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I LOVE BOOKS (てらこや新聞164-167号 たけがわのコーナーより)

BOOK89伊藤 まさこ
「美術館へ行こう ときどきおやつ」
(新潮社)

今回ご紹介するのは、北海道から鹿児島まで全国にある小さな美術館を紹介する美術館案内書です。人気スタイリストである伊藤まさこさんが全国各地で訪れたお気に入りの小さな美術館と、美術館に併設されたカフェやその近辺で食べられるおやつやおいしいものについて紹介してくれています。

町に馴染んだ小さな美術館で過ごす居心地の良い時間と、鑑賞後のスイーツのお楽しみ・・・それだけで少し日常を離れて贅沢な時間を味わえそうです。美術館で芸術鑑賞と言うと、静かに鑑賞する場で、とかく堅苦しそうな印象を抱きがちですが、ちょっと気分転換に、ちょっとくつろぎに・・・と気軽に出かけていっても良い場所ではないかと思えました。

行ったことのある美術館と行ってみたい美術館が掲載されていたので購入した本ですが、それぞれの美術館の外観や内装、展示物などを紹介する写真がふんだんに使われていて、それを見ているだけで少し豊かな気持ちになれた気がします。知らなかった美術館にも、いつか足を運べたらいいなぁと空想の翼を広げさせながら、じっくり楽しんだ一冊でした。     (K.T.)


*てらこや新聞164-167号は平成31年3月15日に発行されたものです。ブログへの掲載が抜けていたものです。

by terakoya21 | 2019-05-26 08:30 | 新聞最新号

あとがき (てらこや新聞164-167号より)

2018年度は―気が付けば1年が過ぎていた―そんな感じだけれど、充実感のある1年でもありました。

Teaching is learning. 教えることは学ぶこと―

父がそう言い続けていた意味が身にも心にも響く日々です。

今年も寺子屋の受験シーズンが終わり、入学、進学に向けての準備が始まっています。今年の寺子屋の受験シーズンは忙しいものの、例年に比べて穏やかに進んでいました。

それでもバタバタと忙しない年度末に今年は、私だけですが、去年の教訓から1週間お休みをいただきました。

「母港としての母校」という言葉が以前、内田樹氏の本の中で出ていましたが、学び舎は、とりあえず「相変わらず」であることが大切で、そこに来たら若者がそれぞれに自分たちが進んできた道のりを振り返って今ある場所を確認できる場所であることが望ましいというような意味でしょうか。

私は、寺子屋が若者たちにとってそういう場所であってほしいと願っています。そして、私にとってテキサスの田舎がそんな場所の筆頭にあがる場所です。

16歳で初めて足を踏み入れた異国の地は、思っていた以上に暖かく素敵な場所でした。どちらかといえば、それからあとの母国の方が過酷でつらい場所だったようにも思えます。学生が母校を卒業後に出ていく社会のように…。そんな場所に1週間だけ戻らせていただきました。お土産話は、またの新聞の発行時にと思っています。

過酷な社会に立ち向かい、気が付くと自分の今の成長と位置を見失うことのある社会―そんな社会に出て戸惑ったり、悩んだときにふと立ち寄ると自分の成長や位置を感じさせてくれたり、教えてくれる場所―それが、私にとっては16歳から17歳にかけてを過ごしたテキサス州のド田舎なのです。

そして、寺子屋が、そして松阪が、寺子屋生にとってそんな場所であってくれたらと願い続けています。ときどき、またしょっちゅうお顔を見せてくれる卒業生たちにとってそんな場所になりつつあるのかなと感じさえてもらう度、うれしく思っています。

おかげさまで、201936日に寺子屋かめいも19歳を迎えました。皆様のご理解とご協力に感謝いたします。また、「てらこや新聞」も毎月発行は難しくなっていますが、毎回、素敵な原稿をお送りくださる連載のみなさんに感謝いたします。

これからもどうぞご理解とご協力をお願いいたします。             (Y.K)


