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あとがき (てらこや新聞 2019年 秋・冬号 より)

Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school. The aim must be the training of independently acting and thinking individuals who see in the service of the community their highest life problem.

「教育は、人が学校で学んだものをすべて忘れてしまったあとに残るものである。その目的は社会貢献が人生のもっとも大切な課題であると知り、自立して考えて行動できる人を育てることでなければならない。」

アインシュタインの残したといわれる名言の中で一番私が好きで、何かに躓いたと感じるとき、読み直す言葉です。

―先日、台風19号がやってくるという予報が出されたあと、生徒の1人が

「伊勢湾台風ってすごい台風やったんやろ?」

と、私に聞いてきました。

―私は生まれるずっと前の話だけれど、そうだったみたいね。

と、応えると、

「え?そうなん?」と 返事が来て() 驚いて

―私の母親が18歳くらいのときです。私の生まれるずっと前の話です!

と、力強く反論しましたが

その話を聞いて、友人が

「伊勢湾台風を経験しているかどうかより、先生は何でも知っていると生徒さんたちは思っているんやな。」

と、言ってくれました。生徒たちだけではなく、アシスタントや卒業生の発言に、谷さんがよく

「亀井先生は何でも知っていると思ってますね、彼ら 笑」

と、言っていますが、初めて谷さん以外の人に指摘されました。

私は、なんでも知っているわけでもなく、そうやっていろいろ聞いてくる卒業生など、どちらかというと私にはもう教えることなどなく、私は踏み台の役割すら果たせないのではないかと思う若者ばかりです。いまだにそうやって、役に立つか立たないかわからない小母さんに声をかけてくれる若者がいることに感謝する毎日です。

一方、どちらかというと、なんでも人に聞けばいいと思っている子どもたちが増えています。

だれでも、なんでも、Siriだと思っているのではないかと思うほど・・・

そして、そういう生徒たちー若者たちは、自分の努力を棚に上げ、人のせいにして、自分がテストで点数が取れないのは

「テストが難しすぎた」とか

「テスト範囲以外から出た」とか

「先生の説明がわかりにくい」とか

言い訳が並びます。

一方、そういう子どもたちの周囲の大人は、どちらかというと点数や成績だけで子どもたちの能力を判断しがちです。だから、そんな言い訳が必要だと子どもたちが思うのです。

教育の目的は「社会貢献が一番の課題であること」を知っていて、そのために自分で考えて 行動できる人を育てることです。社会のためを考えて自分で考えて行動できる人がこれから求められる人材です。

さて、、、いつものように最後になりましたが、不定期にしか発行できなくなっても原稿を送ってくださる海住さんに感謝申し上げます。そして、今回も最後までお付き合いくださった読者の 皆さんにも感謝いたします。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いいたします。

(Y.K)



by terakoya21 | 2020-01-06 08:30 | 新聞最新号

Howdy? (てらこや新聞 2019年秋・冬号 竹川のコーナーより)

~ 飛びつかない!? ついていけない!?

10月、消費増税が行われた。増税を前に、  「キャッシュレス・ポイント還元事業」の広告のマーク(アルファベットのCにチェックの記号が入ったもの)を至る所でよく目にした。

消費者心理としては出来るだけ出費は抑えたい…どう対策するべきかと思いつつも、年末に向けて年賀状印刷に使うであろうプリンターのインクを前もって買ったくらいで、我が家では特にこれといって駆け込み需要で買い込んだものはなかった。

7月にスマートフォンを機種変更し、長期利用で貰える特典が電子決済サービスでのポイント還元ということでアプリを起動することになった。起動はしたものの、使い方がわからない…分からないというより、いつものことながら、新しいものを使う前には初めの一歩がなかなか踏み出せなかった。

