2018年 07月 31日 ( 1 )

てらこや日誌

July 31, 2018

168.pngThe one thing that doesn't abide by majority rule is a person's conscience.

人の良心は多数決のルールに従わない。168.png


アメリカの小説家ハーパー・リーの言葉だそうです。

私の父は、戦前生まれで
「戦中派」と言われる世代にひかかるような世代の人で
私は5人兄弟の一番下なので 私の年齢では かなり・・・年齢が上の
同級生の父親たちの親でもおかしくない年代の父でした。

なので・・・結構、いや、かなり言葉にはうるさく

親に「うそ?」なんて聞き返そうものなら

「お前の親はうそつきか?」と逆に聞き返され 

「やばい」は「警察に捕まりそうになった不良少年やチンピラが使う言葉」だと
父の前で使うと一通りの説教がありました 笑

それでも 幼い頃からそんな父が好きだった私ですが
50歳を視野の中に入れ始めて 今 
改めて そんなうるさい親に育てられたことに感謝しています。

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そして、寺子屋でも「やばい」は禁句 ー

その理由の1つは、「やばい」を使わずに表現することで言葉を増やしてほしいからですが

他にも 友だちと使う言葉と大人に対するとき 教室で使う言葉を代えることで
相手に合わせる 状況を判断するなど これから社会で生きていく子どもたちの可能性を広げてほしいから
寺子屋は「英語教室」だから それが出来ていない生徒に「英語」は無用の長物だから・・・

など、いろいろな理由があります。

これは、寺子屋創設当時からの決まりで
19年目の今年 年々、私たちは日常においても「やばい」を使う必要性を感じなくなっています。

が、一方で、学校の先生や 保護者の皆さんの口から

「やばい」という言葉が出てくる頻度は 確実に年々増えています。

そして・・・先日聞いた、面談で担任の先生から出たという

「このままではやばい」という言葉に 

私は 憤り そのときは冷静を保って お母さまとお話をしましたが

週末をかけて・・・その憤りは消えず、心の中でくすぶったままとなってしまいました。

そんな中、今日、このブログを更新しています。

子どもたちの未来を語るには 軽く そして 下品な言葉です。
また 他人任せ、運任せの 無責任な どうしていいのか わからない言葉です。

もともと 追い詰められている状況から逃げようとするときに発せられていた
「やばい」という言葉
かろうじて逃げ延びられるかもしれないけれど 決して希望の感じられる言葉ではありません。

それは、決して「先生」という立場の人が「生徒」を評価するために使う言葉ではないはずです。

みんな使っているから
みんなしているから

みんなが言っている
みんなが思っているー

このみんなは一般的に 存在しない 架空の「みんな」です。

かりに、その「みんな」が存在していても

それは正しさや優しさを証明する根拠にはなりません。
ときに無神経さや間違っていることを証明してしまうことはありますが・・・。

そして 私は

そんなことを言うのが私一人であっても
そんなことを考えるのが私一人であっても

おかしいと思うことを「おかしい」と言える人でありたいー

それが 誰か1人でも 私の愛する誰かを守ることになるのであれば・・・
なおさらです。

子どもたちの将来を 作る基礎をつくるのは 周囲の大人の責任であり
子どもたちの責任ではありません。

子どもたちはー子どもの間、少なくとも社会に守られる義務教育を受けている間ーは、
自分の基礎をつくるのに一生懸命であればいい
そして、そうさせられる社会であってほしいと願います。

私の良心も 「多数決のルール」に従わないー

そう改めて 確認する 寺子屋の週初めです。

さぁ、火曜日

今週も気を引き締めて臨みます。

どうぞよろしくお願いいたします。

(Y.K)




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by terakoya21 | 2018-07-31 08:30 | 日記

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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