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Happy Halloween!!!

雨の一日

家で、掃除やら、仕事やらをしていて、これといって
何もしない一日になってしまいましたが・・・
気がついたら、今日ハロウィーンではありませんか・・・

そして、パソコンをつけたら、スキンが変わっていた・・・

くぅ~、先を越されたよ・・・なんて思いながら、牛乳の記事を書いたのですが・・・

考えたら、もう11月になるってことですね。

このところ、来年度のスケジュール編成や、英会話クラスの課題を考えたり・・・
いっぱいしなければならないことがあるのに・・・

気がつくと、時間が経っていて、後回しにすることの繰り返しだったのですが、
今日は、少し来年度のスケジュール編成の試案を出してみました。

曜日変更をお願いするクラスが、数クラスあることに気がつき・・・

その方々には、今月のてらこや新聞の送付時にお知らせをすることにしました。

ご協力よろしくお願いします!!!

と題名とは程遠い話題になりましたが・・・

皆さん、あと1時間ほどで聖人の日に変わりますが・・・

Happy Halloweeeeeen!!!

あれ、ハロウィーンのお化けたちは、水が嫌いなんだったっけ?
雨だとどうなんだろう・・・


(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-31 23:03 | 日記

給食の牛乳

懐かしの給食の"牛乳"エピソード

コラム総合 - エキサイトニュース

私は、牛乳が大好きで、小学校入学まで一日1.8リットル飲んでいたそうです。
毎朝配達される牛乳を10本・・・5人兄弟の末っ子だった私が、一番飲んだようですが、
他の兄弟も一日1本のノルマがあり、
またすぐ上の姉はのどが乾くと牛乳を飲むっていう人だったので・・・
毎朝配達される牛乳の量は・・・結構な量であった我が家ですが・・・

私は、学校給食が本当に口に合わず・・・
給食の献立を毎朝調べては、学校に行きたくないと思うことも多くありました。
そして・・・
学校の給食の牛乳を飲んでから、牛乳を飲む量が減りました。
4年生くらいまで牛乳瓶、その後テトラパックになりましたが・・・
我が家で飲んでいた牛乳に比べて、かなり水っぽかったのを覚えています。

が・・・私たちの時代は、残さず食べるがモットーだったので、
嫌いなものを含め、残さず食べるのが当たり前だったので・・・
かなり頑張っていたのを覚えています。(揚げパン以外は・・・)

で、牛乳エピソードは、2年生くらいのとき牛乳を飲んでいる友だちがいれば、
みんなで笑わすというのがはやり、笑わせていたら、
前の男の子に思い切り、牛乳を顔に吹きかけられたことがあります。
そして、自分が笑わされたときは、気を使ってしまい・・・
自分の方に噴出して・・・どちらの場合も・・・
午後からの授業も・・・ほのかに牛乳のくさいにおいを感じながら
授業を受けたのを覚えています。

そういえば、転校生の女の子に、カレーをご飯にかけて食べるのは無理だけれど、
牛乳は大丈夫と・・・言ってご飯にかける子がいて・・・びっくりしたこともありますね。

給食の牛乳がトラウマで、あまり牛乳を好んで飲まないようになった私ですが、
今は、1リットルを1人で2日くらいで飲みきり、
牛乳好きは35歳を超えてから復活しています。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-31 22:55 | 意見

寺子屋の日々 Days in Terakoya (てらこや新聞67号 亀井先生のコーナーより)

~この国が目指すものvs 私が目指すこと~

私の友人も、生徒たちの多くもよく知っている話かもしれないけれど、私には高校時代、本当に嫌いな先生がいた。その先生の授業になると、気分が悪くなり、彼女の授業がある日は、欠席することも多く、登校していても授業の前や途中で保健室に行くほど嫌いだった。「あと3回授業を休んだら、単位はやれない」と12月に宣告を受けたこともある。

そして、なんとその先生の担当科目は「英語」だった。

私は、ずっと「英語」が好きだった。そして、言うまでもなく「英語」が得意だった。けれど、どうしても、この先生だけは好きになれなかった。その先生に面と向かって「私はあなたの英語の実力を認めている。けれど、あなたの努力の仕方が気に入らない。だから、最高の成績はやれない」と言われたとき、私の返事は「私には、私のやり方がある。それを変えなければならないなら、学年1番の成績はいらない。3番目(そのとき1番が2人いたので、私は3番目の成績に甘んじていた)で十分」だった。今、考えれば、彼女の存在が私の実力の基礎にあるのは疑いのない事実なのだけれど、私には、私なりに彼女を好きになれない理由があり、今もう一度、彼女に同じことを言われても、おそらく私は、同じ返事をするだろうと思う。そして、当時、私の目標には、彼女の母校以上のレベルの大学に入学すること…そして、彼女を見返してやることが含まれるようになった。