考えてみれば(年代がバレてしまうけれど…)ポケベルを持ったこともないし(持とうと考えたことすらない)、いわゆるガラケーと呼ばれる携帯電話を持つようになったのも周りから比べると、はるかに遅かった。ガラケー支持者というわけでもなかったのに、携帯電話をスマートフォンに換えたのも、幼稚園での連絡等に必要だろうから、というかなり消極的な理由から だった。

どんなことでも、初めて体験することには多少の 不安がつきまとう。人によって、その不安が大きいか小さいかの違いはあれど、誰もがおそらく持つ感情だろう。

増税が始まり少したった10月半ば、特典のポイントの期限が迫っていることもあって、おそるおそる電子決済サービスを使ってみた。使ってみたら…なんと便利な機能なのだろうと感心することしきり(^_^;。そして、使う前は不安だったのに、使えると分かったら「なぁんだ、こんな簡単なことなのか」(実際そんなにたいしたことでもないのに…(^_^;) と意気揚々とした気分になったりしている。

流行には敢えて飛びつかない、と言えば聞こえはカッコいいけれど、実のところ大半はついていけていないだけだと気付かされる(元々そうだと分かってはいるけれど…(^_^;)

(K.T.)



by terakoya21 | 2020-01-05 08:30 | 新聞最新号

I Love Books! (てらこや新聞2019年 秋・冬号 たけがわのコーナーより)

BOOK929394:北村 薫
「覆面作家は二人いる 新装版」「覆面作家の愛の歌 新装版」

「覆面作家の夢の家 新装版」

(角川文庫)

私の大好きな作家、北村 薫さんの作品です。

私が北村さんの作品を好きになったきっかけは、友人が勧めてくれた「円紫さんと私」シリーズでした。今回ご紹介する3冊もシリーズ物で、この3冊で完結しています。角川文庫からは1997年に出版されていましたが、気になりつつ私は読んだことがなかったシリーズでした。今年5月末から新装版が出ることを知り、新装版を買い求めて3冊まとめて一気読みしました(^_^;

主人公の覆面作家は19歳の深窓のご令嬢、千秋さんです。世田谷の、執事・お抱え運転手付きの大豪邸に住むお嬢様で、かなりの人見知りなのですが、一歩、豪邸の門を出るとサーベルタイガーに変身します!(詳しくはぜひ読んでみて下さい)そして、この千秋さんは、数少ない手がかりから、解けそうもない難問や事件の糸口をあっという間に見つけ出してしまうという名探偵の一面も併せ持っています。

千秋さんと、彼女の作品を担当することになった出版社の担当者・岡部良介を中心に物語が展開され、殺人事件や誘拐事件、万引きの謎などを解決していくミステリーとなっています。

軽やかで明るく、読みやすい物語です。

何気ない日常を取り上げているけれど本格的な推理にあっと驚かされます。それぞれの登場人物の関係性も展開し、人間の心の奥、内面の深さも垣間見られます。このシリーズにはユーモアもたっぷりあって、楽しいシリーズです。       (K.T.)


by terakoya21 | 2020-01-02 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞 2019年秋・冬号 谷のコーナーより)

Bath salt

今年も、湯船に浸かると自分の身体が冷えていたことがわかる季節になった。これから真冬に向け、入浴にかかる時間はだんだん長くなる。我が家では、入浴剤を久しく使っていなかったが、数年前にいただきものを試してみたところ、その保湿効果を実感したのは私だけではなかったようだ。それ以来、空気が乾燥している季節には入浴剤を使う頻度が高くなる。

先日、ホームセンターで小袋入りの入浴剤がよりどり15個のワゴンセールで売られていた。ワゴンの中には、おなじみの温泉と同様の効能をうたっているものだけでなく、私が抱いていた入浴剤のイメージそのものを更新させるものがたくさんあった。ゆずではなくマスカット、ひのきではなくローズヒップ……それらは「入浴剤」よりも「バスソルト」のほうが似合うものばかりで、知らぬ間にお風呂場で楽しめる世界は大きく広がっていたのを知った。

