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あとがき (てらこや新聞2019年 春・夏号 より)

2019年の上半期が終わろうとしています。あわただしい6か月だったと言えば、あわただしく、一方でとても充実した6か月となっています。

このところ「てらこや新聞」の発行が34か月ごとになっていて、私自身、1つ1つの原稿を書き上げる間に時間があり、いろいろなことが身の回りでも世間でも起こり、考えを巡らせた結果となってしまっています。

今回は「まえがき」では、子どもたちの刹那的な学習への取り組みに、「寺子屋の日々」では、そんな風に日常的に刹那的なのに他から多くを求める若者の後ろにある社会や大人たちの様子に、「My song」のコーナーでは、そのとき起こっていた事件への人々の反応を見ながら、思ったことを書き綴ってみました。

「貧しい者とは、ほとんど何も持っていない人のことではなく、より多くを欲する人のことを言う」

―私の幼いころにはよく聞いた「分相応」「分不相応」という言葉―もう、死語でしょうか。

今、いる場所でできることから始める―そんな地道な一歩が見えない、踏み出せない若者―だけではなく―そんな人が増えているように思います。他方では、自分たちは安全な場所にいて、分析ばかりしている人も・・・。

日頃、自分には甘く、人に厳しい人たちが、何かが起こるとすぐ誰か悪者を見つけては、叩こうとする、、、そんな社会の在り方、それを容認する大人の姿は、若者にそして子どもたちにどのように映るのでしょうか。

人生いつでもやり直せる

自分次第

なんて、きれいごとを並べ立てながら、何かが起こると、「悪魔」だとか「一人で死ね」とか「老害」だとか「悪者」はどんな非難を受けてもどんな仕打ちをされても文句を言えないような主張をされる人々の発想は、いつも自分たちは「善人」で、「天使」で、「正義」であり、「加害者」にはならないと確信があるかのような言動で―人間の弱さや欠点を認めない。そんな世の中で、どんな風に「人生をやり直す」ことができると、私たちの未来である子どもたちが思えるのかと悲しくなることがあります。

「子供らを被害者に加害者にもせずに」

―子どもたちだけではなく、自分たちの愛する人々が被害者にも加害者にもならないために、まず何をすればいいのかを、大人たちは考えるべきなのに、加害者になってしまった人を追い詰め、また新たな加害者を作り出す社会になってしまっている―と感じることが増えています。そして、誰でも被害者だけではなく、加害者になるかもしれない危険があることに気づいていないのです。

被害者だけではなく、加害者にもさせてはならない―そう1人でも多くの大人が思えたら、だから、本当に小さな善意をいつも人に示せる人である人が1人でも増えたら、世の中変わるのに―と思うのです。

そして最後に「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない」というまえがきの言葉へと戻ります。今、若者と話をしていて、私が一番気になるのは若い彼らに自分たちが正しい、自分たちはできるという根拠のない 自信はあるのに―これは、いつの時代も若者にはありがちな、私もかつて恥ずかしいほど持っていた自信ですが―「世の中を変えてやろう」とか「世の中変えられる」とか、その力を自分が持っているという自信は、皆無に近いということです。

1人ではどうにもならない

この職場では一生働けない

そんなん無理!無理!

そんな声を聞くたび、自分の若いころを思い出しながら、息切れを覚えます。本当に小さなこと、身近なことからも「自分が変えてやる」「自分が変えられる」そんな思いを持たずして、50年もの年月を過ごし、もし自分に合わなければ次があると信じて進み続けることは、私にはとても息苦しい生活の仕方だと思うのです。

もちろん、すべてのことが変えられるわけではなく、すぐに変わるわけはないのですが、若いころにその意気込みがなく、そのまま人生を受け入れることの方がかなりの忍耐と力が必要であることを―多くの若者が知らされずにいることを私は残念に思います。失敗は成功のもとであり、また成功は永遠に続くものではないことを、若者にいつも伝えながら、自分もあぐらをかく人間にはならない努力と心を大切にしたいと思っています。

