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Bonjour! (てらこや新聞37号 谷先生のコーナーより)

「きく」ということ


日本語の「きく」は、状況によって異なった意味を表す。

国語の授業とは別問題として扱うなら、学生の頃の「(人の話などを)聞くこと」と「(人の言いつけなどを)聞くこと」の区別は今よりずっと曖昧だった。私には、人の話を聞いているうちに頭の中がパンク状態に陥り、話し手によって上書きされているような感覚があった。また聞いたばかりの意見に感化され、ろくに反すうもせずに受け入れることも少なくなかった。そのくせ、長いものにも巻かれない意見や痛いところを突く話にはどこかでブレーキをかけ、素直に耳を傾けることができなかった。

大学一年で必修科目だった基礎ゼミの担当教授は、日本で出会う学生のほとんどが自分の考えをまとめ、発表し、意見交換し合う術を身につけていないと嘆いていた。彼女は、私たちの授業を自分の出身国(カナダ)なら小中学生レベルの内容だと言い放ち、多くの学生に恐れられていた。私は「今まで教わらなかったから、仕方がないじゃないか」と思う一方で、入学早々に図星を指され、ばつが悪い思いをしたのをよく覚えている。

「論理的に述べたり、堂々と発言したりできるようになること」は、私が幼い頃から持ち続けている大きな(克服)課題だ。学校では、すでにその術を知る同い年の姿を見るたびに気後れしていたが、当時の私に一番欠けていたのは経験や自信ではなく、「自分の意見を持つこと」だったように思う。人と交換し合えるほど明確な意見があるのか。自分の考えを持てるほど物事を深く 考えているのか。そして、自分の発言や意見に責任を持っているのか。……このように問われ れば、きっと私はますます小さくなって口を閉ざしていたに違いない。相反する意見にきちんと聞く耳を持てなかったのは、私の手元には異見にすぐかき消されてしまうほど曖昧で形の定まらない思いしかなかったからだろう。

さて、自称「親や先生の言うことを聞くタイプ」の私だが、最近は「学生に言うことを聞かせるタイプ」に変わりつつある気がしている。
by terakoya21 | 2008-05-02 16:35 | Bonjour

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