結局、私が選んだ15個のうち、大半は全国の名湯やこれまでの定番ものに落ち着いてしまった。しかし、お風呂の時間くらいは、国内の温泉にとどまらず、まだ見ぬバスソルトの世界へ浸かってみるのもいいのかもしれない。新しく買ったのを試すのは、もう少し秋が深まってゆっくり湯船に浸かりたい季節になってからにしよう。


by terakoya21 | 2019-12-31 08:30 | 新聞最新号

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~ (てらこや新聞2019年 秋・冬号 亀井のコーナーより)

Education is what remains 教育とは~

寺子屋の20年目の半分が終わった。ここ数年、急に忙しくなり、ここ数か月、初心を忘れないようにと何かに促されているように戒めのような日々が続いている。

英語は言葉だ。単なるコミュニケーションの道具だ。

そう言い続けて20年という日々が過ぎている。

先日、中学1年生の生徒が 「トムはピアノを弾く」と「ビルはピアノを弾ける」だとすれば、どちらのほうが上手にピアノを弾くのか・・・と聞いてきた。

おそらく、ほとんどの人の頭に「????」が浮かんだに違いない。私たちの頭にも同じように「はてな・・・」とつぶやかれている。笑

このような質問が質問だと思っている子どもたちが増えている。この文章だけではわからないし、日本語でもそこまで伝わらないことを説明するのだけれど、納得はしてもらえない。

―そして、そんな質問をする生徒は全てにおいてそんな質問をして首を傾げていることが多い。

なので、私は、少し話をしてみる。

この文章だけではわからないけれど・・・という スタンスは変えない(というか、変えられない)   でも・・・

自分で「私はピアノを弾く」という人と「私はピアノを弾ける」という人なら「弾く」という人のほうが上手なんじゃないかなぁと思う。

でも、この例文のように、他人が評価しているなら・・・「できる」という言葉があるほうが「できる」気がする。

と、、、

なぜなら、本当にできる人は、謙虚なので「できる」とは言わないことが多い。弾く習慣があることを伝えれば十分なのだ。「弾ける」と言う必要はないことを知っている。だから、自分のことを言うのなら、「弾ける」ではなく「弾く」。

だけれど、自分以外の人のことを言うなら・・・ 「弾く」よりも「弾ける」と表現するのだと思う。

そんなことを先日も話してみた。

今度は、生徒の頭に「????」が浮かぶのが 見える気がした。 笑

私たちの仕事は、今、何かをすぐにわかってもらうためのものではないと私は信じている。今、私たちが伝えることで子どもたちがー生徒がーいつか役に立ててくれるであろう種をまくことだと私は信じて 疑わない。

小さな疑問をぶつけることは大切だけれど、私たちがいつも答えを持っているわけではないこと、そして、いつも自分が納得できる 答えが返ってくるわけではないことーだから、自分でも考え、調べ、学ぶ努力を続ける必要があることを伝え続けたいと思っている。

「学び方」、「考え方」がわからない子どもたちが増えている。世の中、すぐに答えが出て、いつも 正解があるとは限らないことのほうが多い。

いっぱい、考え、たくさん学べる環境づくりをこれからも続けたいと思っている。それが、私が受けた「教育」であり、「社会貢献」だと信じている。

Y.K



by terakoya21 | 2019-12-30 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞 2019年秋・冬号 谷のコーナーより)

Brass band

9月上旬、チャリティージョイントコンサートを聴きに行った。大学校友会から県内在住の卒業生向けにお知らせが届き、地元でこの演奏会が開催されるのを知った。私自身が現役の吹奏楽部員だったのは中学生の時で、大学在学中の4年間には吹奏楽部とこれといった縁はなかった。しかし、母校である大学と母校である高校が共演する珍しいこの機会に、久々に吹奏楽を聴いてみたくなった。

大学生の司会進行による和やかな雰囲気の中、県内の公立中学校・県立高校の吹奏楽部が順番に数曲ずつ演奏した。舞台からは、演奏会独特の緊張感と音楽を楽しむ若さがあふれていた。出演校がそれぞれに自分たちの持ち味をいかした選曲やパフォーマンスを披露し、あっという間の2時間半だった。

