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Point of View (てらこや新聞94号 寄稿コーナー (松本さん)  より)

不登校

私の勤める中学校である出来事がありました。中一の男の子が人間関係が うまくいかなくなって学校を休み始めたのです。彼が関係に悩んでいた相手は、とても我がままな男の子です。一見愛想が良い子ですが、努力が嫌いで授業中は私語が多く、課題や宿題も全て自己努力で成し遂げることができません。提出物も不備が多く再提出になりますが、出さないばかりか教師に「俺、出したよな?」などと機嫌を取りながら努力をしているというアピールをします。そして友達に授業中に消しゴムや鉛筆などを立ち歩いては借りに行き、また数十分後に立ち歩いて返しに行ったりします。注意をすると「返しに行っただけ。立ち歩いていない」などと言い訳をします。このような彼の素行の悪さについていけなくなったのと、彼の問題行動にいちいち巻き込まれるのが嫌になったのでしょう。2学期の最後の10日間は学校に来なくなりました。

彼は5教科全て良い点数で、悪い教科でも85点は取れています。私が教えている英語は一番好きな教科です。92点ありました。勉強も部活も真面目に頑張ってきたのですが、心は悲鳴を上げていました。そのことに私を含めて周りの大人が気付いてあげることができませんでした。いや、気付いていたけれども見過ごしていました。迷惑そうにしている姿を見ていましたが、素行の悪い子へ自覚させるまで指導をすることができませんでした。彼の悩みについて考えていた時、これは誰にでも起こり得ることだと思いました。

と同時に、学校へ行きたくても行けない辛さを思うと私も悲しくなりました。実は私の息子も人間関係で悩みながら毎日学校へ行っています。「お母さんが、学校へ行かなくてもいいよと言ってくれさえすれば学校はやめる」と毎日のようにつぶやきながら登校しています。

私は親として悩みながら彼を送り出しているのです。

学校がストレスや悩みの原因となり、帰宅後疲れ果てて何もできなくなることもあります。「そこまで辛い思いをして学校は行かなくてはいけないのだろうか」と思います。

まだその答えは見つかっていません。でも、続けていく中で彼の心が育ち、大人を信頼したり人間関係を築くことを学んでいけたらと淡い期待を持っています。

人間関係のトラブルを起こす子は往々にしてわがままな子が多いです。自分の意見が通らない 相手を攻撃します。面と向かって攻撃することもあれば、ブログにその相手の悪口を書いたり、友人にメールで文句を言ったりすることもあります。我慢することに慣れていない上に誰かに泣き付けばすぐに助けてもらえる環境にあることが多いです。

おまけに今は小学校でも手のかかる子が増えているのもあり、小グループの活動が多く、クラス全体を考えるという訓練がされていません。ですから自分の言動がクラスにどのような影響を及ぼすかなどと考えられない子が多いのです。

ですから、授業中も教師が話し始めると同時に質問が口々に飛び交い、教師の声がかき消されることがよくあります。その時に「静かに聞いている子の迷惑になる。」と諭すと、彼らはとても驚きます。私は保育園でも1年間働いたことがありますが、年少や年年少(2歳児クラス)の集団保育に近い状況だと思います。違うことは、体が  大きく、自制心のある子の割合が多いことです。一部の子は2歳児から心のどこかが育っていないのではないかと思うこともあります。

それでも彼らの可能性を信じて、忍耐強く何度も何度もチャンスを与えながら成長を待ち続けています。その気持ちを言葉で伝えると、9割以上は「勉強しないよ」「期待しないでください」「先生が試験の答えを教えてくれれば全て解決します」「英語の授業を時間割から消したらいい」「採点の時に100点にしておいてよ」「先生の話は聞いていますよ」「めっちゃ調子いいので任せてください」などと言うか、更に何か言われないために返事だけします。

このような子たちは手がかかります。学習指導以前に生活指導をしなければいけません。朝から下校まで目を光らせていなければ問題を起こす子もいます。ですから教師に言いたいことがあっても性格的に言えない子や、おとなしい子の問題が後回しになってしまいます。クラスに数人はこのような子がいますが、ひどいクラスはこのような子が10人近くいます。クラスの約四分の一の 割合です。