そんな意地っ張りの私は、このところ毎日のように、生徒たちの言動に首を傾げる。

生徒たちは、いろいろと私たちに反論をするのに、その言動に意地やプライドが感じられないのだ。また、成績が良いことや、真面目に物事に取り組むこと、そして、必死になることが、まるでかっこ悪いことであるかのように振舞い、みんなと同じであることがいかにも正しいかのように行動することが、許せないと思うことがある。

そして、不安になる。この国は、どこへ向かおうとしているのだろうかと。

私は、おそらく、良いことばかりではなく、恥ずかしいことも、悪いことも人並みにして、40歳を迎えようとしている。そんなに立派な人生を歩んできてはいないかもしれないけれど、少なくとも自分の人生に満足している。そして、思う…。今を精一杯生き、満足している人々のほとんどが、自分がとる行動には、責任が伴うことと、その責任を楽しむ術を知っている人々だと。だから、そんな人々は、自由に見えるのだと。

一方、自由だというのは、しがらみがないとか、好き勝手できるという意味ではない。責任があるから、自由なのである。そして、意地とプライドがあるから、輝けるのだ。

今、子どもたちと話をしていると、苦しくなる。議論になっていかないし、彼らの話は袋小路に向かっていく…出口が見えない。彼らに覚悟がないから、自由がない。質問は「どうしたらいいと思う?」なのに、「○○すれば?」というと、「それは嫌」「あれは無理」「これは無駄」…自分がどうしても成し遂げたいことがあれば、嫌も無理も無駄もないはずだから、この時点で私は、かなり苛立ってくる。

そして、先日、高校生たちの模試の点数が悪かったという話に、口を挟み、今の若者は何をしたいのかと…自分がとても年をとったように感じた。600点満点のテストで、いかに自分の点数が悪いかを、はっきり点数は言わないものの、自慢しあっているようにしか見えない彼らだったが、基準が300点…つまり5割だったので、「考え方がおかしい」と口を挟んだのだ。自分が実力をつけたいなら、テストは、どんなに難しいものでも、満点を目指して受けるもの…全力を尽くすもの。そうでなければ、自分の本当の実力はわからない。なのに、最初から、同じ学年の人々が受けるという基準で作られているテストが「難しいから」と言い訳をし、むしろ高得点をとるほうがおかしいと言わんばかり…。それが、松阪でも上位の進学校の生徒たち・・・とくれば、私たちも教え甲斐ってものがなくなる…。そんなこともお構いなしに、まるで自分たちが物事を一番知っているかのように語る生徒たちに、辟易した。

彼らは何を目指しているのだろうか。

と…一方で、失敗を許されないと思い込む環境にいつも置かれている彼らに同情する。

自分の点数が悪いことの言い訳をいっぱい持っている今の子どもたちだが、他人には厳しい。しかし…自分には甘い。それは、失敗が許されない環境に子どもたちが置かれているからだと思う。言い訳をして、自分の失敗を小さくしようと試みる…そして、自分はまだましだと思い込むために、他人を下に置く。私は、この姿勢に、現代の日本社会の甘えの 構造が見えるようでならない。

少なくともその甘えの構造は、私の目指すものとは違っていて、この国が目指すべきものでもないと私には思えてならない。

一方、この高校生たちと話をした後、私の思いを普段よく理解しようと努めてくれている1人の生徒が、私の憤りを察したのか、授業後「先生、僕はちゃんと上を見て頑張りますから」と声をかけ、 しばらく談笑してから帰っていた。そうだ、こういう心を持つ若者を、寺子屋で一人でも多く育てることが私の目指すものの1つである。毎日でも、気がつけば、ぶつぶつお小言を言う私だけれど、彼のような生徒の優しい心遣いにいつも救われていて、そんな心に感謝の念を抱き、それを忘れることができないから、やはり目指すものを追い続ける努力はやめられないと思う。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-31 22:27 | 寺子屋の日々

