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上越だより (てらこや新聞134号 下西さんのコーナーより)

*てらこや新聞134号は2016年5月15日に発行されました。

「上越・妙高の旅」

松阪のみなさん、お変わりありませんか。

ここ上越では、観桜会で始まった春の盛り上がりは、いったん静まりましたが、桜に続いて、足元にはパンジー・菜の花・チューリップ、灌木の満天星つつじ・つつじ、頭を上げると八重の桜に交じって藤がみごろになってきました。戸外に出るのが楽しみな今日この頃です。

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4月12日・13日に、学生時代の友人4名が高田に遊びに来てくれました。かれこれ40年来の付き合いです。そこで地元に住む私がツアー・コンダクターになって、ミニ同窓会の計画を立案することになりました。

この時期は、高田公園のお花見、特に夜桜を見てもらいたいと考えました。また、温泉にも入りたいということで、赤倉温泉に宿を取りました。友人の一人が歴史通だったので、春日山、林泉寺もはずせません。「高田の雁木」を社会科の教科書で習った世代ですので、雁木も見てもらいたい。岩の原ワインも紹介したいし、前島密の記念館もいいな、と思いましたが、車の運転に自信がなかったので、なるべく公共交通機関を使っての旅にすることにしました。

4月12日、北陸新幹線上越妙高駅に、東京方面から、ナオミさんとトモコさんが12時35分に到着し、金沢方面から、マキコさんとシチコさんが12時58分に到着しました。さあ、上越の旅の始まりです。

上越妙高駅西口には、予約しておいた中型タクシーが待っておりました。ちょっと窮屈でしたが、タクシーに乗り込んで、約1時間の「上越妙高駅」から「春日山駅」までの「歴史に触れるコース」スタートです(但し、電車では10分ほどの距離)。

①スキー発祥の地である金谷山駐車場まで行き、「レルヒ少佐の像」にあいさつをし、上越市街や日本海を遠望。

②上杉謙信の居城があった春日山の登り口でもある春日山神社に参拝。この神社は児童文学の父・小川 未明のゆかりの地でもあります。「謙信の銅像」を写真に収める。

③林泉寺へ。総門・山門の向こうに本堂があり、宝物館がありますが、時間の都合で、門前で集合写真。

④春日山城史跡広場・春日山城ものがたり館。発掘された土塁や堀の一部を見て、山城の大きさを実感。

⑤春日山駅着。タクシーはここまで。1時間20分の利用だったのに、1時間料金にまけてくれました。
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⑥ここからえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン(略称 トキ鉄)に乗って、妙高高原駅へ。新幹線が開業するまでは信越線だった路線で、途中の「二本木駅」では、スイッチバックを体験。これもおすすめのポイント。

⑦妙高高原駅で下車。宿の送迎車に乗り換え、無事温泉宿に到着。5時からちょっと早めの夕食。高田の夜桜を見に行くためのバスが6時過ぎにでます。赤倉温泉の宿泊客を集め、ライトアップした高田公園に向かう。約1時間の夜桜を楽しんだ後、再び赤倉へ。宿で温泉につかり、第1日目は終了。

2日目は、宿のある赤倉温泉から妙高高原駅に向かう途中、池の平「いもり池」にて、秀峰「妙高山」と対峙し、咲き始めた水芭蕉を見ました。妙高高原駅からトキ鉄に乗って、再び高田に。高田駅周辺の雁木通りや町屋を散策し、寺町界隈を案内し、高田駅にて、修学旅行?は解散になりました。眠っている時間以外は 喋り通しの2日間、厳密にいうと24時間ぽっきり。

私達が宿泊した赤倉温泉は、「硫酸塩泉」「炭酸水素塩泉」の混ざった湯で肌にやさしい「中性」の美人湯?でした。この赤倉は妙高市にあります。上越市の南隣で、市名の由来になった「妙高山」(2445m)の麓の地域です。妙高戸隠連山国立公園に指定されており、観光の面では、冬季のスキー、登山やトレッキング、関・燕・赤倉・池の平などの温泉、ゴルフやリゾートとして、四季を通じて親しまれています。

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赤倉温泉は、江戸時代文化13(1816)年に開湯した温泉で、高田藩営の温泉でした。したがって今年は、開湯200年にあたります。

この一帯は高田藩領でしたが、源泉である地獄谷は「宝蔵院」という幕府にゆかりのある寺院の領地でした。源泉の地権者と、温泉を引きたい地元民との要望の折り合いをつけることが難しかったようです。時間をかけた交渉の末、時機を得て、藩と民の資金で、藩が温泉を引く工事に着手しました。高田藩(藩主 榊原政令)でも、新田開発と殖産興業の目論見があったわけです。

温泉場にする土地を決め、源泉から太い竹をつないで湯を引き(全長約5㎞)、共同浴場を作りました。次の年には、殿様用の御殿をはじめ、温泉宿11軒に商店4軒や農家4軒もでき、原野に新しい街ができたことをうかがわせます。(『赤倉温泉沿革史』渡辺慶一著による)

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赤倉温泉にゆかりのある文化人の一人に、明治の美術界の巨匠・岡倉天心(1862~1913)がいます。天心は、明治39(1906)年避暑の目的で赤倉に訪れ、6000坪もの土地を購入し、明治40年に別荘を建て、避暑に毎年訪れておりました。大正2年8月、東京から病気の転地療養のため赤倉の山荘に訪れましたが回復に至らず、9月2日に赤倉で51年の生涯を終えました。

天心が娘にあてた手紙には、赤倉をほめて次のように伝えています。

家の背には妙高山、神名山、黒姫山、伊須那山」の山々が緑の屏風のように巡っていて(「高岳翠屏に廻し」)、「遠くは佐渡の島を見渡し、前には米山等の連山に臨」むことができます。「家には玉の如き温泉、瀑布の如く流れ出し、庭には山川流れており、天下の絶勝」です。

天心の山荘跡は、現在天心公園になっており、かわいい「六角堂」が建っております。法隆寺の夢殿を模したといわれています。

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4人の友人を案内することで、私も「旅人の目」で住んでいる街を見ることができ、新鮮な体験になりました。上越の人のおもてなしの心を知る機会にもなりました。

新緑の季節、みどりのしたたる高原にいらっしゃいませんか。とれたての海の幸山の幸を食べにいらっしゃいませんか。

隆子 拝
4月20日 
by terakoya21 | 2016-06-20 08:30 | 上越だより

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