こういう状況ですから、学校へ行きたくなくなった男子生徒の気持ちが痛いほどわかり、涙が出ました。

人間関係で悩んでいる子がいたら言いたいことがあります。「あなたたちはダイヤモンドの原石です。今は辛いかもしれないけれど、焦らずゆっくり自分に合う友だちが見つかるまで人を見る目を養ってください。そして、自分が持っている才能や得意なことを見つけてください。勉強や運動、芸術、何でもいいから自分が自信を持って誇れるまで磨き続けてください。その分野で自分の時代を築く日が来るまで努力することを忘れないでください。人生は理不尽なことがたくさん起こります。でもその中から救ってくれる人が必ずいます。その人を見つけたら、感謝して自分のできることを一生懸命にしてください。努力をする力が湧いてこない時は、休んでください。あなたに価値があり、愛されるべき存在であることを心に刻んで欲しいです。」

学校は過酷な場所ではありますが、素晴らしいことも起こります。

上記の男子生徒とは別のクラスでは、他校でひどいいじめにあった女子 生徒が越境して転校してきました。クラスには数週間で馴染みました。徐々に笑顔が見られるようになってきて、遅れ気味の勉強もお母さんに助けてもらって一生懸命取り組んでいます。

嫌なことを起こすのも人ですが、良いことを起こすのも人です。嫌な面ばかり見ると気が滅入りますが、良い面を見続けると楽しくなるものです。 教師を続けていくことができる理由はここにあるような気がします。

この中一の男子は担任の家庭訪問を重ね、塾の先生に助けられ、親に支えられながら冬休みを迎えました。そして冬休み中の部活に顧問が迎えに行ったときに、一緒に登校することができました。何度かお母さまからメールをいただいている中で、学校へ行けた日は嬉しくて涙が出ました。3学期、彼とまた一緒に勉強ができると思うと、とても嬉しくなりました。また学校へ行けない日があるかもしれませんが、少しずつ自分の居場所を見つけて楽しく学校へ行けるようになってくれればいいと思います。

(N.M)
by terakoya21 | 2013-02-10 09:45 | その他の記事

BROADアイ (てらこや新聞82号 小野さんのコーナーより)

まんまと…

今年はのっけから「まんまとやられた」の連発だ。

元旦以来、ニュースで大騒ぎのオウム真理教元幹部・平田信容疑者。街中にポスターが貼られ日本で最も名の通った指名手配者が、ジツは15年間も大阪の街でフツーに暮らしていた。

まんまとやられてしまったワケだが、そこにはなんと、支え続けた女の存在があった。「人間はひとりでは生きていけない」 とはまさにこのこと。女は住み込みで働ける職を探し、部屋にかくまい、毎日の昼食は女の職場から支給される1000円で からあげ弁当を買って2人で分ける慎ましさ。2人の楽しみは DVDレンタルだったそうだ。最近見たのは、「24」「プリズンブレーク」「ハリーポッター」といった話題モノ。出頭前、最後に見たのは、無人島を舞台に飛行機事故の生存者の生き様を描いたアメリカのドラマ「ロスト」だったという。2人だけの孤独な生活をそのドラマに映し合わせていたのだろうか…。凶悪犯罪の容疑者なのに、その逃亡生活はまるで美談のようになってしまった。

その最中、もうひとつの「まんまと」が発生した。広島の刑務所から中国人の男が脱走したのだ。3日後、「ハラがへった」とあえなく観念したが、脱出の仕方は巧妙だった。

そういえば『破獄』という小説がある。どんなに厳しい牢獄からもスルリと脱け出し、犯罪史上例のない4度の脱獄をした男のストーリーだ。そこで描かれる主人公は、緻密で大胆なヒーローのような存在で、爽やかささえ感じてしまう。