さて、最後になりましたが、こんなに不定期の発行になってしまった「てらこや新聞」ですが、いつまでもご協力をいただけることを連載の方々に感謝したいと思います。ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

そして、読者の皆さんも今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(Y.K)



by terakoya21 | 2019-08-18 08:30 | 新聞最新号

Bonjour!(てらこや新聞 2019年 春・夏号 谷のコーナーより)

Planting

地元のローカル新聞には、中学校の部活動を紹介するコーナーがある。日頃の活動内容や大会での実績、顧問や部長のコメントが掲載されている。毎週欠かさずに読んでいるわけではないが、出身校や寺子屋生の通う学校のクラブには、自然と興味をひかれて目を通す。

縁あって、私は母校での茶道クラブのお手伝いをしている。お菓子とお抹茶を楽しみにクラブへやってくる小学生たちからは、毎回のように私自身が学ぶ機会を与えられている。私の知る限り市内の公立中学校には茶道部がなく、卒業後にも茶道に関心を持ち続けているのかどうか、私には知る術がない。それでも、いつかまた茶道に触れる「種蒔き」になればと、微力ながらも試行錯誤しているうちに十年が過ぎていた。

先日の紙面には、私立中学校の茶道部が紹介されていた。何気なく読み始め、部員の集合写真の中に見覚えのある女子生徒が写っているのに気付いた。制服姿の彼女は、ほんの数か月の間にお姉さんになったように見えた。茶道部を選んだ理由は、本人に聞いてみなければわからない。中学校の茶道部が魅力的だからかもしれないし、お家の方の勧めがあったからかもしれない。もしかしたら、友達に誘われたからかもしれないし、他に興味のあるクラブがなかったからかもしれない。理由はどうあれ、中学生になっても茶道への興味を失わずにいたことがわかり、私は心の中で小さくガッツポーズをした。

私のが今まで蒔いたつもりの種の多くは、いつ芽を吹くのかわからなければ、芽吹くことなく終わってしまうのかもしれない。けれど、今後も機会を与えられる限りは、土を耕し、小さな種を蒔き続けていきたいと思っている。



by terakoya21 | 2019-08-15 08:30 | 新聞最新号

Howdy?! (てらこや新聞2019年 春・夏号 竹川のコーナーより)

~ ありがとう、おつかれさま ~

先日、洗濯機が壊れた。

結婚以来使い続けて13年、壊れそうな気配が なかったわけではなかった。使っている間に家族が一人増えて、容量オーバーだろうと思いつつ、洗濯物を詰め込んで使用していたことは否めない。脱水の前に排水しきれなくて止まってしまいエラーが出ることが度々あった。それでも何とかもちこたえていたので使い続けていたわけだが、ある日突然、電源を入れるとエラー音が鳴り続け使えなくなったのだ。

昭和の時代に「三種の神器」と崇められた電化製品も、今となってはごく普通に各家庭にある電化製品として、特別なものではなくなった。

平成の時代を経て、ただ単に「洗う・すすぐ・脱水する」以外の様々な機能が付け加えられているのに、どうして「壊れるまで、あと数日・・・」とお知らせしてくれる機能がないのだろうと不満に思いつつ、数日コインランドリーに走り、新しい洗濯機を我が家に迎えた。

新しい洗濯機が我が家に入る日、小学2年生の息子が洗濯機に向かって頭を下げ、「今まで、ありがとう。おつかれさま。」と感謝の言葉を述べていた。

便利な物に囲まれて、 無い物ねだりの願望を抱いていた私は、感謝の言葉を気持ちのままに発した息子の姿を見て、私にはない 素直さを持ち合わせていることに驚きつつ、新鮮な気持ちにさせられた。

