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Golden Week 2

Here comes... a big headache!!!

やはり、頭痛なしで休暇は過ごせないでしょう・・・007.gif

と言わんばかりに、今日は朝からひどい頭痛

でも、明日からの雨に備えてジョニーを水洗いしておきたかったので
あさから、少し腹ごしらえをした後薬を飲み
玄関やら、脱衣所の掃除をして
ジョニーを洗ってから閉じ込めておく場所を確保

そして、洗い、乾かし・・・が終わるとノックアウト
午後、父とドライブに行こうと言っていたので
それまでに少し昼寝をしましたが・・・
頭痛は治らず・・・
一応実家に行きましたが、
父がよく眠っているようだったので、
帰宅し、私も再度寝ることにしました。

そして先ほどまで・・・よくまあと思うほど眠り
ようやく流しの片付けやパソコンに向かう気になれるほどに
回復しました。

まだまだ熱っぽいので、今日は無理せず明日に備えたいと思います。

(Y.K)
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by terakoya21 | 2012-04-30 18:32 | 日記

Golden Week 1

The first day of 9 days off;)

殿町中学校で行われた中体連のバスケットボールの試合を見に行きました。
中学3年生の生徒に、少し前から

「絶対見に来て!」と言われていたので、
きちんと試合時間が分かり次第連絡をくれたら・・・
という条件で、行くことにしていました。

きちんと、前日の試合に勝ったとの連絡とともに
試合時間の連絡があったので・・・(行ってみると1時間違っていたのですが・・・)
約束どおり、大学生アシスタントを誘い・・・行ってきました。

いろいろな意味で行ってよかったと思いました。

まずは、生徒が予想以上に喜んでくれたこと
彼の出場時間も、若干でしたが、あったこと
そして、何より、彼がとても成長していることが見て取れるような姿に
今まで心配していたことが、大丈夫ではないかと思わせてもらったことです。

もう、大人への階段を少し登りかけた姿に
頼もしくもあり、若干寂しさを感じ・・・

また、あどけなさが5年生のときに出会ったときと同じ笑顔に
癒された気がしました。

珍しく、頭痛のない連休の始まりです。

試合は残念ながら負けたのだけれど、
夏の大会も見に行きたいと思えるものでした。

そして、寺子屋生の中2の女の子の試合も次回はしっかり見られたらいいなと思っています。

試合の後、1日に寺子屋スタッフ一同で夕食を食べに行く予定なのですが・・・
近いと言うことで・・・月灯りの屋根で
アシスタントとお茶をして帰りました。

c0115560_22183949.jpg


ティラミス風アイスとコーヒーで
2時間ほどの大学生との会話も・・・
これからの日本を背負う若者の姿に
希望をもらえるひと時でした。

このまま、平和な連休であることを願いながら・・・

(Y.K)
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by terakoya21 | 2012-04-29 21:58 | 日記

お知らせ

Our Golden Week Schedule:)

今日は、GW前最後の授業日です。

寺子屋かめいは、明日29日(日)より5月7日(月)までお休みをいただいています。
ご注意ください。

現在、ご案内中の講座のお問い合わせは、本日21時30分まで、もしくは
5月8日(火)以降にお願いいたします。

現在ご案内中の講座の詳細は

カテゴリの「開講クラス紹介」をご覧ください。

現在ご案内中の講座は

小学生英語講座
小学生英語講座②
セントヨゼフ女子学園受験応援講座

です。

(Y>K)
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by terakoya21 | 2012-04-28 15:39 | その他の記事

てらこや日誌

Assignment Done???

宿題の期限を守れなかった今年の中学3年生諸君…

宿題の期限を過ぎても、結構平気な生徒が多い中
やはり、1年間の指導の成果か・・・
期限が過ぎても、できるだけ早く終わらせる努力をして
できるだけ早く提出しなければならない!ということが
わかってきたようで…

今週は、毎日のように中学3年生の生徒たちを寺子屋で見ました。

少しずつ、学んでいく姿…やっぱり嬉しい

もちろん、期限が最初に守れるのがいちばん嬉しいけれど…(*^_^*)

(Y.K)
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by terakoya21 | 2012-04-28 15:29 | 日記

上越だより(てらこや新聞85号 下西さんのコーナーより)

