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上越だより (てらこや新聞131号 下西さんのコーナーより)

*てらこや新聞131号は、2016年2月15日に発行されたものです。

「雁木のある風景」

拝啓 立春は過ぎましたが、遅れてやってきた冬?のため、まだ雪の日が続いております。でも、日あしに変化が見え始め、雪が降ってもあまり積らず消えてくれます。冬の我慢ももうすこしという時候になってまいりました。今年は、上越地域でも暖冬で、例年になく小雪でした(今のところ。最深60㎝)。楽な冬でしたが、日本海側の気候ゆえ、曇りや降雨の日が多いのは例年と変わりありません。天の気に逆らえませんから、「雪がこの程度でうれしいね。」が今年の冬のあいさつになりました。

たいへんご無沙汰いたしましたが、皆様お元気ですか。ちょっとお休みのつもりが、筆不精の本性ゆえ長い休暇になってしまいました。もはや「冬眠」の言い訳もできず、PCに向かっております。

今回は雪国のならではの話題を紹介しようと思います。

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2月6日、「あわゆき道中」というイベントが、上越市本町にある市所有の町屋「町屋交流館 高田小町」を中心に行われました。これは、「越後 高田あわゆき組」と「高田(たかだ)瞽女(ごぜ)の文化を保存・発信する会」(NPO法人)が共同で企画したものです。

「越後高田あわゆき組」主催の催し物は、当地の冬の防寒着である「角巻(かくまき)」(女性用)や「とんび」(男性用)を羽織って、雁木の下を歩こうという趣向です。

私は、桃色の「角巻」を借りることにしました(レンタル料500円)。ぼってりしたマント状で、襟の部分にボアがついていました。「あわゆき」と書いた幟(のぼり)のもと、15名ほどの御一行様は、雁(がん)木(ぎ)のある通りの「街歩き」をしました。折からの小雨が雪に変わるあいにくの天気でしたが、雁木の部分は濡れずに済みました。

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上越市のホームページでは、「雁木とは、家の前に出した庇(ひさし)の呼び名。雁木通りは、道路沿いの家々が 庇を延ばして冬の積雪時の通路を確保する雪国の暮らしの知恵です。江戸時代前期から整備され……」と紹介されています。庇の下は町屋の私有地ですが、だれも公道のように通ることができます。私有地なので多少段差もありますが…。

平成21(2009)年に行われた「高田市街地歴史的建造物現況調査」の結果では、総延長約16㎞を確認されています。この長さは全国一を誇ります。この調査をまとめた『町屋読本 ――高田の雁木町屋のはなし――』を読んで、一般に雁木と呼んでいるものは、単に家屋の軒から庇を長く張り出した通路の形態だけでなく、町屋の内部にも特徴的な構造を持っていることを知りました。

平均的には間口約4.5m・奥行約50mという長細い敷地。建物が道路寄りに建てられ、裏側に庭や畑が作られ、表側は各戸が窮屈につながって見えますが、裏側では、垣根もない広い空間(庭や畑)ができていること。長い奥行の空間が、生活の場と仕事の場を提供していること。

この日の「街歩き」の途中で、歴史的建造物として公開されている町屋の一つ「旧 今井染物屋」(大町)に立ち寄りました。約150年前の建物で、雁木に面した表側は、黒い格子の外観です。建物に入ると「チャノマ」と呼ばれる部屋は吹き抜けになって、天窓から採光できるようになっています。土間が、奥に長く伸び、家業の反物を染めたり干したりできるような仕事場になっておりました。また、作業場には内蔵もあります。

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今井家の雁木は、道路に面した通路の上の部分、二階部分が居室になっており、造り込み式と呼ばれております。この部屋は住み込み従業員の部屋になっていたそうです。

もう一つのイベントは、「高田瞽女の門付け 再現」です。「瞽女」とは、盲目の女旅芸人のことで、親方の家に住み込みで生活しながら芸を身につけ、生活の糧を得ていました。主に三味線と唄の芸で、瞽女(ごぜ)宿(やど)と呼ばれる家の座敷や、戸別の軒先がパフォーマンスの場所でした。瞽女さんが外出するときは、わずかに視力のある瞽女さんが先導役になり、盲目の人は前の人の肩につかまって一列になって歩きます。瞽女宿には、地主や庄屋といった土地の有力者の家がその役を担ったそうです。

この日は、角巻を羽織った旅装束の4人の瞽女さん役が登場しました。三味線と瞽女唄を継承した月岡 祐紀子さんが先頭で、公募で選ばれた3人とともに、門付けが再現されました。雁木を歩く瞽女さんの姿は やはり「絵になる」光景なので、カメラマンもいっぱい付き従っていました。私もそのひとりですが。

戦後40年ころまで活動していた「高田瞽女」の姿を、子どもころの思い出と共に記憶している人も、まだおります。そして、その瞽女さんの姿は、斉藤真一さん(1922~1994)の絵画や「越後瞽女日記」を通しても見ることができます。

斉藤真一さんが描いた瞽女さんの絵画や資料を、北海道在住の池田敏章さんは私財をなげうって収集しましたが、160点ものコレクションを、高田瞽女ゆかりの上越市に寄贈してくださいました(平成23年)。

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また、「高田瞽女」を後世に伝えるべく、「高田(たかだ)瞽女(ごぜ)の文化を保存・発信する会」が平成23年に発足し、国登録有形文化財の町屋「麻屋(あさや)高野(たかの)」(東本町1)を改装して「瞽女ミュージアム」が平成27年11月に開館しました。上越市に寄贈された池田コレクションも、その一部がここで展示されることになります。

このように、瞽女さんに多くの人々が魅かれ、多くの人々が記憶に留めようとするのはなぜなのでしょうか。盲目というハンデキャップを持ちながら、芸を磨き、自分の身を律し、自立した女性たちに対する称賛でしょうか。過去のものに対する敬意でしょうか。失われたものに対するノスタルジーでしょうか。瞽女さんに、民衆の文化の結晶を見たからでしょうか。

そうそう、この日のイベントの拠点となった「町屋交流館 高田小町」は明治時代の総合問屋「旧 小妻屋」の建物を上越市が再生・活用したものです。ギャラリー・和室・多目的ホールを備えた施設で、外観は雁木通りに連続していますが、室内は町屋の持つ重厚さもあれば、モダンで清潔感もあります。リフォームを担当したのは、上越市在住の建築家・関(せき)由(ゆ)有(う)子(こ)さんで、彼女は、「あわゆき組」の中心メンバーでもあります。

この日のイベントは、雪の越後の、いにしえからの文化を堪能する一日になりました。長くなりましたが、近況を報告させていただきました。

それではこの辺で。みなさまのご健康とご活躍を祈念しております。      かしこ

by terakoya21 | 2016-04-22 20:39 | 上越だより

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