考えてみれば、当たり前のように思える社会の、生活の、周りで起こっている様々なことは、「ありがとう」と「おつかれさま」で成り立っている。

せわしない日々に、少し立ち止まって、当たり前と思えることに「ありがとう」「おつかれさま」と思える  一瞬を意識して持ってみると、ものごとに対する見方が少し変わるかもしれない。

息子の言葉から、そんなことを思った洗濯機騒動だった。

新しい洗濯機が我が家にやって来た数日後、冷蔵庫の製氷機能が壊れた。冷蔵庫もまた結婚以来使い続けているものだ。冷やす機能自体は壊れていないので、製氷皿を使って、ちまちまと氷を作っているが、自動で作ってくれた便利さに比べると、何とも面倒くさくてイライラする。

特にこれからの季節、突然壊れられると最も困るのが冷蔵庫だろう。やはり私は「壊れるまで、あと  数日だぞ・・・」とお知らせしてくれる機能が欲しいと、無い物ねだりをしてしまう。      (K.T.)

(昭和の時代の「三種の神器」とは一体何のことか、分からない皆さんはぜひ調べてみて下さい(^^)




by terakoya21 | 2019-08-13 08:30 | 新聞最新号

読書の夏?! 夏の読書?! (てらこや新聞2019年春・夏号 かめいのコーナーより)

さて、本当にひさびさの私の本紹介ですが・・・夏休み前ということで、恒例の「課題図書」のご紹介! 昨年末から、漫画が主流となっていた私の読書記録ですが・・・立ち寄った本屋さんで見つけた「課題図書」コーナーで、手に取った本を一気に読み進めました。中学生の部の課題図書です。

「ある晴れた夏の朝」  小手鞠るい 著 偕成社

私が高校時代、交換留学生として10か月通った高校のアメリカ史の授業でとりあげられた「第二次世界大戦」「真珠湾攻撃」「原爆」-

日本人にとっては第二次世界大戦と言えば「広島・長崎の原爆投下」で終わった戦争ですが、アメリカ人にとっては「真珠湾攻撃」で始まった戦争でもあります。視聴覚室で見た「真珠湾攻撃」の映像に、隣に座っていた14歳の少年がーいつもは仲良しだったのにー突然立ち上がり言い放ったのは

Look! What your country has done to us!

君の国が僕たちにしたことを見ろ!

でした。

史実としては知っていたけれど、自分の国が、そのとき自分が住んでいた国と戦っていた事実を呑み込めていなかった私。そして、日本にいると「原爆」によってまるで被害者であるかのような印象を受ける第二次世界大戦をじっくりと考える機会を与えられてこなかった自分は―ただただ、目を丸くして驚くばかりでした。

すると

Our country has dropped two atomic bombs on her country. What will you say to her about them, then?  It was a war!!! Its not her fault!

僕たちの国は、2つの原爆を彼女の国に落としている。じゃあ、君はそれらについて彼女に何て言うんだ? 戦争だったんだ、彼女のせいじゃない!

と、反対隣りに座っていたこれまた14歳の少年が立ち上がって彼に反論していました。

その授業は、その後原爆の是非についての議論に向かいました。そして、先生はいろいろな意見を生徒から聞き出し、補足をするだけで、彼女の意見を言ったり、どちらの意見に加担したりすることはありませんでした。

この授業が、、、おそらく私がアメリカという国に恋に落ちたきっかけです。そして、私が、やはり父の後を継ぎ、このような塾をしたいと改めて 思った瞬間だったのかもしれません。

そんなことを思い出す内容の「ある晴れた夏の朝」は

その原爆の是非を討論会で話し合うアメリカの高校生たちを描いた物語です。日本の高校生とは比べものにならないほど、自分たちの意見を構築する術を知っているアメリカの高校生たちーその様子を日本人が  描いています。