「時空を紡ぐ さきおり」

c0115560_14322066.jpg娘の幼稚園時代のママ友に松原恵子さん(上越市南城町在住)がいます。彼女は「裂き織り」の作家です。彼女は、昭和63(1988)年、ご主人の転勤で佐渡に在住のさいに、佐渡の伝統工芸である裂き織り「サッコリ」に出会います。佐渡の相川町技能伝承館にて、講習を受け(1年間)、自前の「機」(ネマリバタ)とともに上越の自宅に戻ってからも作品作りに励まれました。裂き織りをはじめて2年後の平成2(1990)年に、上越市美術展に初出品・初入選を果たし、7年後には無監査となります。また、新潟県美術展・現代工芸新潟会展にも入選を果たしています。県内ばかりではなく、全国裂織展においても、入選を果たしています。

「裂き織り」とは、経糸(たていと)に木綿糸、緯(よこ)糸(いと)に古布を細く裂いてリボン状にしたものを使った織物です。緯糸に裂いた布を使うことで、とても丈夫な物になります。もちろん古くなった布も再生できます。なぜ、裂き織りが考え出されたのでしょう。『ものと人間の文化史 裂織』(佐藤利夫著・法政大学出版局)によると、

「布」とは本来は麻布を指していた。北陸より北では、寒冷なために綿花の栽培には適していないので、衣料繊維の中心は麻であった。(中略)木綿の導入が衣生活にどれほど大きな影響を与えたか、日本列島の南北の気候条件によって、ワタの栽培地とこれに適さない寒冷地とでは、木綿織りによって生活を豊かにした地域と、なお麻が主要な繊維として残っている地域の差になって色分けされた。佐渡はワタのできる温暖地と寒冷地の中間にあり、衣生活においても、文化と同じような南北両方の要素が入って共存している所である。

c0115560_14325374.jpgとあり、木綿が貴重であり、布が貴重であり、古くなっても弱くなっても破れても、とことん使い切った時代があったことがうかがい知れます。

佐渡といえば、民話「鶴の恩返し」の舞台の一つでもあります。この民話をもとに、木下順二は戯曲『夕鶴』を書きました。人間の姿に身を変えた鶴・つうは、命の恩人・与ひょうのために布を織ります。「羽を抜き取って織る」姿を見られないように、つまり鶴であることを知られないために「織っている所を見ないで。」と言い置いて、作業場にこもります。鶴が織っている姿は、挿絵では「タチバタ」(高機・いすのような物に座って織る織機)だったと思いますが、松原さんの織り機は、座ってするものでした。

3月7日、松原さんの展覧会を見に、上越市板倉区の「アトリエやま」に行ってきました。辺りは、道路沿いに背丈ほどの雪の壁が残るものの、春のひざしが暖かく感じられる日でした。この展覧会は、平成6(1994)年より恒例になっており、ギャラリーには、タペストリーをはじめ、バッグや、ペンケース・コースターなど展示即売されておりました。私を含め常連の裂き織りファンが、作品を鑑賞したり、コーヒーを飲みながら談笑したり、ゆったりとした時間を過ごしていました。そう昨年は、3月11日の2時ころここを訪れており、ここで東日本大震災の揺れを経験し、津波の惨状をテレビで見たのでした。

松阪は、江戸時代の豪商三井家発祥の地です。江戸の元禄時代ころから、越後屋の屋号で「松阪もめん」を商い、その後の「三越」の礎を築きます。江戸の町で200軒ほどあった呉服屋の7割は松阪商人だったとか。(三井家のほか、小津家・太田家・長谷川家など)。

なぜ、このように松阪商人が活躍できたのか、いくつかの理由や時代背景があるようです。
16世紀初頭・室町時代の後期に「ワタ」の種が伝来し、栽培に適した三河(愛知)・河内(大阪)・伊勢(三重)などで、「もめん」の原料が生産されはじめます。舶来の高級な木綿ではなく、国産の木綿(生産者)と、「機(はた)殿(どの)」の地名に由来する織りの伝統(技術者)と、「江戸」(消費者)をつなぐ役目を松阪商人が行ったようです。