On the Sideline (てらこや新聞67号 亀井先生のコーナーより)

You don't KNOW you can't do something until you stop trying. Until then it's still a possibility.
(on facebook of one of my friends in Texas… on 25th of September、2010)

私が高校留学中のクラスメートの1人のフェイスブックに書かれた言葉です。留学中は、単なるクラスメートで、外見が高校生の私が夢見たアメリカ人男性だったこともあり、憧れの人だったので・・・必要以上に話したことのない人ですが、8月号の「寺子屋の日々」に書いたように、ほかのクラスメートから最近メールがあり、あちらでは 同窓会もあり(もちろん私は出席できませんでしたが)、10人という小さなクラスの中の8人の再交流がこのところ盛んに行われています。そして、彼が外見だけではなく、すてきな人であったことを時々更新される彼のfacebookを見ながら、感じています(あ、すでに美人の奥様と1男1女のすてきな家庭を持っておられますので、ご期待されぬよう・・・なんて(^.^))。

さて、日本語訳をしてみると・・・
「自分が挑戦をやめるまで、なにかをすることが無理だとはいえない。そのときまでは、実現可能である」となるのでしょうか。

今、子どもたちを教えていて、大変困るのが、「無理」「無駄」という言葉です。それにつづき、「ない」「ない」「わからん」という発言の軽さです。

自分が挑戦をやめない限り、努力は「無駄」でも「無理」でもないのです。子どもたちには、ぜひ、可能性を信じて、挑戦を続けてほしいと思います。

子どもたちが自然にその可能性を信じられる社会にするための努力を私たち大人が怠ってはいけないと、自戒するメッセージでもありますね。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-30 21:56 | Sideline

まえがき (てらこや新聞67号 竹川のコーナーより)

~大切なことは食卓から学んだ~

私の実家では、今も母が卓袱台で食事をとっています。私が小学生の頃、ダイニングチェアに座って食事をとるというスタイルをいっとき取り入れたこともありますが、そのスタイルは1年も続かなかったように記憶しています。

食卓の中心にはいつも亡き父がいた…私の記憶の中では、いつも朗らかに笑っている父の姿がそこにあります。食卓は私が小学生の時には勉強机にもなり、中学生になってからは、家族揃って食事をとれなくても、そこにはいつも会話がありました。そして大切なことは、食卓を囲んだ家族とのやり取りの中から学んだと思っています。

今年の夏、私にはとても驚きだった光景がありました。それは、子供たちの食べ物に対する反応と発言、行動でした。

母は父の嫌いな(苦手な)食材を使わずに料理を作っていました。もちろんハンバーグやカレーなど子供が好きな料理が食卓に並ぶこともあったけれど、基本的には「父が食べられるもの」を中心としたメニューで、子供心には見た目があまりパッとしない煮物なども数多く食卓を彩っていました。

父は決して厳しい人ではなかったけれど、米粒をお茶碗に残すのは、お米を作ってくれる農家の人たちに申し訳ない、野菜を残すのも、その野菜を汗水たらして作ってくれる人に失礼、嫌いだと言って食べ残すのは、強いては料理を作ってくれた母にも失礼だ…と言い、綺麗に料理を平らげるという姿を常に実践していました(きっと、父にとっては母の料理は、いつも美味しく、自然とそうなっていたのでしょうけれど…)。

だから、「この野菜、嫌い」だとか「これ、まずい」などとは決して言えるような食卓ではなかったと思うのです。両親はそのようなことを許容してはくれませんでした。

父が嫌いだった食材は今の私にとっても食べず嫌いで好きかどうかは分からないけれど、それなりに何でも食べるし、子供の頃苦手だった食材の中でも、今となっては大好きになっているものも数多くあります。それはすべて、子供の頃家族と囲んだ食卓でのやり取りがあったからだと、今となっては自負できるほどです。

どうやったら焼き魚を綺麗に食べられるのかということから始まり、どうやったら蝶々結びは綺麗に結べるのかといったこと、果ては人生訓まで、私は父や母を通して、食卓から学んだのだと思っています。

だから、目の前の食事に対して、いちいち否定的なコメントを言い、「嫌い!」と公言できる子供たちの姿に、少なからず衝撃を受けました。けれど私は…大切なことは食卓から学んだのだと思っています。