「思考力」を、「考える力」をとスローガンに掲げてもう長い間、教育を見直してきている日本ですが、本当の思考力はーいろいろな人や物ごとを受け入れて、取り入れながら構築していくものであることを大人が学ぶ必要があるのではないかと私は思います。そんなことを改めて考えた一冊でした。読み応えのある1冊です。

是非、お子さんと一緒に読んでみてください。

(Y.K)



by terakoya21 | 2019-08-12 08:30 | 新聞最新号

My Song (てらこや新聞 2019年春夏号 かめいのコーナーより)

~ 子供らを被害者に加害者にもせずに ~

No. 25 タガタメ

Mr. Childrenアルバム シフクノオト 2004.4.7

歌:Mr. Children    作詞:桜井和寿    作曲:桜井和寿

200168日に大阪教育大学付属池田小で児童殺傷事件が起こり、当時遠距離恋愛中で、ニューヨークに住んでいた恋人が、「君が心を痛めていると思って」とわざわざ電話をくれたとき、私はー何か違和感はあるけれど、それをうまく表現できずにいました。

私は、確かに心を痛めていたけれど、その痛みは、被害者に向けてだけではなく、加害者にも向かっていたからです。もちろん、被害者と彼らの家族の心痛は察するにあまりあり、悲しみも苦しみも想像を絶するものであることは想像できたから、心は痛かったーでも、加害者も人の子であれば、親や兄弟姉妹がいるであろうに…そんな人たちに思いを馳せることができない環境に あったことが悔しくて、悲しくて、いたたまれないと思ったのです。

そして、先日起こった川崎市の事件―同じようなことが繰り返され、そして、人の憎しみが罪にではなく、犯人にいくのはある程度仕方がないことであっても、第三者の私たちができることは、犯人のような人を1人でも減らすこと ー犯人に冷たくきつい言葉を放つより、隣にいる人と手をつなぎ、声をかけることのように、私には思えるのです。

このミスチルの曲は、被害者、加害者の両方に思いを馳せ、加害者・被害者の両方に自分たちの愛するものをさせないためにどうすべきか悩む大人の言葉が並んでいます。そして、結局、愛する人が被害者に加害者になってしまったときも「愛するしか」できないーそんな人間の心の切なさを歌っているように思います。

私は、理不尽に人の命を奪う人が社会にいることを知らされるたび、聞いて心を落ち着かせます。

皆さんも一度、じっくり聞いてみてください。 Y.K

タガタメの歌詞は↓こちらです。



by terakoya21 | 2019-08-05 08:30 | 新聞最新号

寺子屋の日々 Days in Terakoya (てらこや新聞2019年 春夏号 亀井のコーナーより)

It is not the man who has too little,

貧しい者とは ~

but the man who craves more, that is poor. 貧しい者とは、ほとんど何も持っていない人のことではなく、より多くを欲する人のことを言う ― ローマの政治家、また哲学者でもあるセネカの言葉だ。

この仕事を始めた当初から比べると頻繁ではなくなってきたけれど、「他から多くを望む」割には、自分の努力の仕方を知らず、動かない子どもたちに出会う。そしてまた、「他に多くを望む」けれど、自分たちは動かない大人たちにはいまだに多く出会う。

そういう大人も子どもも質が悪いなと思うのは、そういう人たちに限って多くを望んでいることに気が付いていないからだ。そういう人に限って、自分を棚にあげて、私を「理想家」だと思っている。 笑

私は「学歴なんてなくても」とは思わないし、「1番になるのではなく、たった1人のかけがえのない存在に」なんて聞くと鼻で笑う。それこそ、絵にかいた「理想」であって、それを仮に実践したとしたら、人生は、より一層険しくなることが予想される現実を子どもたちに伝えない大人にそういう「理想」をさも正しいかのように言う人が多くてー苛立ちをおぼえる。

そういう人に出会う度、現代人たちは、不幸だなと思う。そして、セネカの言うように貧しいと感じる。自分の今に満足できないのではなく、今自分が持っているもの、できること、するべきことを見極めて、次のステップを考えることができないーそれは、「したいこと」「ほしいもの」ばかり追い求めるからでもあり、追い求めてしまう理由かもしれないと思う。