昭和59(1984)年、三井家跡地(松阪市魚町)に「松阪もめん手織りセンター」が開設されました。ここでは手織り体験ができ、また、「松阪もめん」製の商品が販売されています。江戸で大流行した「松阪もめん」も、明治以降急激に生産が減少し、その技術を守る必要性がでてきたからでしょう。江戸時代の「粋」を代表するといわれた縞模様は、現代でも充分ハイカラだと思いますし、残していってもらいたいとも思います。

「織物」というものになぜか惹かれます。染織家・志村ふくみさんは「染め」と「織り」の第一人者ですが、すばらしい随筆家でもあります。その著書『語りかける花』(人文書院)の「平織り」の項に次のような文章があります。

織物の中で、平織りは最も平易である。空気や水の如きであり、始めであり、終わりである。何十年やっても、今はじめたかのように新鮮である。(中略)経糸はすでに空間に張られた動かしがたい存在である。そこへ今日の自分の千々に乱れた感情が往来する。色彩はその日によって刻々微妙に、メタモルフォーゼして様々に彩なす今日を織り上げてゆく。或る時は、平穏な情緒と、安定したリズムを奏で、或る時は、強靱な意志の力で経糸に秘められた想いを構築していくこともできる。

c0115560_14332252.jpg我が家には、松原さんの裂き織りの「額絵」があります。縦18㎝・横25㎝で、経糸に黒い木綿糸を使い、緯糸に藍色を中心にしながら、何種類もの布が層をなし、海から見た「佐渡島」が描かれています。

海は、藍の無地の濃淡で表現され、岸辺は白と藍の混じった布で、波打ち際や建物の気配が表現されています。山の中腹には、藍色に黄や緑や茶の色の布が混じり草木が感じられます。空は、白っぽい布を多く使い山の稜線のくっきりと浮かび上がらせています。

「裂き織り」は、実用ばかりではなく、「織る」ことで、また素材や色を「組み合わせる」ことで発生する「偶然性」と「デザイン性」にも注目が集まっています。
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by terakoya21 | 2012-04-28 14:33 | 上越だより

不思議な宣長さん(てらこや新聞85号 吉田館長のコーナーより)

第十三話 宣長さんと金環日食!

和歌子 今年は宣長さんが生まれて282年目です。

らん 1730年生まれですね。

和歌子 今年の5月21日、三重県では金環日食が見えるはずです。

らん 金の輪っかみたいに見えるのですよね。本で見たことがあります。すてきでした。

和歌子 天気がいいといいですね。

らん でもどうして金環日食なのですか。

和歌子 実は三重県で金環日食が見えるのは、282年ぶりなのです。

らん ということは、えっ!宣長さんの生まれた年以来ですか。

和歌子 それがどうしたと言われそうだけど、三重県で前回見えたのは1730年7月21日、宣長の誕生日は5月7日、今の暦では6月21日です。

らん 生まれて一ヶ月の赤ちゃんの時ですね。

和歌子 大きくなっていたら記録は残してくれたでしょうけど、でも、まだ無理ですね。

らん 宣長さんは、科学にも関心あるのですか。

和歌子 動植物学は、漢方とはいえ医者だから人並み以上の知識はあったはずです。古典研究でも必要ですよね。

らん 気象や天文学はどうなのですか。

和歌子 今なら中学生ですね14歳の時に『新板天気見集』と言う天気予報の本をまとめました。

らん 自分で調べたのですか。

和歌子 本からの抜き書きです。でも興味があったのですね。

らん 宇宙は?

和歌子 日本の神話には、不思議なことに「星」がほとんど出てきません。

らん 星の神話がないのは寂しいけど、昔の人は星を見なかったのかなあ?

和歌子 でも宣長さんに限ったことではないけど、月食や日食、星でも怪異星への関心は今以上ですね。

らん 天照大神が天の岩戸に隠れたから日食だと聞いたことがあります。不思議だったでしょうね。

和歌子 でも今の人と違って基礎的な知識がないからね。それでもね宣長さんは、『天文図説』と言う本を書いて、日食や月食が起こる理由などを考えたり、『葛花』では、地球が浮かぶことについて疑問を抱いたりしています。

らん 地球が浮かぶ?