「逃亡者」「脱獄」…いずれも映画や小説の題材になりやすい。「まんまと  やられた」には、どこか惹きつけられるストーリーがある。

(T.O)
by terakoya21 | 2012-02-05 13:15 | Broadアイ

世界の街角から~Da Esquina do Mundo~(てらこや新聞82号 木下さんのコーナーより)

ブラジルのテレビで天気予報を見ていると、雑!と思うことがあります。日本の場合は、国土が狭いこともあり、かなり細かい地点までの天気図が放送されますが、ブラジルの国土は日本の23倍で、その国土全てが一度に画面に出るので、日本の15倍くらいの面積にあたる部分は大きく晴れマーク、あとの8倍くらいの部分は大きく雨マークというような天気図が出ます。

南部の一部の地方を除いて雪が降ることはなく、また、多少の雨が降っても傘を差さない人たちですから、晴れても、雨が降っても、あまり関係ないのでしょう。ブラジル人から「明日の天気は雨だから・・・」とか「来週から寒くなるらしいよ」なんて話はほとんど聞きません。日本では、例えばコンビニやレストランなどでも、天気によって、展示を変えたり、納品量を変えたりすると聞きますが、こちらではそんなことはないのでしょうね・・。

(Y.K)
by terakoya21 | 2012-02-01 14:47 | 世界の街角から

旅日記 (てらこや新聞82号 海住さんのコーナーより)

1回目【旅の準備編】

【はじめに】
いまから16年前、1995年9月1日から翌1996年2月29日までの6か月間、“地球一周”の旅の空の下にあった。当時36歳、それまで勤めていた読売新聞を退社、ふるさと松阪にUターンする前の人生最初で最後の冒険と腹をくくった。旅の総予算は、読売時代の退社前2回のボーナスの中から貯めた100万円で、使用期限無しの地球一周航空券購入費と現地での交通費、フィルム代、宿泊費、食費、小遣いの一切をこの中からまかなうことにした。しかし、出発前に購入した、地球1週分の航空券で約19万円、3か月有効のヨーロッパの鉄道乗り放題切符に約14万円、アメリカ大陸横断鉄道切符が約3万円、写真用フィルム200本の代金・・・を引いていくと、飛行機に乗る前から懐具合は随分と心細いものとなっていった。既に30代半ばを回った出遅れた青春旅行だったが、ふるさとに戻って 仕事をする前に、どうしてもやっておきたいチャレンジだった。そんな旅の 道中に出会ったエピソードを皆さんにお届けしたい。

1回目は【旅の準備編】ということで次回以降のストーリーのための予備知識にしていただければ幸いです。

【プラン】
わたしは、30歳になるまで、国内を含め飛行機には乗ったことがないほどの旅オンチだったから、海外渡航歴はゼロ。80年代後半から90年代にかけ、大勢の欧米の若者が日本の地方都市にもやって来たのを機に、かれらと交流する機会が増え、海外にあこがれるようになった。さんざん迷った挙げ句、やるなら体力も出直しも効く30代のうちにと、ようやく夢の実現を実行することになったのがこの旅だった。

購入した地球一周航空券はノースウエスト航空とKLMオランダ航空が就航している都市間で、同一の方向、すなわち、西回りか東回りなら乗り降り自由。使用期限に制限がなく価格も19万円と、メリットの大きなチケットだった。しかも  マイレージ・サービスといって乗った距離(マイル)に応じて無料航空券が付いてくるので一度の利用で次には無料でアジア旅行ができるという特典付きだ。

わたしのプランはこうだった。初めに1か月をかけてアジアの国々を回り、次に4か月かけてヨーロッパ各国、最後に1か月かけてアメリカというもの。

【ルートと移動手段】
最初にシンガポールで降りてクルマや鉄道、バスなどを乗り継いで、マレーシア、タイ、ベトナムと回って、いったん、シンガポールに戻ったあとはアムステルダムへ、ひとっ飛びというルート。中国とかインドとかいったディープなアジアを旅していないということに引け目を感じたが、ヨーロッパを回ることが主たる目的だった。