*てらこや新聞164-167号は2019年3月15日に発行されています。



by terakoya21 | 2019-05-13 08:30 | 新聞最新号

BROADアイ (てらこや新聞164ー167号 小野さんのコーナーより)

私の父は82歳。最近、足を悪くして歩くのも大変になったのですが、出身である京都の大学の体育会ハンドボール部の集まりに出席するから付き添ってくれと言われ、新幹線に乗って行きました。

会場に集まったのは、昭和30年代に青春をハンドボールにかけた70代80代のおじいちゃんたちを中心に、歴代OBがじつに120人。僕は立派な中年の47歳ですが鼻たれ小僧みたいなものです。「現役学生か?」と聞かれました。

おじいちゃんたちはとにかく元気。スピーチに立つと、やれ誰々先輩にシゴかれたの厳しかったのと言うその顔は嬉しそう。優勝した試合で誰から誰にパスを回し誰がどんなシュートを決めたか、なんて60年も前のことをちゃんと覚えていてみんなで盛り上がる。そして校歌ならぬ「部歌」というのがあって、120人が輪になって肩を組んで左右に揺れながらみごとに大合唱。もう体に染みついているんですね。

こうした中、ある大御所的な存在のOBが、スピーチに立つと現役学生に向けてこう語りかけました。「馬鹿になれ」。

プレーするのに頭で考えるなというのです。そして、腹でプレーしろ、と言いました。ただ上手いだけではダメなんだ、形が綺麗でもダメなんだ、強くなくてはならない、勝てなきゃ意味がない。そのために「パスは腹で回せ」「シュートは腹で撃て」と。

真意は、腹こそ体の中心だということでした。腹をすえる、腹で笑う、腹に隠している、腹を割って話す、などなど、腹は時に心と同じかそれ以上の意味を持って表現されます。

60年以上前、土煙が上がるグラウンドで先輩にシゴかれながらも、腹に力を入れて懸命にハンドボールを追いかけた若き日のおじいちゃん達を思い浮かべ、図らずも元気をもらいました。


by terakoya21 | 2019-05-12 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞164-167号 谷のコーナーより)

ふつおた

「ふつおた」とは、主にラジオ番組でリスナーから送られてくる、特定のコーナー宛てではない、「普通のお便り」のことを指すそうだ。パーソナリティーへの質問、最近起こった珍事や惨事、ふと思い出したり考えたりしたことなど、その内容は多様だ。中には、親しくない誰かにしかできない打ち明け話、面識のない誰かだからこそ聞いてほしい悩み事もある。そういった話が出てくるのは、顔もプロフィールも知られずにすむラジオならではだと思う。

ふつおたは、テーマがないことがテーマだ。それゆえに、どの番組でも比較的さらりと読まれることが多い。しかし、それを簡潔な文章にまとめるのは決して簡単ではない。ときには、ふつおたから話が思わぬ方向へ進んだり、大きな議論を巻き起こしたり、一つのコーナーが誕生してしまうこともある。相手の顔が見えても見えなくても、何気ない日常の題名のない話が盛り上がるかどうかは、話し手や聞き手の技量と資質によるところが大きい。そんなふうに構えてしまう私にとって、「ふつおた」はとても普通には送れそうにない。


by terakoya21 | 2019-05-06 08:30 | 新聞最新号

My Song (てらこや新聞164-167号 かめいのコーナーより)

~ You know its not too late for us to make a change
 自分たちが変わることに遅すぎることはないんだよ ~

No. 24 Change
ONE OK ROCK シングル2018.2.16 アルバムEye of the Storm 2019.2.13
ONEOK ROCK
作詞 TakaPete NappiJoshua Lewis GoldenEthan ThompsonJamil Kazmi
作曲 TakaPete NappiJoshua Lewis GoldenEthan ThompsonJamil Kazmi

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前回のMy Songのコーナーで「いつかONE OK ROCKのライブに行きたいと・・・これも見果てぬ夢を見ています 笑」と書きましたが、、、、2019311日(日本時間312日)にヒューストンにてその夢が実現しました 笑。