先日、インターネットで「東大院を出てもUターン」という記事を見つけて思い出したことがある。

私が塾を始めることに決めたとき、ある地元の名士に

「ここでは、それくらいしか英語を生かす仕事はないですものね。」と言われて、憤り、同時に落胆したときのことを…。

私は、幼いころから見ていた夢を、父とけんかしてまで実現させようとしていたときである。私の中でこの仕事は、28年間ずっと努力し続けていた目標であった。また、それは「松阪」という場所で実現させなければならないものだったのだ。

私は、そのために必要だと思う学歴を手に入れ、1番を目指していたわけではないけれど、自分の力で、与えられた場所で、与えられたものを使って、夢の実現を目指し続けていた。

だから、「学歴なんて」といい、「1番ではなくてオンリーワン」なんて言いながら・・・「自分のしたいように」と子どもたちに丸投げして、努力することや人生なんてつらく感じることのほうが多いことを教えない大人には、私はなりたくはない。―というかなれない。

学歴はあって悪くない。1番になる努力はしたほうがいい。だからと言って、学歴がなくてはならないものではないし、1番になれなくてもいい。でも、学歴を持っている自分も持たない自分も、1番になった自分も、なれなかった自分も、学歴のある他人や学歴のない相手や1番の人や1番になれなかったほかの人と同様、今いる場所で、できることをし、努力を続ける人であれば、大切にされてしかるべき存在であり、皆、素晴らしい。

少なくとも私は、そう教えられて45年以上生きてきた。

より多くを求めるのではなく、今あるものを大切に思える人が本当は一番豊かである。―自分の今持っているものをまずは見極めて大切にできるようになることを子どもたちには勧めたい。学歴がなくとも、1番でなくても構わないけれど、それが人生をより楽に楽しくしてくれるわけではなく、何にしろ、人生に楽な道はなく、自分自身が、自分自身で楽しむための、また周囲の人をも楽しめるようにする努力を日々続けることが、豊かさの、そして幸せへの近道であることを子どもたちには知っていてほしいと思う。また、その「楽しむ」ための努力は自分でするべきものであること、人に与えられるものではないことをしっかりと伝えていきたい。

Y.K




by terakoya21 | 2019-07-28 08:30 | 新聞最新号

I Love Books! (てらこや新聞 2019年春夏号 たけがわのコーナーより)

BOOK9091森下典子

「日々是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」(新潮文庫)

「好日日記 季節のように生きる」

PARCO出版)

今回ご紹介する2冊に共通するのは「お茶」です。いわゆる「茶道」と言われるお茶のことです。

亡き樹木希林さんがご出演の映画『日々是好日』を母が見たいというので一緒に映画館に行ったのですが、同名のこの本が映画の原作本です。

母に誘われるまま、原作本を読まずに映画を見に行きました。大きな事件が起こるわけでもなく、物語は茶道を通じて揺れ動く主人公の心の機微を淡々と描いていくのですが、私はこの映画がかなり気に入って、それで原作本も読んでみようと思ったのでした。

原作本を読んでみると、映画は原作本に忠実に作られていることが分かりました。映画では、原作とは設定が変更されていることがよくありますが、この映画に関しては原作通りです。原作の世界観をそのまま映画に投影したのだなというのが伝わって、映画にも原作本にもかなり好印象を持ちました。

前置きが長くなりましたが、森下さんがお茶と出会ってからの、お茶とは関係ない人生のいろいろなこと-就職や失恋、父の死などを経験し、気付けばお茶がそばにあった、という内容のエッセイです。就職や失恋など、誰しも経験することで劇的な出来事というわけではないかもしれませんが、自分を見つめる、あるいは「無」になれるお茶の時間が、傷ついた心を、氷を溶かすようにゆっくりと、じんわりと癒やしてくれる・・・そんなゆったりした時間の流れの心地よさが文章の端々から伝わりました。