ヨーロッパではアムステルダムで「IN」、ロンドンで「OUT」するまで西欧、チェコ、ポーランドといった中欧、イタリア、スペインといった南欧。その間、スペインから船で北アフリカのモロッコに渡った。イギリスから米国東海岸のボストンに入ったあとは鉄道で 1か月かけて大陸を回り、シアトルから大阪に帰った。

【宿泊】
宿泊は、一番安いところで200円(バンコク)、ヨーロッパでも1000円~2000円程度。アメリカで20ドルから30ドルぐらいのところが多かった。多くはユースホステルや安ホテルの二段式ベッドで寝たので、見知らぬ者同士が同じ部屋にいた。宿泊費を浮かせるために夜行列車を使うことも多かった。


【食事】
アジアは屋台料理が一番安くておいしい。ヨーロッパでは街のスーパーマーケットで食材を買い、ユースホステルのキッチンを使うか、朝食付きのホテル。夕食は街の小さな食堂。アメリカのことは、あまり思い出せない。

【使用言語】
それぞれの国や地域の言葉を使えないことにまことに失礼であるという謙虚な気持ちを持ちながら、アジアやヨーロッパでも英語を使わせていただきました。

ということで、次回をお楽しみに。

(T.K)
by terakoya21 | 2012-01-27 17:27 | 旅日記

BROADアイ(てらこや新聞81号 小野さんのコーナーより)

ドラマの現場

先日、ドラマの撮影に参加した。

福島第一原発の事故直後、首相官邸の中で何が起きていたのかを再現した年末特番のドキュメンタリードラマだ。再現と言うからには、誰がどう言ってどう動いたのか、会議室の中の備品にいたるまで舞台裏をすべて解明しなければならない。政治部や社会部の記者が関係者への取材に駆け回り、膨大な資料を読み込んで脚本を作り上げた。

そして2日間のドラマ撮影が始まった。演じるのは一流の俳優ばかり。菅首相役の“大ベテラン”大和田伸也さんの手には菅首相の顔写真。大和田さんはその写真をスタジオの隅でひとりじっと見ながら役に入っていった。細野首相補佐官役の「ファイト!一発」宍戸開さんは、事前に本人の記者会見を繰り返し見て話し方の癖を身につけていた上、原発の仕組みまできっちりと頭に入れて撮影に臨んだ。第一原発の吉田所長役の「元祖・熱血漢」山下真司さんは、撮影終了後のインタビューで、「未曽有の大震災の中、自分にできることはこの役をしっかり務めることだ」と語ってくださった。

監督は、人の感情を表現するプロである。例えば、「菅首相の怒号に、会議の出席者全員がうつむく」というシーン。そこで監督は「ただうつむくのではない。何か言いたいのだけれど答えが見つからず、もどかしいのだ!」という指示を出す。役者全員がそれを見事に演じて1回でOK。そんな緊張感が撮影現場にはあった。
カメラ、照明、大道具や小道具の数十人のスタッフも、常に監督の意向を先読みしながらそれぞれの「技」を見せつける、オーケストラのようなチームワークだ。

撮影現場では、取材記者と監督、プロデユーサー、役者が何度も輪になって話し合いながら、ひとつひとつのシーンを作り上げていった。

さて、視聴者の皆さんには、どのように受け止められるだろうか。

※2011年12月15日発行のてらこや新聞81号の記事です
by terakoya21 | 2012-01-22 14:11 | Broadアイ

食のあいうえお(てらこや新聞81号 川口さんのコーナーより)

ットケーキ大好きです。子どもの頃は、パッケージに魅かれて、「あんな厚みのある、ふんわりきれいなホットケーキを作りたいな~」なんて。

多分、私のお菓子作りの最初ではないか?と思います。

食べ物が出てくる絵本に魅了された幼少の私は、まず「ぐりとぐら」のフライパンケーキに衝撃を受けました。
他にも「からすのパンやさん」や、「ちびくろサンボ」のホットケーキなど、その部分だけ強調されて記憶にインプットしています。