その中でも歌われていたChange―私の好きな歌の1つです。

ちょうど、帰省を決めていた週にヒューストンでライブをするという話を聞き、NY在住の友人とテキサスの親友夫妻と4人で行ったライブでしたが、ボーカルのTAKAの声だけではなく、私のテキサスの親友夫妻は彼の歌う英語の歌詞が全部聞き取れるほどの英語の発音に感心していました。おしゃべりには少しアジア人のなまりがあるのに、歌うと完璧な発音だったとか。

「努力のたまもの」「耳の良さ」が大きいように思いますが、素敵な歌声を満喫しただけではなく、希望と元気をもらってきました。「好き」なものを続けていくには必ず「努力」が付いていて周りを変えようとするのではなく、自分が変わる、そして自分が変えるという気持ちが大切だと思わせてくれるこの力強い、リズミカルな曲が私は好きです。

Y.K


by terakoya21 | 2019-05-05 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞164-167号 谷のコーナーより)

By postcard

年賀状を出しそびれた方へ返信を出そう出そうと思いつつ、出せないまま今日を迎えている。できれば寒中見舞いとして近況報告を添えようと考えていたのに、すっかりタイミングを逃してしまった。

数年前から、雑貨店や文具店ではずいぶんと多種多様な付箋やメッセージカードを見かけるようになった。その一方で、便箋や絵はがきのバリエーションは減っている印象を受ける。手紙やはがきで通信しあう習慣が廃れつつある証拠といえるかもしれない。絵はがきのコーナーには、「アニメキャラクター」や「ネコ」や「桜」といった流行りや定番ものがコーナーの大部分を占めている。また、季節を問わないイラストや写真には祝いや励ましの言葉が添えられている。以前のように飾っておきたくなるものや久々に便りを出すような場面に適した絵はがきは、年々手に入れるのが難しくなっているようだ。

特にこの数週間は、ここなら……と淡い期待を抱いてお店に入っては、ため息をつきながらお店をあとにしている。自分が必要たど思うものと世間のそれとがずれているのに気づいたとき、時代に取り残されたような寂しい気分になる。しかし、嘆いていても仕方がない。これからは見つけられればラッキーだと思うことにして、探すこと自体を楽しんでいこう。


by terakoya21 | 2019-05-03 08:30 | 新聞最新号

Trip to TEXAS ① テキサスへの旅① (てらこや新聞164-167号かめいのコーナーより)

Tripback to Texas where I spent my 1988-1989 academic year as an exchange studentstarted with a live concert of my favorite rock band

310日、ヒューストン・ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に到着

15年ぶりに会ったNYから駆けつけてくれた友人とまったりと夕方を過ごし…

311日の朝・・・ダウンタウンヒューストンをプラプラ


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ToyotaCenterはヒューストンロケッツの本拠地・・・次回は、バスケットボール観戦がしたいなぁ・・・なんて思いつつ・・・夜・・・

Houseof Blues Houstonで行われたONE OK ROCKのライブに行ってきました。


TAKAの歌っているところなども撮ったのですが・・・肖像権がどの辺まで許されるのか微妙なので、、、今回は開演前の様子を…


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311日のライブには親友も高校時代からの親友もかけつけてくれて…11日~15日の朝まで彼女のおうちにお世話になりました。

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親友の子どもたちです。馬に乗せてもらったり、カウボーイのいろはを教えてもらいました。

そして…テキサスに行ったら、私が食べたいものは・・・

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チキン・フライド・ステーキとフライドオクラ…といっても、鶏肉ではなく・・・牛肉なんです♡ オクラは、その名前からは日本のものっぽいですが、アフリカ原産のお野菜です。

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また テキサスで見たいお花は…テキサス・ブルーボネット。まだ時期としては早めでしたが、咲き始めていました。 (Y.K)





by terakoya21 | 2019-05-02 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞164-167号 谷のコーナーより)

