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あとがき (てらこや新聞136号 より)

*「てらこや新聞」136号は、2016年7月15日に発行されています。

「てらこや新聞」136号の発行です。発送が遅れがちなために特に連載の方々にはご迷惑をおかけしていますが、今月もご協力をありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

先日、英語の教科書に「かわいそうなぞう」の英訳が出ていて、それを訳しながら、「泣けるわ」と言う中学3年生と少し話をしました。

「かわいそうなぞう」は、私たちの時代には小学校の国語の教科書に出ていて、中学3年生がこの話を初めて読むことに時代の移り変わりを感じながら・・・生徒の

「先生は、国語の教科書でこれを読んだとき、どう思った?泣けたやろ?」

という質問に、今も当時もひねくれ者である私は、面食らいました。「かわいそっ」くらいには思ったものの、「泣く」ほど感動した覚えはないのです。それを正直に伝えると、彼女は、「え、先生、冷たい!」との反応だったので・・・少し「国語」や「英語」、「社会」などの授業の在り方への私の幼いころからの反発と、大人になって私たちが感じることについて、私の思い出を交えて話をしてみました。

今、英語の教科書が年々面白くなくなっています。それが、おそらく、生徒たちの英語力低下にも影響を与えていると思うのですが・・・その面白くなくなっている原因の1つが国語の教科書と同様「道徳」の教科書のようになっていて、それに疑問を持たない大人たちが教えているからだと思うのです。そして、私が、ずっと国語の授業に感じていた違和感が英語を教えながらよみがえるのです。

もう1つの原因としては、英語の教科書で、取り上げる必要を感じない話題が増えているのもありますが・・・。「ハヤブサ」や「イチロー」、「福沢諭吉」や「若田光一」・・・日本語でしっかり読んでほしいという内容が増えている上に、これらのお話しの締めは、『決してあきらめるな』だとか『自分たちは宇宙船地球号の1員だ』とか・・・子どもたちが文章を読んで自分たちで読みとるべきことまで訳すべき英文になって入っているのです。

「かわいそうなぞう」を読んで、小学生だったときには、おそらく「人間の都合で殺される『ぞう』がかわいそう」であることに心を奪われ、でも、今もう一度読んでみると「大切にしてきた象を殺すように命じられ実行する飼育員の心の痛み」に思いをはせる―

人はそれぞれ、その立場、経験、その時の事情により、感じるものをかえていき、「先生」や「教科書の編者」、そして、「著者」の意図を読み取ることの意味が、私には幼いころから理解できず、とても冷めた子どもでした。「かわいそう」って言えばいいんでしょ?くらいの気持ちで、国語の教科書を読み、テストになるとその反発をときどき解答に出して、先生に呼び出されたり、注意されたりする・・・。さすがに、大学受験のときにはその反発はしばし抑えて、受験に臨み、とりあえずそれなりの成績を修め、志望校に合格していますが・・・このところ、その授業や教科書の在り方、そしてそれに疑問を持たずにきた大人たちの言動が、子どもたちの生活を息苦しくしているように感じることが増えてきました。

そこで、ときどき、時間を見つけて、子どもたちに話をします。

人と違う意見を持っても良いこと。
多数がしていること、同じものを好む人が多いことが「正しい」とは限らないこと。
みんなが好きなことが、苦手だったり、嫌いだったりしてもかまわないこと。
「みんな」と同じことをしなくても人生は切り拓けること。

「でもさ・・・」と思わず言いたくなるような考えを持っていることは大切であること。

「みんな」は、本当は「みんな」ではないこと。

英語は、外国語です。日本語とはかなり構造の違う言葉です。その構造の違いは、文化、思想の違いをも表します。その「外国語」を学ぶ環境には、「違い」を大切にすること、「相手」を尊重する心が必要です。

「正しさ」も世界各地で大きく違うのです。

そんなことが伝わっていればいいな・・・とできる限り時間を見つけて、いろいろな意見交換をしていきたいと考えています。

聞いてくれる子どもたちに感謝しながら・・・。

さぁ、夏休み―――余裕を作るお休みにしたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
(Y.K)
by terakoya21 | 2016-08-31 09:53 | あとがき

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