あの甘いフレーバーのホットケーキミックスを使えば、小学生の私も手軽にフライパンで作れるおやつでした。当時はそのミックス粉で、ドーナツやアメリカンドッグも作っていました。

最近は、ミックス粉を買うことはなく、卵と砂糖を混ぜて、牛乳を加えよく混ぜ、薄力粉とベーキングパウダーを合わせてふるい入れ、塩一つまみ加え、更に混ぜ、それを焼いて出来上がり!みたいなホットケーキを作ります。

シンプルですが、いつもある材料で出来るので、これまたお手軽です。

甘さを控えて作るので、ホットケーキより薄く焼いてパンケーキにすれば、休日の朝ごはんになります。作りやすい分量を書くので、皆さんもぜひ作ってみてください。

もちろん、出来立てアツアツをつまみ食いするのが、私の楽しみです!!

*基本の材料*
卵=1個、砂糖=大さじ3~4杯、牛乳=100㏄、薄力粉=100g、
ベーキングパウダー=小さじ1/2、塩=ひとつまみ です。
by terakoya21 | 2012-01-17 17:07 | 食のあいうえお

世界の街角から~Da Esquina do Mundo~(てらこや新聞81号 木下さんのコーナーより)

クリスマスが近付いてきました。ブラジルでは、法律により、休暇は1ヶ月連続(1日だけ休むと言うようなことはできません)と定められているため、この時期から2月のカーニバルまではお休みモードになります。ちょうど夏にあたり、日本のゴールデンウィークやお盆休みのようにみんなこぞって旅行に出かけます。日本と違うのは、移動は飛行機が多いこと。国が大きいため、高速鉄道や電車はなく、皆さんが日本で電車に乗るような感覚で飛行機を使用しています。子供たちも慣れたもので、流行のキャラクターイラストの小さなキャリーバッグを引いて、空港を歩いています。

ブラジルの経済成長に伴い、飛行機で旅行できる人の数はどんどん増えており、空港のキャパシティーは限界にきています。サッカーW杯やオリンピックを控え、観光客もますます増加することが見込まれており、どのようにインフラを整備していくかブラジル政府の悩みの種となっています。大都市であるサンパウロやリオデジャネイロは今でも5分に1本という殺人的なペースで飛行機の離発着がある計算ですので、これ以上の増発はなかなか難しいのではないかと思います。高速鉄道を建設するプロジェクトもありますが、まだ時間がかかりそうです。

飛行機での移動や旅行。早いし、便利で、私も好きですが、新幹線や特急などに乗って、窓の外の景色を楽しみながら、ゆっくりと旅行するのもいいですよね。

(12月15日発行のてらこや新聞の記事です)
by terakoya21 | 2012-01-12 14:02 | 世界の街角から

不思議な宣長さん (てらこや新聞81号 吉田館長のコーナーより)

第十話 鈴が鳴る

らん この前の日曜日、ベルファームに行ってきました。先月、広場に小さなログハウスが出来て、ベルが掛けてありました。なるほどベル・ファームだと思いました。

和歌子 あの名前は、宣長が鈴が好きだったからついたのよ。

らん 「ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る」だけど、鈴とベルは一緒ですか?

和歌子 普通、ベルは半球形だし、鈴は丸くて閉じた形ね。でも最新の説では、ルーツは同じ半球、釣り鐘形で、それが閉じていったと考えられています。

らん 宣長さんの鈴はどんな音色ですか。

和歌子 さやさやと鳴ったそうですよ。

らん 気持ちがよくなる音ですね。でも、かえって眠くなりそうです。ところでどうして「スズ」というのですか。

和歌子 同じことを友だちから聞かれて宣長さんは「わからない」と答えています。

らん 宣長さんでもわからないことがあるんだ。

和歌子 結論は、「わからない」だけど、あらゆる可能性を検証していくのが宣長さんですね。

らん しつこく、ですね。

和歌子 納得が行くまで、ああでも無い、こうでも無いと考え続けるのが好きなんですね。『古事記伝』の中でも、「考への及ばむかぎり、試みには云ふべし。其中に正しく当れるも、稀には有るべきなり」と言っています。

らん 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるですか。

和歌子 決して下手とは思いませんが、でもそうね。問題意識を持っていると、時にはセレンディピティーserendipityもあるのよ。

らん 天使からのプレゼントみたいなものかな。

和歌子 京都の五条の天神さんを「天使」と言ったと、宣長さんは『在京日記』に書いていますから、五条の天神さんの贈り物ですね。

らん ??

