かけたのなら、日焼けもお土産の一つに入るだろう。皮がむけるほどなら、それも夏の思い出になる。しかし、残念ながらそうではない。日々の対策を怠って、肌色がワントーン濃くなったのだ。

世の中には日焼けが似合う人と似合わない人がいて、私は後者だ。色白というわけではないが、強い日差しや汗の影響で肌荒れが起こりやすい。そのせいか、日焼け止めクリームを持ち始めたのは同級生より早かったのかもしれない。全身真っ黒になっていたのは、小学六年生の夏までだ。それ以降はインドアスポーツに励んでいたこともあり、 ヒリヒリと赤くなった後に黒くなる日焼けは避けられなかった場合に限られている。

夏の終わりのお風呂上り、あまり日焼けしないももの内側に、年中日焼けしている右手をあてて、その色の差をまじまじと見つめる時がある。二十代の頃はこまめに日焼け止めを塗り直していたが、今はあの頃のようなストイックさはない。だからしかたがないと開き直りたい気持ちと、だからといって開き直ってはいけないという気持ちがせめぎ合いをする。日焼けなど気にせず夏を満喫したとは言いがたい感じを、私の肌色はよく表している。


by terakoya21 | 2018-12-10 08:30 | Bonjour

Bonjour! (てらこや新聞91号 谷のコーナーより)

1, 2, 3, 4, 5

777, 1234, 5678765...

いわゆるゾロ目や連番、回文数という数字の並びを目にすると、「おおっ!」と少し嬉しくなる。 しかし街中を走る車に関しては、希望ナンバー制が始まって以来、それらに遭遇したという感覚が薄らいでしまった。おそらく、ここでは偶然というのが「ミソ」だろう。

愛車の走行距離を示すメーターにも数字は並んでいるが、それはほぼ毎日更新されていく。メーターはあと2キロでイイ感じの数字になるけれど、その2キロ先では都合よく止まれず、いつのまにか忘れ、思い出した頃にはもう3キロ以上オーバーしていたという経験が何度もある。自分自身で運転しているときならある程度調整できそうな気もするが、危険を冒してまで見たい訳ではないので、なかなか上手くはいかない。だからこそ、ふと目にしたときの嬉しさがあるのかもしれない。きっと、故意ではないことが「カギ」なのだ。

それは、人から指摘を受けた際の響き方にも通じるものがある。予期や覚悟をしているときよりも、不意に訪れたときほど、その衝撃は強い。褒められたり認められたりしたときはより嬉しく感じ、叱られたりたしなめられたときはより気分が沈んでしまう。その上、私の経験では、自分自身が意識的にしていることよりも無意識の言動のほうが人は見ている。ただ、私の日常生活では、「そうしよう」としていることよりも何気なく「そうしていた」ことのほうがはるかに多いからかもしれないが……

「無意識」を気にしだせば、それこそ「意識」に 囚われてしまいそうだが、きっと意識的な取り組みの積み重ねがいつか無意識の言動に表れてくる。そのことはいつも認識していたい。

♪1, 2, 3 for 5 / ゴスペラーズ / 詞 酒井雄二
/ 曲 酒井雄二 / 2009.3
by terakoya21 | 2012-11-02 16:26 | Bonjour

Bonjour! (てらこや新聞88号 谷のコーナーより)

HANABI

第88号が発行される頃には、「2012年はオリンピックイヤーだ」と言う必要などないほどに、巷にはオリンピック情報があふれていることだろう。前回の北京オリンピック直後には、4年後と聞いても遠い先ことだと思っていたのに、もう代表選手の動向が頻繁に聞かれる時期になった。

近頃、運動会や成績表に順位をつけない学校が増えている背景には「大事なのは勝ち負けじゃない」や「ナンバーワンよりもオンリーワン」という風潮があるからだそうだ。オリンピックに当てはめてみれば「参加することに意義がある」ということなのだろう。

しかし、この有名な一節を掲げながら、選手個人の世界ランキングや国別メダル数に一喜一憂する社会にはどうしても違和感を抱いてしまう。一体、どの分野で、どの段階から「勝ち続けること」や「オンリーワンよりもナンバーワン」が期待されるようになるのだろう。

