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宇治だより(てらこや新聞159-163号 秋・冬号 下西さんのコーナーより)

宇治だより④
「宇治茶の郷巡り」の巻

宇治の5月は、御茶摘みや新茶製造・販売で大忙しです。忙しいのは、もっと早くからで、4月頃から御茶摘みさん募集の求人広告が出回ります。茶葉の摘み取りは、多くが機械になっていますが、宇治ではまだまだ手摘みの高級茶が生産されています。

4月初めころから、茶畑の多くは、黒いシートに覆われます。宇治の風物詩というべきもので、新芽が出るころを見計らって、日差しを避けるためのこの覆い(主に寒冷紗)がなされます。かつては宇治だけに許された「覆下茶園」で、「かぶせ茶」といわれるゆえんです。たまに「本ず」といって、ヨシズとワラを使った昔ながらの「覆下茶園」を見かけることもあります。ここは、最高級のお茶を生産中。

夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る……♫今年の八十八夜は、5月2日でした。毎年八十八夜に当たる日、宇治市では「八十八夜茶摘みの集い」が行われます。

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府立茶業センター(宇治市白川中ノ薗)にて、茶畑で茶摘みを体験しました。覆下の茶畑の畝に分け入って、新芽の3~5枚を指で摘まみ折ります。新芽(一芯ニ葉)の付け根には「霜かぶり」と呼ぶ小さな葉があり、その葉を目安に、その上を親指と人差し指で折りとるわけです。茶摘みは、初心者でもできる容易な作業ですが、仕事として終日続けるのは、容易ではないでしょう。

この日体験できたのは、「やぶきた」という品種でした。両手一杯ほどの茶葉は、その日の夕食で天ぷらになりました。

摘んだばかりの新芽はすぐに蒸され、蒸した茶葉の手もみ体験もできました。蒸された茶葉は、下から炭火で適度にあぶり、乾燥させながら茶葉に縒りを付ける青製煎茶法で、大層な手間であることを知りました。ちなみに、蒸す時間が長いと深蒸し茶になるわけで、宇治茶は短時間でむしあげて、香りと色を楽しむことができるとのこと。

府立茶業センターは、茶園の外に製茶機械もあり、機械での製茶工程も見学できました。煎茶の新茶もいただき、また碾茶用の茶葉を使った水出し緑茶も頂きました。

宇治茶会館(宇治市折居台)では、碾茶を石臼でひく体験もできました。碾茶の姿を初めて見ました。煎茶と違って、板ノリをほぐしたような形状。

一口にお茶を飲む、と言っても人それぞれの光景が浮かびます。ズパッ!とペットボトルのキャップをひねって、コップに注ぐお茶。急須に適温のお湯を注ぎ入れ、茶葉を蒸らしてから注ぐお茶(煎茶)。茶碗に抹茶を少々入れ、お湯を入れて茶筅でシャカシャカ泡立て飲むお茶(薄茶)。抹茶茶碗に抹茶をたっぷり入れ、少々のお湯を入れ茶筅でゆっくりと練ったものをすするお茶(濃茶)。


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宇治では、それぞれの好みのお茶にまつわる場所があり、絶景があります。

室町時代から江戸時代の「宇治茶」は、碾茶であり、御茶壷道中で運ばれる権威の象徴的な、贅沢品でした。「御茶師」と呼ばれる人々がコーディネーターとして、将軍家や諸大名の用命を引き受け、「茶壺」を仕上げていきました。茶壺には、 最高級の何種類かの碾茶(濃茶用)が小さな袋に入れられ、その小袋を守るかのように詰められる碾茶が、薄茶になりました。宇治橋通にある「宇治・上林記念館」では、御茶師の家に伝わる茶壺や茶器・文書などが展示してありました。先ずは 茶壺の立派なことに驚き、宇治の茶師の権威に頷かざるを得ません。

