寺子屋の日々 (てらこや新聞159-163号 秋・冬号 亀井のコーナーより)

~ A Woman is like a Tea Bag… ~

~ 女性はティーバックのようなもの ~

“A woman is like a tea bag; you never know how strong it is until it’s inhot water.” 女性はティーバックのようなもの。熱湯につけるまで、それがどんなに濃い(強い)かわからない。―エレノア・ルーズベルトの言葉だ。

何度も書いているけれど、私は、フェミニストではない。そして、専業主婦が私の見果てぬ夢である。笑

私は、家でクッキーを焼きながら夫の帰りを待つ妻になりたかった。

一方で、私のイメージする専業主婦は、専業じゃないーという話もある。私の専業主婦のイメージは、自分の母だからだ。私の父は個人事業主で母は専従者と呼ばれる、その仕事を支える人でもあったから、現実には主婦を専業としているわけではなかった。

けれど、母は、いつも私たちが学校から帰ると家にいる人で、私の子どもの頃のおやつは母の手作りかもらいものーそれがなければ、おやつなどなかったし、母は、子ども5人だけではなく、下宿人も居候もいた大家族を切り盛りする主婦であった。

だから、私は今でも自分のおやつは、ちゃっちゃと自分で作ることがよくある。見よう見まねで料理もお菓子作りも当たり前に覚えていた。母は、忙しさにかまけて、私たちに生きる術を教えることを怠ることはなかった。

私は小学3年生には津まで習い事に一人で通い、高校生のときには自分でお弁当を作り、試験中だからとか受験生だからということでほかのことを免除されることなどなかった。

我が家では学生である間、「勉強すること」は当たり前であり、それをしたからと言って、褒められることもなければ、何かをしなくていい免罪符になることもなかった。

そして、父は、母の「妻」として、「母」として、そして「社会人」としての貢献を素直に認めて、感謝を言葉に、そして態度に表すことを怠らない人だった。

「ぼくの仕事は日曜日にお休みがあるけれど、お母さんの仕事にはお休みがない。」だから、皆が助けることを忘れてはいけないと、事あるごとに私たちの前で口にし、日曜日には外食に連れて行ったり、子どもたちでも準備ができる料理をリクエストしたり、朝、幼稚園に私を送っていってくれたり、長い休みにはたまった仕事をもっていきながらも、必ず私たちを旅行に連れていく…自分の下着がどこにあるかも、リモコンが現れる前には、テレビのチャンネルさえ母に変えてもらっていた昭和一桁生まれの父だったけれど、今考えれば「イクメン」の走りだったのかもしれないと思う。

だから、私は、「主婦」も立派な社会貢献であり、仕事だと思っている。そして、その立派な仕事するチャンスを得ることができなかった自分だからこそ、ほかの形で社会に貢献しなければならないと思って、日々努力を続けている。

だから、私は、女性だからできることをしたい。そういう意味では男女同権を目指す人なのかもしれない。だけれど、私は、自分の大切な人たちがきちんと自分たちの働きを認め、かけがえのない人だと思ってくれたらそれでいいと思っている。また、それが許される環境にいられることに感謝できる人でありたい。

そして、ときどき、キャリアを積むことしか選択肢を考えられない現代の女の子たちに、「亀井先生みたいになりたい」と言われることに違和感を抱く私は、何度も言うけれど、今でも専業主婦になりたいと思っているのである。 Y.K



by terakoya21 | 2019-01-02 08:30 | 新聞最新号

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