演奏を聴きながら、楽器の練習に励んでいた中学校時代を思い出した。部内の先輩・後輩の区別ははっきりとつけられていて、全パートが出揃って合奏練習をする音楽室にはピリピリとした空気が張り詰めていた。しかし、顧問の先生がタクトをふれば、それに合わせて各パートの音が重なり合い、一つのハーモニーが出来上がっていた。ある日の合奏練習中に、私は全身が温かな音に包まれたのを感じた。当時の細かな記憶はどんどん薄れてしまうけれど、あの時の不思議な感覚と感動は今でもはっきりと覚えている。


by terakoya21 | 2019-12-22 08:30 | 新聞最新号

旅日記

61

イングランド南西部 ②

12月のイングランドは最悪。寒いし暗い。朝の8時なんてまだ夜明け前の暗さだし、昼の2時半にはどっぷりと夕方になるので、明るい時間の活動時間はほんとうに短い。それに晴れた日が少ないし、晴れても弱々しい日差ししかない白い太陽が小さく見えるだけだ。今度行くとしたら、ウインブルドンのテニスが開催される頃合いだろうと、思い込んでいる。

手袋を持たないままの旅だったが、あまりに手が冷えついに我慢できなくなったので、ソールズベリーの街のスーパーで毛糸の手袋を買った。セーターの色に合わせて、こげ茶のものにした。とっくに日が落ちたあとだ。そして、旅行代理店トーマス・  クックに行った。スペインに行くフェリーのチケットと、スペイン通貨のトラベラーズ・チェックを買うためだ。トラベラーズ・チェックは持たずに、アメリカ系の銀行に開いてあった口座からATMなどで現地通貨の現金を少しずつ引き出しながらの旅だった。しかし、東欧など国情によって使用可能なATMが大都市に1つ有るかないかという経験をしたので念を入れた。

トーマス・クックの窓口の女性はとても愛想がよく、わたしがスペインに行くのだと知ると心からうらやましそうだった。12月のイングランドは最悪、スペインが最高。スペインでは暖かい太陽が降り注ぐからだ。わたしはスペインから北アフリカのモロッコへも足を延ばそうとしている。寒くて暗いところはもうまっぴらだ。

ところで、ソールズベリーの宿は、世界でもっとも売れているガイドブック「ロンリー・プラネット」に書いてあったRon&Jenny Coatsというところだった。「It’s a pleasant old house and the Coats are welcoming. A bed costs 7.50, breakfast is 2 to 2.35」とあった。オールド・ハウスというイメージはわからなかったが行ってみた。1ポンドは160円ぐらいだったと思う。一泊1200円ほど。オーナーのRon&Jennyさん夫婦は30代ぐらいで、近所で飲食店を営んでいるようなので、朝食もお願いした。

イングランドの古い街でよく見かける木造の伝統的な漆喰の一軒家で、木の床や階段がきしむのがとても感じ良かった。2階の大部屋の中で適当なベッドを見つけて眠るドミトリー式にしてあった。シーズンはずれの12月なので泊まり客はわたし1人だけのようだった。洗面室の板間に据え付けるように置いてあった足つきの浴槽は、ヨーロッパの絵画に出てくるようなレトロで優雅な陶製のようでとても気に入った。安ホテルではシャワーしかない宿泊施設がほとんどなので、お風呂はうれしい。

部屋に戻ると、1人の若い女性客がバックパックを解いていた。ニューヨークの人だという。話しかけても気のない返事をするだけだった。

翌朝、どこを探してもオーナーさんがいない。1階で朝食をとっていた相部屋の人に、「カギ(部屋のカギではなく建物のカギ)を置いておくので、もし、オーナーを見かけたら、伝えておいて」とお願いすると、「もし、見かけたら」と愛想のない返事だった。