黄檗宗(おうばくしゅう)(まん)(ぷく)寺門前(じもんぜん)には、「(こまの)(あし)(かげ)(えん)(あと)()」があります。  碑には、「(とがの)()尾上(おのえ)の茶の木分け植えて あとぞ生うべし駒の(あし)(かげ)」とあります。栂尾のお茶の木を宇治にもたらした明恵上人は、宇治の村人に、馬が歩む足跡に沿ってその間隔に茶の種を植えればよいと教えた、とのこと。

萬福寺(宇治市五ヶ庄)は煎茶のゆかりの寺です。江戸初期に開山の隠元が煎茶道の開祖といわれ、江戸中期には煎茶を広めた「売茶翁(月海)」ゆかりの寺でもあります。売茶翁は禅僧がお布施のみで生きていることを潔しとせず、茶道具を担いで市中に出て、お茶(煎茶)を振舞い、喜捨にこたえたとのこと。手軽に飲める煎茶が一気に普及したと言われています。萬福寺は、中国風の外観が特徴ですが、総門の扁額には「第一義」の文字が掲げられていました。

江戸時代中期からは、煎茶が普及し始め、抹茶より 手軽な煎茶が「宇治茶」ブランドに加わります。永谷宗円が普及させたという「青製煎茶法」、つまりお茶の色が「茶色」ではなく「黄緑っぽい色」になる煎茶の作り方が普及します。永谷宗円は現在の永谷園のご先祖様だそうです。永谷宗円の生家は再建されました(宇治田原町湯屋谷)。また。宇治の煎茶を江戸で大いに売ったのが山本嘉兵衛、山本山(株)のご先祖様です。

明治時代に、外国との貿易で外貨を獲得するために貢献したものの一つが、お茶でした。お茶は加工方法で、日本茶にも紅茶にも中国茶にもなりますから。

木津川市山城町上狛に600m程の道沿い一帯に「上狛(かみこま)茶問屋ストリート」があり、最盛期には120軒の 茶問屋があったとか。今でも40軒ほどの茶問屋があります。

山城一帯のお茶は、交通の要衝である上狛に集められ、加工精製され、木津川の水運を利用して、神戸港に送り出されました。そして、神戸港から世界各地へ。

問屋ストリートとして街並みが整備されていますが、その中心のひときわ大きな看板が、あの「福寿園」でした。いつの間にかペットボトルが幅を利かす時代になって、「福寿園」の「伊右衛門」は、見事に時機を得た 商品です。

ペット茶と言えば、京都府茶協同組合が販売している碾茶入り「宇治茶」というペット茶があり、府内の観光地には自販機もあります。500ml入り160円とちょっと高めですが、正真正銘の宇治茶。ラベルには「源氏絵」が転写されています。

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宇治茶の郷・宇治田原町や和束町では、山なりの茶畑が見られます。山肌一面の見事な茶の木の畝は、絶景です。

一方、珍しく河原にも茶園があります。八幡市(こう)津屋(づや)には、木津川の河川敷に「浜茶」と銘打った茶園があります。そして、この辺りに上津屋橋、別名「流れ橋」が架かっております(全長356.5m・幅3.3m)。

流れ橋とは、川の増水時に橋板が外れる構造になっています。欄干がなく、木製の橋桁に橋板が乗っかっているシンプルな橋で、人と二輪車くらいが通れる橋です。昨年9月にも、台風21号の大水で、見事?橋板が流され、6月にやっと復旧しました。ちなみに、橋板は頑丈なワイヤーで橋桁と繋がれており、外れても遠くに流れないようになっています。

この流れ橋は、時代劇のロケ地としては有名な場所で、最近の映画「超高速参勤交代」でも、佐々木蔵之介さん(殿様役)が渡っていました。


先日、NHKの番組「ブラタモリ」でも宇治と宇治茶が取り上げられました。冒頭に茶店「(つう)(えん)」が登場。広辞苑の「通円茶屋」の項にも、「茶人通円が宇治橋東詰で茶を売っていた店」とある老舗です。宇治橋東詰に店を構え、代々「橋守」を自認しているこの家の歴史をたどれば、源頼政の家来として橋合戦に参戦したとのこと、恐るべし、京都…。


by terakoya21 | 2018-12-02 08:30 | 上越だより

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