和歌子 宣長は地は球であるという西洋の天文学の知識を知って、富士山に登った時の体験から、それは事実だろうと考えます。

らん 富士山に登ったのですか。

和歌子 22歳の時です。だから「地」が「球」であるのは間違いがないけど、そんなものがどうして何もないところ、つまり宇宙空間に浮かぶのかと考えるのです。

らん さすがですね。ずいぶんいろんなことを考えるのですね。でも私はさっきの怪異星についての話がもっと聞きたい。

和歌子 それはまたお話しします。

(Y.Y)
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by terakoya21 | 2012-04-27 20:56 | 不思議な宣長さん

お知らせ セントヨゼフ受験応援講座 

New CLASS!!!

本日、我が母校セントヨゼフ女子学園の学校説明会に行ってきました。そこで来年度からアドバンスコース希望者に限り、AO入試があるということでしたので、国語と算数に特化して、授業を行う受験応援講座を下記のように早速企画しましたのでご案内いたします。

ご検討下さい。

セントヨゼフ女子学園中学校 受験応援講座 6月開講

対象 小学6年生 

水・金曜日 5:00 ~ 6:40 (途中5~10分休憩あり)
45分授業×週4回 

月授業料 21,000円 + 施設利用料 3,000円
(教材費込み)

入学金10,000円

夏期講習が必要となる場合があります。

セントヨゼフは私の母校です。学校の価値は、卒業生の活躍と幸せで計るものです。
在学中の思いはそれぞれでも、私たち卒業生が、現在幸せに、社会で活躍できているのはヨゼフでの6年間(私は7年在籍しましたが・・・)が基礎にあるからです。

そんな思いを分かち合える人がこれからも増えていくれることを願っての増設の開講です。

お問い合わせは

寺子屋かめい
tel/fax 0598-21-0148  email: terakoya@poppy.ocn.ne.jp

お電話での問い合わせは火曜日から土曜日の14時以降でお願いします。

なお、寺子屋かめいは4月29日より5月7日までゴールデンウィークのお休みをいただきます。
ご了承下さい。


(Y.K)
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by terakoya21 | 2012-04-27 17:08 | 開講クラス紹介

Ticket to Arts and Literature (てらこや新聞85号 アシスタントのコーナーより)

「京都小旅行」

今回は文学や芸術には、あまり関係ないのですが、京都旅行レポートを書きたいと思います。

二月の初め、友達三人と一緒に京都旅行に行ってきました。友達の一人が御朱印帳を持っており、「御朱印を集めるために神社巡りをしたい!」と去年の10月ぐらいからずっと言い続けていたので、計画を立てて一緒に行くことになりました。日帰り旅行ですので、松阪駅から出る朝6時の急行で行ってきました。ちなみに、御朱印と言うのは神社仏閣などで貰うことができる印の事です。神社の場合は神職の方から印を押してもらい、その下に墨書で神社名や参拝日等を書きいれてもらいます。神社によって印や墨書の書き方が違うので、見ているだけで楽しいです。伊勢神宮の御朱印はシンプルで見やすかったです。私のイメージではもう少しゴテゴテしてるのかなと思っていたので、少し意外でした(笑)

この旅行では、神社を四か所巡りました。まず、一社目は伏見稲荷大社。一万基の鳥居をくぐり、   稲荷山を登っていきます。始めは順調に登っていたのですが、頂上になるにつれて疲れが…運動不足でしょうか(笑)山を登る途中では、「おもかる石」と言うのがあり、お願い事を心の中で思い浮かべ、石を持ち上げて軽かったら願いが叶い、重かったら叶いにくいらしいです。私の願い事は、ほんのちょっと重く感じてしまいました…。努力あるのみという神様のお告げかもしれません…。運動不足の私がいたにもかかわらず、二時間もかからずに、お山巡りをすることができました(予定では二時間かかると思っていたので…)。頂上は見晴らしも良く、空気もおいしかったです!そして、若干汗ばんで、  良い運動になりました!!