明るくなってRon&Jenny Coatsの建物を眺めたが、やはり、なかなか素晴らしい古民家だった。ヨーロッパらしい、小さなソールズベリーの石畳の街並みによく似合っていた。ゆるい右カーブの左側に建つさまは絵になる。

この街一番の観光名所は、ソールズベリーの大聖堂だ。この旅より以前に、わたしが所属していた読売新聞社の主催で三重県立美術館で開催された、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館展の担当記者になった際、作品に同行し来日していたヴィクトリア&アルバート美術館学芸員から同美術館とイギリス絵画について話をうかがったことがある。その中にあった作品の一つが、19世紀イギリスを代表する風景画家、コンスタブルが描いたソールズベリーの大聖堂だったと記憶している。

その絵の記憶に基づいて見る数百メートル先の原っぱの散歩道から大聖堂を見渡せる眺めは、コンスタブルの絵そのものだった。描かれてから100年たっても変わらない大聖堂のある周囲の風景。イギリスではそのあたりを変えない、しっかりとしたルールが存在するはずだ。

眺めのよい散歩道の脇に置いてある木のベンチに、こんなことが書いてあった。

ある男性の名前と生没年に、「ここからの風景がお気に入りで、日々の散歩の際、何よりもこの場所からの眺めが好きだった」ということで、遺族の方が  ベンチを寄贈したのだ。

手袋をはいてもかじかむ手でカメラのシャッターを押し、コンスタブルの イメージを写真に収めようとした。

そういえば、大聖堂の中に安置してあった石棺には、「この中で眠る人はマグナ・カルタの証人である」と彫ってある。マグナ・カルタ、それは、昔、世界史で習ったあれだ。1215年と覚えている。貴族たちが、国王ジョンを屈服させ、教会と貴族、都市が王権に制限を加え、貴族の特権、都市の自由などを認めさせた文書で立憲主義の出発点とされる。その時代の人が目の前の石棺に収まっているかと思うと悠久の歴史が現代に連なっていることをじかに感じさせてくれる。

すごいぞ、イングランド。

(1995年12月13日~14日)


by terakoya21 | 2019-12-16 08:30 | 新聞最新号

おしらせ (てらこや新聞2019年 秋・冬号 より)

≪おしらせ≫

寺子屋かめいでは、通年、日曜日と月曜日にお休みをいただき、
火曜日から土曜日は祝日に関わらず授業を行っていますが、
12
19日(木)は臨時休業

1228()13()は年末年始休業となります。

(セントヨゼフ女子学園中学校受験応援講座のみ12日(木)まで。振替授業はありません。)

1228() 10時より 寺子屋大掃除&忘年会 があります。

「手伝ってあげよう!!」という皆さんの参加を待っています!!

当日は、大掃除後にピザ&ケーキが出ます♪

参加希望の寺子屋生は、事前に講師へお知らせください。


by terakoya21 | 2019-12-15 08:30 | 寺子屋かめい

まえがき (てらこや新聞2019年 秋・冬号)

~ Education is whatremains… 教育とは ~

“Education is what remains after one has forgotten what one has learned inschool. The aim must be the training of independentlyacting and thinking individuals who see in the service of the community theirhighest life problem.”

「教育とは人が学校で習ったことをすべて忘れてしまったあとに残るものである。その目的は社会貢献が 人生のもっとも大切な問題であると知り、自立して考えて行動できる人を育てることでなければならない。」

アインシュタインの言葉です。心に響く日々が続きます。
by terakoya21 | 2019-12-08 08:30 | 新聞最新号

あとがき (てらこや新聞2019年 春・夏号 より)

2019年の上半期が終わろうとしています。あわただしい6か月だったと言えば、あわただしく、一方でとても充実した6か月となっています。

このところ「てらこや新聞」の発行が34か月ごとになっていて、私自身、1つ1つの原稿を書き上げる間に時間があり、いろいろなことが身の回りでも世間でも起こり、考えを巡らせた結果となってしまっています。