和歌子 わからなくて結構です。それはともかく宣長さんは子どもの頃を、「おのれいときなかりしほどより、書を読むことをなむ、よろづよりもおもしろく思ひて、よみける、さるははかばかしく師につきて、わざと学問すとにもあらず、何となく心ざすこともなく、その筋と定めたるかたもなくて、ただからのやまとの、くさぐさのふみを、あるにまかせ、うるにまかせて、ふるきちかきもいはず、何くれとよみける」と回想しています。だいたい意味はわかりますか。

らん 「いときなかりし」は?

和歌子 いとけない、幼いことよ。

らん 小さな頃から本を読むのが何より好きで、ずっと読み続けてきた。

和歌子 そう。といって特に先生について教えてもらうということもなく、目的もなく、ジャンルも限定せず、日本のものも外国のものも色々な本を手当たり次第、新しいも古いも問わず読んでいた、ということね。

らん 本当の乱読の独学ですね。

和歌子 でもやがて一つだけ基準ができてきたの。それは「好信楽」です。

らん 「コウシンラク」ってなんですか?

和歌子 それは次回のお話としましょう。

(Y.K)
by terakoya21 | 2012-01-10 16:02 | 不思議な宣長さん

旅日記(てらこや新聞81号 海住さんのコーナーより)

国際列車の夜

1995年10月、ヨーロッパに着いて初めて乗った国際列車は、アムステルダム発、ウイーン行きの夜行だった。
一室六人掛け、片側三席のゆったりしたコンパートメントで一人寝ていたが、国境を越えるたび、乗車券やパスポートのチェックがあり、灯りをともし、起こされた。そのうち、ドイツ国内の駅から乗ってきた一人のおじさんと“相部屋”になった。僕はドイツ語が分からないのに、とことんよく話しかけてくる人で、寝るのはもうあきらめた。
おじさんは、ドイツに働きに来ているユーゴスラビア人で、故郷のユーゴは内戦中だったが、ウイーンを経由してベオグラードに帰るところだという。しかし、理解できたのはそこまで。
僕はまったくわからないという顔をしているのに、おかまいなしに話しかけてくる。もう静かに眠らせてほしい。そのうち、鞄から缶ビールを一本取り出して、僕にくれた。飲んでも、飲んでも次から次へとビールが出てくる。「もう飲めない」と断っても、どんどん出てくる。
やがて酔いが回り、居眠りできた。少しして目を覚ますと、また一本ビール!
言葉によるコミュニケーションはまったくできないなか味わった最高のもてなしだった。
あのおじさんの故国・ユーゴスラビアは、子どものころの僕が夢に描いたあこがれの国だった。「ビューティフル・サンデー」を歌っていた歌手・田中星児がテレビの番組で四輪駆動車に乗って、ユーラシア大陸を横断。さまざまな国でギター一本で現地の人々と触れあう番組だった。なぜだか、ユーゴの農村で地元のおじさんやおばさん、子どもたちと笑顔で「ビューティフル・サンデー」を歌っていたシーンが印象に残っている。ユーゴとはそれ以来、ずっと行ってみたい、あこがれの国だったのだが、近くまで来たこのときは内戦のさなかにあった。
同じ列車の中でビールを飲み合っているおじさんがユーゴスラビア人であり、ベオグラードに行くところと聞けば、あの田中星児の歌が懐かしくなり、あの牧歌的なユーゴをイメージする。しかし、現実はセルビア人やクロアチア人が争っている。わたし一人では内戦中のユーゴに行くことはできない。このおじさんにベオグラードに連れて行ってもらいたいと頼んでみたい気持ちはあったが、心配性の僕に戦争状態にある危険地帯に入る勇気はなかった。
(1995年10月5日)

