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てらこや日誌

Classes will Resume! ;)

今日から、夏期講習&正規授業再開です。

みなさん、元気な姿&笑顔を楽しみにしています!!!


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Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school. The aim must be training of independently acting and thinking individuals who see in the service of the community their highest life problem.

教育は、学校で学んだことを忘れてしまったあとに残るもの。教育の目的は、社会への貢献が人生のもっとも尊い問題だと考え、自分で考え、行動できる人の育成であるべきだ。


アインシュタインのことばです。

この休み中に会った、卒業生との話で、私がいつも使う

「遠足のお菓子は300円まで」

という規則から・・・その根拠のないルールの意味・・・の話をしていたとき
教え子が放った

「それって、学校で教えなければならないことですか?」

・・・という意見
この、小学校で先生をしていた若者の意見に、一瞬怯んだ私ですが・・・
では、学校以外でどこで学ぶのだろうか・・・と考えました。

今、「家庭」と「学校」は、緊張関係にあることが多いと感じます。
それは、学校が・・・勉強を教える場所になってしまっているからかな・・・と感じます。

私は・・・今、ふりかえってみると・・・学校で学んだことの1番大切なことは
「勉強」ではなかったように思うのです。

強いて何が大切だったかを言葉で表現するならば
家庭でも地域でも・・・ほかの場所ではできない
「勉強」を裏付ける体験をすることだったように思います。

私は、学校が嫌いでした。 
けれど、熱を出し、病気やけがで長期欠席をした経験はあるけれど、
学校に行けないことは、なかった。

それは、学校がすべてではなかったから。
小さい時から、兄弟が多く、習い事をし、子ども会に入り
私の所属する団体はたくさんあったから・・・。

その中で、私は、妹であり、末娘であり、友だちであり、先輩であり、後輩であった―。

すべてが、学校へ行けない理由を消してくれていたように思うのです。
「みんな一緒」「みんな仲良く」「みんなで」
と、言われることが、私には苦痛で・・・

みんなと一緒にできないことが多すぎて
みんなとは仲良くできなくて
みんなでする意味がわからなくて・・・

学校が嫌いだった私にとって、学校が「勉強を教える場」だけであれば、
行かなくても良かったように思うのです。

けれど、学校に行ってよかったと私は、今になって思います。

そして、私は、我が塾はそれを支える場所の1つの選択肢であってほしいと願って
「寺子屋かめい」を設立しました。

父の「かめい英語教室」がそうであったように・・・(*^_^*)

お盆休み前に面談をした保護者の方にも話をさせていただきましたが・・・

子どもたちとは、細くても、太くてもいいから、
「長く」付き合いを続けていける場所でありたいと願っています。

そして、それは、学校をサポートする形でありたいと願います。

さぁ、お休み明けの授業開始です。

今週もどうぞよろしくお願いいたします。

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2015年度 ご案内

(Y.K)
by terakoya21 | 2015-08-18 10:19 | 日記

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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