お茶の時間の静かさを、文章を読みながら味わえる・・・私自身はお茶のたしなみはありませんが、本を読みながら心に静謐が広がる気がして、なんて清々しくてスッキリした気持ちになれるのだろうと思いました。瑞々しい文章に、五感が鋭くなるような気がする本です。

「好日日記」は「日々是好日」の続編になっています。

本も映画もどちらもオススメです。     (K.T.)




by terakoya21 | 2019-07-22 08:30 | 新聞最新号

旅日記 (てらこや新聞 2019年春夏号 海住さんのコーナーより)

60

イングランド南西部 ①

イギリスでは、西ヨーロッパ各国では使えるユーレールパスが使えないので駅窓口で切符を買わなければならない。しかし、切符売りとインフォメー  ションの窓口を兼ねた小さな駅で並ぶ列には4,5人でも閉口した。というのも、列の前の人が乗り換えなどを聞いていたりすると大変だ。5分、10分かかろうと、後ろに並んでいる人には一切おかまいなしに納得するまで聞くし、駅員さんも親切このうえなく教える。

しかし、そんなことにイライラしているのは、どうやら、日本人であるわたし1人だけだったようだ。みなさん、それが当たり前のように順番を待っている。イギリスの小さな駅は牧歌的だった。

ドイツのテキパキ、さっと、行き先と乗り換え駅、出発ホームから乗り換え駅の到着時間、乗り換え   ホームの番号、乗り換えの出発時間、目的地の到着時間を書いたプリントを瞬時に印字してくれるスムーズな仕組みは、日本人には快適だった。

けれど、イギリスが嫌いになるどころか、逆にイギリスが好きなり、大人の国であることを感じさせた。イギリス人たちは、けっこう、おおらかなんだ。

ロンドンから、イングランド南西部の地方都市、Gloucesterに向かった。オーストリアのザルツブルクで出会ったイギリス人、Matthewが住んでいる町だ。日本の「快速」のような仕様の列車の行き先はSwanseaとあった。Swanseaは、友人であり、かつて、松阪市内の県立高校でALT(外国人英語助手)として働いていたウエールズ人女性の出身地だったので地名を見て感慨深いものがあった。Gloucesterへは、ウエールズの少し手前、イングランドの西の端っこの港湾都市Bristolで北のほうに乗り換える。

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イギリスの鉄道には、人と同様、せかせかしたところがなかった。

近鉄の急行やJRの「快速みえ」のようなガタガタ、ゴトゴトと突っ走っていくときに車内に伝わる騒音ではなく、モーター音が聞こえてくるしとやかさがあった気がする。分厚く感じた車窓のせいだったかもしれない。車窓も、次々と切って飛んでいく建物ではなく、のどかな田園風景を見せていた。

列車もゆっくりだ。それに時間調整のためか駅でもないところで何度も止まる。そして、止まる時間が長い。地図で見たGloucesterは近いように思っていたが、東京と静岡ぐらいの距離はあったようだ。Bristolという町の駅のホームで乗り換えを待っていたときの記憶は、すでに太陽が沈んだあとの夕焼けで赤く染まった部分が残る西の深い群青の広い空が、がらんとしたプラットホームを覆った風景だ。