(追記)
その後、どの国の街だったか忘れたが、ユースホステルのロビーにいたら、ユーゴスラビアの内戦が終結したと言って、周囲のバックパッカーたちが喜んでいた。彼らの中にはすでにユーゴへの旅支度をしている者もいた。僕はまだユーゴなどに行く勇気などなかったが、あのおじさんのことを思い出していた。
by terakoya21 | 2012-01-04 21:23

不思議な宣長さん (てらこや新聞80号 吉田館長のコーナーより)

 第九話 宣長さんの魅力ってなんですか

らん 先生は、宣長さんのどこに魅力を感じますか。

和歌子 一言で言うのは難しいけど、全部に細やかな配慮がなされているところですね。

らん 服とか持ち物とかですか?

和歌子 らんさんが思うようなのとは少し違うかもしれないけれど、でも基本は同じね。
たとえば映画に出てくるような学者のイメージって、ちょっと危ない系じゃないですか。

らん いかにも研究だけという感じですね。髪の毛はくしゃくしゃで、汚い服を着てる。

和歌子 宣長さんはおしゃれだ、と言った人がいます。着物や身だしなみ、また本を出版するときの表紙だとか、全部自分のこだわりがあるのです。

らん 趣味人ですね。

和歌子 でもそれだけじゃないの。生まれたときから死ぬまで、音楽で言う「通奏低音」というのでしょうか、ずっと流れ続けている音のようなものがあるのです。

らん よくわかんないなあ。

和歌子 本居宣長記念館の展示やカタログで見て欲しいのだけど、いかにも宣長さん、という特色が何にでも有るの。そんな人って居るでしょ。

らん 私の知り合いの方も、住んでる家とか車とか無造作に選ばない人がいます。

和歌子 それが徹底している所ですが、ちょっと話が大きくなりました。11月5日は、宣長さんの210回目の命日でした。

らん 死んだ日ですね。もう210年もたつのですね。

和歌子 そうです。その次の日、千葉県からいらっしゃった方が、ぜひ奥墓に行きたいとおっしゃるので、雨も上がったので、ご案内しました。晩秋、雨上がりの山室山は木々の色も濃くてとてもきれいでした。

らん 山道は滑りやすいですね。

和歌子 その時、感じたのですが、お墓もシンプルでうつくしいけれど、周りの風情がすばらしいの。

らん 私が行ったときも、大きな木が生えていて、頂上から海も見えました。

和歌子 松阪の町から車だと20分位しか離れていないのに、深山幽谷といった風情でしょ。

らん シンザンユウコクってなんですか。

和歌子 山が深くて谷が静か、つまり山奥、ちょっとした秘境ですね。

らん 木霊(こだま)とか、つちのこだとか出てきそうですね。山寺もあるし。しかも雨上がり。

和歌子 私は泉鏡花の『高野聖』の冒頭を思い出しますが、その時、町の近くで、よくこんな場所探したなあって感心しました。

らん そういえば勉強部屋の「鈴屋」だってシンプルだけどいかにも宣長さんだという感じですね。

和歌子 こんな印象が大事だと思うの。

らん 雰囲気かな。何となくって言う感じですね。

和歌子 私が好きな本に『パリ感覚』と言う一冊があります。

らん フランスのパリですか。

和歌子 パリが好きっていうとき、特定の場所もだけど、その町の雰囲気が気に入っている人が多いでしょ。いかにもパリだという感じですね。それが書名になっているのよ。宣長さんでも、この仕事、たとえば『古事記伝』を評価するとか、この歌が素晴らしいというのでなく、残されたいろいろな物から感じられるもの、宣長の魅力は、それがバラバラで無くて調和している所と言えば、少しはわかってもらえるかしら。

らん 「宣長感覚」ですね。
by terakoya21 | 2011-12-20 14:56 | 不思議な宣長さん

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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