二社目は平野大社。今回京都旅行で回った中で全国的な知名度は低いと思いますが、心休まるような穏やかな場所でした。この平野神社は桜の名所で、400本の桜の木が植えられています。更に種類は約50種類という豊富さ。春に来たかった…!と皆で悔やみつつ、参拝しおみくじを引いてきました。(負け惜しみではありませんが)この時期に来たおかげで、静かに参拝できて良かったです。

三社目は北野天満宮。北野天満宮は梅が有名ですね。梅は二月の下旬が見ごろなのですが、二月の初めでも蕾がほころび、「もう春がそこまで来てるんだなぁ」と感じました。最近、花を見て季節を感じるっていうことが無かったので、「私って結構心に余裕が無かったんだ」と思い、これからは心にゆとりをもつように心がけます(笑)

四社目は、安倍晴明神社。陰陽師・安倍晴明をお祀りした神社です。お守りの授与所の隣に絵馬舎があり、絵馬には有名人の名前とドラマ・映画ヒット祈願がびっしり書かれていました。「この人知ってる!この映画も知ってる!」など、友達と話しながら参拝。他にも、小さな一条戻り橋が境内に  置かれていたり、安倍晴明にまつわる伝説がパネル展示されていてユニークな神社でした。また、神社公認のお土産屋さんもあって、ほとんどのお土産の品物に魔除けの五芒星が入っています。お店の方によると、常に身につけておくと魔除けとなるんだとか。私は友達とおそろいの缶バッチを買いました。ちゃんと五芒星が入っているので、鞄につけたいと思います。

この日だけで四社も周り、こんなに神社を周ることってもう無いのではないかと思いました。簡単な神社紹介…よりも私の感想だけで終わってしまいましたが、綺麗な風景や花をみて感性を磨くのも勉強かなと思います。無理やりまとめてしまいましたが、やっぱり京都は何度行っても楽しい場所です。今度は貴船あたりに行きたいなと密かに考えています(笑)
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by terakoya21 | 2012-04-26 18:08 | Ticket to A and L

てらこや日誌

Assignment Due

小学5,6年生クラスでは、ノートのとり方を強化中ですが・・・

中学2,3年生では提出物などの期限を守る姿勢を作ることに
重点をおいた指導を心がけています。

今年中学2年生になった生徒たちは、5月の連休明けが
初めての課題提出日・・・昨日はそれに間に合わせるために
自主的に勉強に来ている生徒がいましたが・・・

中学3年生は、昨日が今年度初めての提出日・・・
でしたが・・・皆、最後の詰めが甘く
完成した人が残念ながらいませんでした。

でも、今日もせっせと勉強に来ている生徒が
すでにいます。

提出日を決めて、そのために計画的に勉強する・・・
ということが、今の学生は苦手なようです。

なので、高校生になってもどっぷり塾に
手取り足取り指導してもらわなければならない子が増えている・・・

それが、大学まで続いていき・・・

それでは、就職が大変になるのも当たり前・・・

そして、かりに就職できたとしても長続きしない・・・

出来る限り、長期的な目標をもって、
指導するのが寺子屋の方針!

期限に間に合わせるために自主的に勉強に来てもらう分には
私たちの手を煩わせても、無料ですが・・・

遅れると有料補習となります。
今回も有料補習になる生徒は何人かいますが、

杓子定規で即有料というわけではなく、
相談をしたり、事情を説明したり、
それなりに子どもたちがする努力に合わせて、
私たちも計画の立て方を指導し、実情に合わせていく
という取り組みもしています。

徐々に、子どもたちが、自主的に考えて学習してくれる姿が
このところ、ちらほら見られ・・・

それは授業態度や理解力に反映されていく・・・

やはり、厳しいといわれても、子どもたちが将来苦労しない方法を
続けていかなければならないと思っています。

(Y.K)
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by terakoya21 | 2012-04-25 16:24 | 日記

旅日記 (てらこや新聞85号 海住さんのコーナーより)

第4回
クアラルンプール編 【道路横断に見る東西比較】

バスの窓は、ギラギラした太陽光をさえぎるため黒っぽいシールの色だったが、今、まさにそこに差し掛かるマレーシアの首都・クアラルンプール都心の風景はきらきらに輝いて見えた。造形美あるカーブのハイウエイが広々と確保され、摩天楼に吸い込まれていく。しかし、なぜだか、ハイウエイの出口付近には人が立ち止まってクルマの流れが途切れるのを待って横断しようとしている。それが、一人や二人ではなく、あっちにもこっちにも、である。片側3車線もある高規格道路を横断するなんて無謀だとは思った。が、バスから降りたわたしもかれらと同じことをせざるを得なくなる。