初期化

数か月前、スマホを初期化した。……いや、初期化せざるをえなくなった。幸い、いくらかバックアップがとってあり、知り合いの連絡先情報はほとんど失わずに済んだ。

スマホを使い始めて3年半が過ぎた。スマホを使うたびに、私自身の処理能力とは無関係にデータは溜まっていく。初期化と同時に、それまで蓄積されていたデータは消え、空き容量が増えた。中にはできれば残しておきたかった記録や画像もあった。しかし、これを機に、今までの使い方を見直すことにした。アプリはより使い勝手のよいものを選び、バックアップしているデータも整理した。

時の流れとともに、私自身の生活習慣も変化している。身の回りのさまざまなものについて、本当に要るのか、残しておくのか、基準を改めるときなのかもしれない。初期化はできなくても、スマホのように私の動作も少しは改善されることを期待して。


by terakoya21 | 2019-05-01 08:30 | 新聞最新号

宇治だより (てらこや新聞164-167号 下西さんのコーナーより)

宇治だより⑤
「芭蕉と蕪村のえにし」の巻

一昨年の7月、母が92歳で亡くなりました。最期の4年は、病院で過ごしたものの、徐々に体力が衰え、 歩行はおろか会話もできなくなり、枯れるように逝きました。母は若い頃から俳句を趣味としており、同人誌に投稿したり、NHK学園の俳句講座を受講したりしておりました。遺品の中に俳句手帳を見つけ、遺作の一部を遺稿集「蝉時雨」と題して、まとめました。親不孝な娘の罪滅ぼしのつもりで、四十九日の法要に間に合うように、気持ちを込めて。


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 句集名の『蝉時雨』は「(せみ)時雨(しぐれ)訃報(ふほう)届きたる後も」 から付けました。ちょうど母の通夜・告別式の折の私の心境をも言い当てていました。

母の句を詠みながら、その場所も情景も心情も思い当たるのに、まねして作ろうと思っても、全くできません。母の脳内には「俳句を成すためのアプリ」が備わっているかのようです。黛まどか・茂木健一郎著『俳句脳』(角川新書)に出会い、母も俳句脳を獲得したのだと 確信しました。


 その著書の中に、黛まどかさんの「俳句は祈りの詩」であり、「思いを述べないで祈る」のであり、「余白に祈りが込められている」の一節に出会ったとき、ああそうだと、思わずうなずきました。母の句を詠んだときに感じる切なさは、その「祈り」に触れたからでしょうか。


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京都市左京区一乗寺才形町に、松尾芭蕉(1644~1694)・与謝蕪村(1716~1783)ゆかりのお寺、金福寺があります。

金福寺の境内には、茅葺屋根の「芭蕉庵」があり、蕪村の墓もあります。蕪村は荒廃していた「芭蕉庵」の再興に寄与しました。安永5(1776)年、61歳のときです。このころには、夜半亭という結社の後継者として 名を成しており、「芭蕉庵」にても写経社の名で句会を開いておりました。

大谷晃一著『与謝蕪村』(河出書房新社)で、蕪村の人生を学びました。大谷さんの見解がすべてではないでしょうが、蕪村が具体的な「姿」として起ちあがってきました。勝手に作っていた蕪村のイメージ、例えばひげ面蓬髪で、ヨレヨレの着物を着て…ではない姿が。

父と母が主人と使用人の関係だったこと。「与謝」が母の故郷の地に由来していること。出身地の大阪(毛馬)を離れ(16歳ころ)、俳諧と南画のつてで関東・東北を放浪し修行したこと。借金を返すために絵をかきまくったこと。蕪村にも家族がいたこと(42歳で所帯を持つ)。娘を溺愛したこと。花街の女性と老いらくの恋もあったこと。芝居が好きで、花街にも出入りしていたこと(当時、島原などは文芸の行われる場所でもあった)。