今回は「まえがき」では、子どもたちの刹那的な学習への取り組みに、「寺子屋の日々」では、そんな風に日常的に刹那的なのに他から多くを求める若者の後ろにある社会や大人たちの様子に、「My song」のコーナーでは、そのとき起こっていた事件への人々の反応を見ながら、思ったことを書き綴ってみました。

「貧しい者とは、ほとんど何も持っていない人のことではなく、より多くを欲する人のことを言う」

―私の幼いころにはよく聞いた「分相応」「分不相応」という言葉―もう、死語でしょうか。

今、いる場所でできることから始める―そんな地道な一歩が見えない、踏み出せない若者―だけではなく―そんな人が増えているように思います。他方では、自分たちは安全な場所にいて、分析ばかりしている人も・・・。

日頃、自分には甘く、人に厳しい人たちが、何かが起こるとすぐ誰か悪者を見つけては、叩こうとする、、、そんな社会の在り方、それを容認する大人の姿は、若者にそして子どもたちにどのように映るのでしょうか。

人生いつでもやり直せる

自分次第

なんて、きれいごとを並べ立てながら、何かが起こると、「悪魔」だとか「一人で死ね」とか「老害」だとか「悪者」はどんな非難を受けてもどんな仕打ちをされても文句を言えないような主張をされる人々の発想は、いつも自分たちは「善人」で、「天使」で、「正義」であり、「加害者」にはならないと確信があるかのような言動で―人間の弱さや欠点を認めない。そんな世の中で、どんな風に「人生をやり直す」ことができると、私たちの未来である子どもたちが思えるのかと悲しくなることがあります。

「子供らを被害者に加害者にもせずに」

―子どもたちだけではなく、自分たちの愛する人々が被害者にも加害者にもならないために、まず何をすればいいのかを、大人たちは考えるべきなのに、加害者になってしまった人を追い詰め、また新たな加害者を作り出す社会になってしまっている―と感じることが増えています。そして、誰でも被害者だけではなく、加害者になるかもしれない危険があることに気づいていないのです。

被害者だけではなく、加害者にもさせてはならない―そう1人でも多くの大人が思えたら、だから、本当に小さな善意をいつも人に示せる人である人が1人でも増えたら、世の中変わるのに―と思うのです。

そして最後に「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない」というまえがきの言葉へと戻ります。今、若者と話をしていて、私が一番気になるのは若い彼らに自分たちが正しい、自分たちはできるという根拠のない 自信はあるのに―これは、いつの時代も若者にはありがちな、私もかつて恥ずかしいほど持っていた自信ですが―「世の中を変えてやろう」とか「世の中変えられる」とか、その力を自分が持っているという自信は、皆無に近いということです。

1人ではどうにもならない

この職場では一生働けない

そんなん無理!無理!

そんな声を聞くたび、自分の若いころを思い出しながら、息切れを覚えます。本当に小さなこと、身近なことからも「自分が変えてやる」「自分が変えられる」そんな思いを持たずして、50年もの年月を過ごし、もし自分に合わなければ次があると信じて進み続けることは、私にはとても息苦しい生活の仕方だと思うのです。

もちろん、すべてのことが変えられるわけではなく、すぐに変わるわけはないのですが、若いころにその意気込みがなく、そのまま人生を受け入れることの方がかなりの忍耐と力が必要であることを―多くの若者が知らされずにいることを私は残念に思います。失敗は成功のもとであり、また成功は永遠に続くものではないことを、若者にいつも伝えながら、自分もあぐらをかく人間にはならない努力と心を大切にしたいと思っています。

さて、最後になりましたが、こんなに不定期の発行になってしまった「てらこや新聞」ですが、いつまでもご協力をいただけることを連載の方々に感謝したいと思います。ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

そして、読者の皆さんも今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(Y.K)



by terakoya21 | 2019-08-18 08:30 | 新聞2019春夏号

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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