マレーシアは、マレー人と華人、インド人を中心に構成される国家。イスラム教を国教とする。仏教寺院なども点在するが、ここはイスラムの国。ことにクアラルンプールは、まちなかのモスクが都市景観の中に重要なアクセントを造っていて、高層ビル群とのバランスが魅力となっている。そんなクアラルンプールには一度は訪れてみたいとは思っていたが、実際に訪れてから17年たついま覚えているのは道路の横断のことだけだ。どうも申し訳ない。

人口は東京の10分の1であるせいか、この都会にはさほど密集感はなく、超近代的に開発された人のいない歩道を悠然と歩いた。しかし、突然に歩道の先がなくなってしまい、広い車道を横断せざるを得なくなるところが所々にあった。「こういうことだったのか。」バスの中から見た道路脇に立つ人々の事情が呑みこめた。向こう側に行くにはとにかく広い車道を渡らなければならない。おそらく、都市の近代化を急ぐ中、古い街を寸断し、超近代的な都市インフラを整えたせいで、そこに暮らす人々の日常は後回しにされてしまったのだろう。日本を含めたアジア型の開発の中には生活道の分断はありがちなことだ。

しかし、それだけではなかった。

宿泊は、陽のまだ明るいうちに、古い街中の中華街の棟続きの一角にあるゲストハウスの2階の部屋に落ち着いた。夕方、部屋の窓から外を眺めていると、白杖をついた目の見えない人々が10数人はいただろうか、街角の信号のない小さな交差点に立って、道路を横断しようとしている。ホテルの前が目の不自由な人の訓練センターだったのだ。そこから出てきた人たちが、家路につくには、小さな丁字路を渡らなければならないが、右折、左折してくるクルマが後を絶たない。止まるクルマはないので、目の見えない人々がそれぞれ自分の勘にまかせ、クルマが来ていないタイミングを測って交差点へ突入していかなくてはならない。スムーズに横断できた人と、なかなか、道路に突入できずにうろうろしている人と・・・。

この出来事をきっかけに、クルマの運転に許容されている社会的なコンセンサスは、クルマを運転する者の、歩行者に対する配慮が欠けているという個々のマナーの問題というより、国・地域によってかなり違うらしいことに気づいた。

クアラルンプールでは、それが昂じて、途中で歩道の切れ、ここから先はこの道路を横断せよと言わんばかりの構造となっている高規格道路となる。では、日本にそれがまったくないかと言えばそんなことはない。歩道の途中で点字ブロックは消えて無くなりこれから先はどうしろと言うのだという所はあるし、信号のない横断歩道でクルマが止まってくれずに渡ることのできない歩行者。ホーチミンやハノイといったベトナムの大都市では、自転車とバイク、クルマが一斉に車道をラッシュしてくるので歩行者はその間を上手にするり、するりと横断する術を身につけている。クルマは止まってくれないものであることが社会のコンセンサスとなっている。

それとは別に、アメリカの西海岸の都市でクルマの歩行者に対する配慮の行き届き度の高さに驚いたことがある。歩行者として信号のない横断歩道に差し掛かると、手前のクルマ、そして、センターラインの向こうのクルマがさっと止まってくれる。偶然ではなく、それが当たり前なのだと気づき、驚いたものだ。もちろん、世の中には例外というものがあってロサンゼルスの危険地帯では警察官の検問を強行突破していくクルマを見たことがあった。が、あれは“法の外”で生きている人たちだ。

比較する尺度となるのは、社会の中でフツウに生きている人々の意識の共通項がどうなっているかによって、その国や地域のマナーの一般像を見ることができる。それが社会のコンセンサスということになる。

クルマの歩行者へに配慮という領域の序列に見る限り、アメリカ・カナダ地域に高い得点を付けたら、日本はそれをはるかに下回り、大陸アジアはさらに・・・という序列にならざるを得ない。それが、社会の成熟度合いとともにどっちへ向かっていくのかは、それぞれの国・地域の人々のコンセンサスしだい、だ。

以上、お話は、いまから17年前の1995年のことだから、「いまはそんなことはないよ」と最新事情をご存じの方は、昔話として大目に見ていただきたいが、日本においても当時と今とで交通マナーなど国民性にかかわることには変わったとは思えないので、それほどの違いはないと見てはいる。

(1995年9月5日~7日)
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by terakoya21 | 2012-04-25 13:59 | 旅日記

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