季節は秋。実りの季節です。特に子供たちには、ひとつでも好き嫌いを克服できる秋になってくれることを願っています。

(K.T.)
by terakoya21 | 2010-10-29 15:33 | まえがき

あとがき (てらこや新聞66号 亀井先生のコーナーより)

8月末から私も、facebookなるものを始め、旧友との親交を暖めています。その過程で、先日、友人の訃報に接しました。しかも、彼は数年前に亡くなっていたというのです。

私にとって、彼はありのままの自分で付き合うことのできる、数少ないかけがえのない親友だったのです。そんな彼の訃報に、そして、それを数年間知らなかったという事実に、私はなんともいえない運命のいたずらと巡りあわせを感じ、その晩眠れぬ夜を過ごしました。翌日、久々に会う約束をしていた旧友との再会も、なんだか夢の中の出来事のように過ぎていき、夜にはボーと見ていたテレビドラマのなんでもないシーンに、声をあげて泣き出してしまいました。嗚咽、号泣・・・。もう一度、一分でいいから会いたかった。会って伝えたいことがあった。そんな想いとともに、彼との想い出が次々と頭を駆け巡り、今までの人生でこんなに泣いたことはないというほど涙が溢れ、声がでるのです。数分の出来事です。そして、不思議なことに、数分後、とても重かった体がすっと軽くなり、流れ出ていた涙が、ピタッと止まりました。それから私は、生き続ける勇気を再び取り戻したように思います。

大げさに聞こえるかもしれないけれど、彼のいない世界というものが、空虚で、果たして生きる価値があるのか、世の中いろいろと悪い人や、怠け者がいるのに、彼が29歳という若さで亡くなった、この世の中に神様がいるのかと思ってしまったのです。

でも、数分間泣きじゃくったあと、私は、彼の声を聞いた気がしました。「Don’t cry, Yoshie. I’ll always be with you in your heart. (泣かないで。僕の分まで生きて。)」そうだ、私は、世の中に彼のような素敵な若者がいたことを 伝えることのできる1人なのだ。私が生き続ける限り、彼は私の心の中で生き続ける。ただ、自分を慰めるためにそう思い込もうとしているだけかもしれない。けれど、確かに私の心と記憶の中に、彼と過ごした数年間が今も鮮明に残っている。それが、私の生きる糧となり、そして、彼の生きた証となると信じています。

さて、9月11日が今年もまた巡ってきました。私は、9年前のこの日に多くのものを失いました。ですが私は、毎年この日は自分の歩んできた道を振り返る大切な日だと思っています。多くの人の命を犠牲にし、世界のあり方を根底から覆すような出来事が9年前にあったのです。いろいろな感情、想いがこの日には湧き上がってきますが、ただ、忘れてはいけない、そして子どもたちに伝えたいことは毎年同じです。争いごとの犠牲者は、亡くなった人だけではないということ。そして、憎しみの連鎖は、戦うことでは決して癒えることはないということ。それでも人間は、弱いから戦おうとすること。

憎しみを覚えたら、すっと胸に手を当てて自分の愛する人を思い出してみてほしい。自分の弱さを受け入れてみてほしい。そして、自分の幸せや欲望だけではなく、少しだけ周囲の人々の幸せを考えてみてほしい。相手も同じ人間であることを忘れないでほしい。

人は、いろいろな人と関わる中で、いろいろな人の心の中でも生きるのです。その心に宿す感情が、「憎しみ」なのか「慈しみ」なのかで人は鬼にも天使にもなるのです。

日本の教育に、理想はあっても理念がないと思うことの多い今日この頃です。それに「戦争」というものが大きく影響しているように思います。「戦争はいけない」、「差別はいけない」と理想だけを掲げ、実際に身近に起こる争いや、今なお多くの国で行われている戦争、そして今なお残る社会の差別にあまり考えや説明が及ばない戦争教育、人権教育に、わが国が自ら始めた戦争の敗戦というものが大きく影響しているように思うのです。原爆ばかりを採り上げて、ほとんど真珠湾攻撃を語らない戦争教育は、9/11の事件からイラク戦争にまで突っ走ったアメリカと 同じく危うい国に日本をしている気がしてなりません。