頭の隅の方でとそんなことを考えつつも、オリンピックが始まってしまえば、私は単純に選手たちの高い身体能力や巧みな技術、強い精神力に圧倒されていることだろう。適度な実況と適切な解説が添えられる競技中継は、メジャーマイナーを問わず楽しんで観戦できるものだ。そして、試合を終えた選手の姿に、日々の積み重ねが「結果」として残る現実の厳しさを目の当たりにする。望んだ通りに、また望まれた通りに、大輪の花を咲かせることは、やはり簡単ではないと痛感せずにはいられない。

♪HANABI / Mr.Children
/ 詞 Kazutoshi Sakurai
/ 曲 Kazutoshi Sakurai / 2008.9.3

(Y.T)

(てらこや新聞88号は7月15日に発行されたものです)
by terakoya21 | 2012-09-01 10:05 | Bonjour

Bonjour! (てらこや新聞84号 谷のコーナーより)

GIFT

世の中の時流に乗ってみると、12月から3月にかけては、贈り物を渡したり受け取ったりする機会が多い。残念ながら、一生もらってばかりで過ごせるような星の下に生まれてはこなかったので、私にとっては、「だれかのために何かを用意する難しさ」を一番感じる時期なのかもしれない。

人生の節目のお祝い、お世話になったお礼、旅行先でのお土産……どんな場合でも、相手の生活や好き嫌いなどをあれこれ考えながら過ごす時間は、少し特殊な時間だと思う。時には別の人にアドバイスを 求め、普段は縁遠い売り場にも足を踏み入れる。もちろん自分の懐ともよく相談の上で選別しながら決めるのだが、選択肢は多ければいいというものでもない。少なすぎるのも困るが、多ければ多いほど、優柔不断な人間には試練が続く。その上、自分のセンスに自信のない者にとってみれば、センスのなさを恨みたくなる。こうして挙げていると、私は何だかとても大層なことをしている印象を与えるかもしれないが、実際には妥協の連続で、結局は無難な定番ものを手にとっていることも少なくない。

そんなこんなで準備を整えることができたとしよう。それ渡す過程こそが私の最も苦手とする場面だ。心の中は、気恥ずかしさと相手が喜んでくれるかどうかの不安とが入り混じる。「ツマラナイモノデスガ……」という決まり文句も本当に相手にとって「つまらないもの」だったら笑えないなどと考えてしまう。幸い私の周りには、「中身は詰まっとるやろ?」と冗談を言ってくれるか、どんなものでも「ありがとう」と受取ってくれるオトナの人ばかりのようで、私はその場で悲しい思いをすることなく済んでいる。

プレゼントは、モノよりもココロが大事……とはわかっていても、やはり包みの中も気になってしまうのは私だけだろうか。


♪GIFT / Mr.Children / 詞 Kazutoshi Sakurai
/ 曲 Kazutoshi Sakurai / 2008.7
gift:贈り物, 寄贈品[物] / 天賦の才, 才能

(Y.T)
by terakoya21 | 2012-04-05 14:48 | Bonjour

Bonjour! (てらこや新聞83号 谷のコーナーより)

365+1歩のマーチ

年末年始には、何かにつけて365日のうちの一日一日を意識するのに、1月末になるとなぜか「12分の1」と考えてしまう。年頭に決めた目標や日課にしても、なぜそれにしたのかはおろか、何だったのかさえ、自信満々には言えなくなる。

言い訳をさせてもらえるなら、私の場合、お正月明けに誕生日が待っているから……だろうか。寺子屋で生徒たちが「おめでとうございます」と言わされること以外、これといって特別なことがあるわけでもないのだが、その日が過ぎてようやく新しい年の日常が始まる感覚がある。そして一週間もたてば、1月下旬と呼ばれる時期になり、気がつけばカレンダーがめくられ、日本では暦の上で春を迎えている。

私が日常の一日ととらえている今日という日も、きっと誰かにとっては何かの記念日なのだろう。仕事柄、人間が体格的にも内面的にも  著しく成長する過程を目にする機会に恵まれている。自分と比較して、少し気落ちしたり違和感を抱いたりすることはあるけれど、それが プラスの刺激になっているのは確かだ。

「1日1歩、3日で3歩」と上手い具合にはいかないが、今年は閏の一日分をちゃんと実感できるよう、ここらで気を引き締め直したほうがよさそうだ。

(Y.T)
by terakoya21 | 2012-03-15 19:22 | Bonjour

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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