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金福寺では、蕪村ゆかりの品々を見ることができました。『洛東芭蕉庵再興ノ記』で芭蕉庵の由来と再興した志を述べた文章に接し、「耳目(じもく)(はい)(ちょう)こゝに玉まく芭蕉庵」の句に、全身(耳目肺腸)で芭蕉庵が新しくなった喜び(「玉まく」が初夏の季語で丸まった若葉が伸びようとしている様子)を感得しました。『奥の細道画巻』は、芭蕉の『おくのほそ道』に芭蕉の旅姿を俳画として書き加えた絵巻物です。この『奥の細道画巻』は人気があって、しばしば注文に応じては描いて、生活の糧にしていたとか。

 金福寺を訪ねたのは、5月の下旬、青葉の美しい境内、まさに玉まく頃でした。芭蕉庵からは京都の市街地が遠望できました。


同じく一乗寺辺りには、楠木正成軍と足利軍が激突した折の  「大楠公戦陣碑」、宮本武蔵ゆかりの史跡「一乗寺下り松」、詩仙堂、曼殊院、狸谷不動などもあり、京都市の中心部からは外れた場所ですが、見所いっぱい、歩いて楽しめるモデルコースでもあります。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入南側辺りが蕪村の終焉の地です。祇園祭の最中の7月13日、当地を訪ねました。蕪村終焉の地の駒札は、美しい格子戸の商店(呉服屋かな?)の前にありました。祇園祭協賛の商談会があるのか、人の出入りが多く、華やいでいました。近くには「船鉾」「伯牙山」「岩戸山」の山鉾が並んでおりました。

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 ちょうど「船鉾」の曳き初め(試し曳き)のイベントに遭遇しました。 この曳き初めだけは、一般の人にも開放されるとのこと。船鉾は、鉾の上に囃し方などすべて乗り込み、音頭取りのソーレの掛け声とともに、本番さながら、8トンを越える鉾が動きました。新町通を四条通りまでの400メートルほどを動かしました。曳くといっても、運動会の綱引きのように力を込めて曳く必要もなく、大勢の人とこの幸運を楽しみました。

船鉾は17日の山鉾巡行にあわせ、11日から鉾を組み立て初め、工芸の粋を集めた懸想品といわれる装飾(船首に木彫の(げき)・側面に天水引・後ろに見送り)が施されていました。


by terakoya21 | 2019-04-30 08:30 | 新聞最新号

Howdy?! (てらこや新聞164-167号 竹川のコーナーより)

~ もう1年、また1年~

もう1年経つのか…と感慨深い春を迎えている。

昨年4月、小学校に入学した息子は、この4月から2年生だ。スマートフォンに撮りためたままになっている写真を見返してみると、幼稚園卒園時の息子は見るからに幼い。それだけ、この小学校1年生の1年間は心身ともに成長した日々だったのだろうと思う。

息子が生まれたその時から、子供に対する悩みは尽きることがない。幼稚園までは、授乳に始まり一緒に遊ぶなど肉体的な大変さが大きかったけれど、小学校に入学してからは肉体的なものは減ったけれど、その代わりに精神的な大変さが大きくなっているように思う。子供が成長すればするほど、悩みの内容も質を変え、ますます深くなっていくのは当然かもしれない。

人それぞれに子供に対する思いは様々だろう。人が自立して社会で生きていける術を学ぶのに、親として最低限これだけは…という思いを込めて、子供と接するようにしている。使って欲しくない言葉や謹んで欲しい言動には厳しくありたいと思う。

それでも、子供がどう成長し、どんな歩みを見せるのかは全くわからない。だからこそ不安がつきまとう。その不安と葛藤しつつ、人との関わり合いや、ままならないこととの向き合い方を子供には学んでいって欲しいと願っている。見守り伴走しながら、子供と一緒に親も成長しているのだなと思う。

また1年、どんな成長を見せてくれるだろうか。来年の今頃、子供はどんなふうになっていて、私はどんな心境でいるだろう。不安と期待がない交ぜになった1年がまた始まる。 (K.T.)



by terakoya21 | 2019-04-28 08:30 | 新聞最新号

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