子どもたちには、いろいろな観点から物事を見、世の中の出来事は必ずしも「善・悪」、「白・黒」、「表・裏」に分けられるものではないことを知ってほしいと願います。そして、彼らは皆、誰かの大切な人であり、自分も誰かを大切に思っているということを忘れないでほしいと思います。心に鬼を宿す子どもたちより、天使の心を持つ子どもたちが1人でも多くなってくれることを願いながら、彼らにさまざまなことを伝える努力を続けたいと思いを新たにする夏の終わりとなりました。

さて、いつものように最後になりましたが、連載の皆さん、今月も素敵な原稿をありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

暑い日が続き、季節の感覚が鈍ってきていますが、気がつけば今年も残すところあと3ヶ月半となっています。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-28 18:41 | あとがき

I LOVE BOOKS (てらこや新聞66号 竹川のコーナーより)

BOOK29: 角田光代(小説) 松尾たいこ(絵)
「Presents」


カラフルな可愛らしい花の絵の表紙と、「人生は、幸せなプレゼントであふれている」という帯の言葉に一目惚れした一冊で、女性が一生の中で出会う人から貰う様々なプレゼントを視点にした短編集です。

生れて初めて貰う贈り物の「名前」、小学校入学祝いの「ランドセル」、放課後の「初キス」、大人になって恋をして貰った「合い鍵」、結婚式の「ヴェール」、浮気がばれた夫からの贈り物である温泉旅行の「記憶」、晴れの日を迎えた子供からの両親へのプレゼント-子供が生まれた時と同じ重さの「ぬいぐるみ」、そして人生の最期に貰う「」。

きっと女性なら、いくつかの場面を経験したことがある人もいるはず…そんな設定でのプレゼントシーンを描いていて、それぞれの設定シーンにすんなり感情移入でき、一気に読んでしまいました。何だか切なくて、けれどほんのり心温まる…そんなお話が詰まっている一冊です。

あとがきで角田さんが書いています。

「人はだれでも、贈るより、贈られるほうがつねに多いんじゃないかなと思います。品物は、いつかなくしてしまっても、贈られた記憶、その人と持った関係性は、けっして失うことがない。私たちは膨大なプレゼントを受け取りながら成長し、老いていくんだと思います。」

貰うプレゼントそのものも嬉しいけれど、そのプレゼントを贈ってくれた相手とのつながりを思って、より温かで幸せな気持ちがくっついてくるような気がします。そういう気持ちの積み重ねを「幸せ」だと感じられることが、人生を豊かにしてくれるのかもしれません。

女性におススメの一冊です。

(K.T.)
by terakoya21 | 2010-10-27 18:45 | I Love Books

努力は報われる?

「努力は報われる」という教育が日本をダメにする

経済コラム - エキサイトニュース

タイトルに思わず「確かに・・・」とは思ったものの

私は、報われるかどうかということより、
日本人の多くが、自分は努力していると
思い込んでいて、それが日本をダメにしているのではないかと思います。

して当たり前のことをするのに、「努力している」と主張する必要はありません。

努力とは、「目的のために力を尽くすこと」です。

ということは、報われないなら努力の仕方が悪いということではないかと私は思うのです。

自己満足で「努力」「努力」という人が多いから、心まで病んでしまうのだと思います。

人生、力を尽くしてもどうにもならないことがあります。
でもそれは、どうしょうもならないことを目標にしてしまった地点で、
努力のしようがないのではないかと。

私は、努力って言葉が幼い頃から嫌いです。

簡単に物事をやり遂げているように見える人は
「努力」することが当たり前であることを知っている人で

自分は努力していると主張しなければならない人は、
本当の意味で努力しているのか、疑問だと私は思います。

努力が報われないと心を病む人が多いのは、
日本人があまりに欲張りになっているからのように…
私には思えます。

報われる努力をする・・・という考え方も大切ではないかと思います。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-26 14:32 | 意見

少しの間だけ・・・

Happy Halloweeeeeen!!!

31日まで・・・ということでスキンを変えてみました。

でも・・・ちょっと明るい目のハロウィンです。

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-26 12:36 | 日記

Let's study together!

小学生英語、算数、国語講座 新開講のお知らせ

小学3~5年生対象の英語クラス及び3,4年生対象の算数・国語クラスについてのお知らせは
↓をクリックして下さい。

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また・・・途中入学可能クラスについてのお知らせはカテゴリの

寺子屋かめい まで

(Y.K)
by terakoya21 | 2010-10-26 12:28 | その他の記事

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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