午後2時50分にロンドンを出て、Gloucesterに到着したのは午後5時10分だった。

Gloucesterは、イギリス西南の一地方都市だが、南イングランドの地図を見ればわかる通り、イングランドのプリティな小さな町を巡るにはヘソのような便利な位置にある。シェークスピアの生家のあるStatford-upon-Avonや、何とか言う有名な画家の名作として知られる大聖堂で有名なSalisbury、お風呂(バス)の語源であるとされる古代ローマの温泉遺跡が遺るBath、街中が大学のOxfordと、なんだか、イングランドの名所図会のような名所が集まっている。それらの町へ実にうまく路線バス網がつないでいる。それに、  町中がイングリッシュ・ガーデンのような中世の家々の街並みが狭い石畳の路地によって結ばれるCotswoldsと呼ばれる丘の街がある。ライムストーンというクリーム色の石で造った中世の家々に今も人々が住み、ゴトゴトした狭い石畳の道路を路線バスが走るが、ライムストーンの家々を飾る植物の色彩が独特の景観を構成する。

のちに松阪のわたしの家にも泊まることになるMatthewの両親の家に宿泊させてもらい、かれの運転するクル

マでこのあたりを回った翌日からは、路線バスを乗り継ぎ、これらの街に立ち寄った。それはわたしの今回の旅のイギリス最後のルートでもあった。
Matthewと出会わなければ、独りのんびり、ゆっくりと路線バスの風景を楽しみながらでイングランドの素敵な田舎巡りをすることはなかっただろう。

12月9日と10日は
Gloucesterに宿泊し、そののちは、路線バス網を利用して、11~12日はOxford、13~14日はSalisbury、15日はBathを訪ね、それぞれの町のゲストハウスに泊まりながら、港町Plymouthを目指した。Plymouthからはフェリーで海路、スペインへ渡る予定だった。


とにかく、暖かいところに行きたかった。  (1995年12月9日~11日)



by terakoya21 | 2019-07-21 08:30 | 新聞最新号

Bonjour! (てらこや新聞2019年 春・夏号 谷のコーナーより)

パスポート

海外旅行をすることが決まり、パスポートを申請した。私が初めてパスポートを手にしたのは、高校2年生の夏だった。大学生の間も何度か使うことがあり、学生時代の思い出の品の一つ。

その紺色のパスポートも、期限が切れてもう十年以上経っていた。まずは、申請書類や必要書類を取りに行かなければならない。普段足を運ぶことのない場所に少し緊張していたが、窓口でのていねいな説明のおかげで不安はずいぶん和らいだ。それほど急を要するわけではなく、申請書は自宅で落ち着いて記入することにした。鉛筆で下書きをして書き始めたものの、提出用の一枚を仕上げた時には予備分を使い果たしていた。

自宅で、窓口で、住所、名前、生年月日を確認する作業を何度も経て、申請から約一週間後、無事に受け取ることができた。赤い表紙の新しいパスポートは、チップが搭載されて以前よりも分厚くなっている。表紙をめくると、相も変わらず緊張した面持ちの写真と少し力んだ署名がしっかりと写し込まれていた。久しぶりの海外に不安を挙げればきりはないが、このパスポートを手にどんな旅ができるのか楽しみだ
by terakoya21 | 2019-07-15 08:30 | 新聞最新号

まえがき (てらこや新聞2019年 春・夏号)

~ Success is notfinal, 成功は決定的なものではなく ~

failure is not fatal; it is thecourage to continue that counts. 失敗は致命的ではない。大切なのは続ける 勇気だ。―ウィンストン・チャーチルの言葉です。新学期が始まったときのプレッシャーから少し開放され、中学、高校生たちは初めての定期試験に臨み、少し疲れが出てきたこの時期に選んだ言葉です。

「無理」「変」「嫌い」そんな一言でいろいろなことから逃げて、拒否している若者が多いなぁと感じます。行動を起こしてみて、「無理」だということはあっても、多くの物事が、行う前から「無理」だと言ったり、決めつけたりしているから、「無理」なのです。「変」だって、基準が変われば「普通」にもなり、「好き嫌い」は何かからのがれる 免罪符ではありません。

新学期、新生活が始まって、いろいろなことが一巡した今だから、改めて自分の周りを見回して努力を続ける勇気を出してみませんか。    (Y.K)


by terakoya21 | 2019-07-07 08:30 | 新聞最新号

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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