人気ブログランキング |

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya ~ (てらこや新聞122号 亀井のコーナーより)

~ Love cultivates.~
~ 愛は育てる ~


“Man is not the creature of circumstances, circumstances are the creatures of men.”


「人が境遇によって作られるのではなく、境遇が人によって作られるのだ。」


イギリスの元首相ベンジャミン・ディズレーリの言葉だ。ゴールデンウィークに会った人々との話から、目に留まってしまった言葉だ。

多くの人々が、「現状」を、自分の置かれた「境遇」や 自分を取り巻く「社会」のせいにしているのを目の当たりにしたり、耳にしたりすることが多い昨今・・・この言葉について書いてみたくなった。

かと言って、私は、何事も「自分次第」だと言うつもりはない。自分ではなんともならないことが世の中にはたくさんある。けれど、人生の多くの障害や壁は、自分の中に作られていることが多い。そして、それは、多くが勘違いから 作られている。

親御さんが子どもたちの「やる気スイッチ」を懸命に探す姿に・・・決まって私は苦笑する。子どもたちの「やればできる」という言葉に、私は、しょっちゅう憤る。

「やる気スイッチ」は、伝えるべきことや示すべきことを伝えたり示したりすることなしに、子どもたちに「好きなように」、「思うように」させていて、見つかるものでも、オンになるものでもない。「やればできる」というのが事実でも、実際に行動しなければ、「やらないからできていない」「できない」現状を変えることはない。

「人が境遇によって作られるのではなく、境遇が人によって作られるのだ。」

最近の若者は読書をしない―。

そして、それは学力に影響する・・・らしいから、 読み聞かせや、子どもたちが本に触れる機会を増やす行事を大人がしきりにしている様子に、やっぱり、私は苦笑してしまう。

「最近の子ども」は読書をしない―と言われると、私は胸が痛む。

そして、
「昔の子ども」は本を読んだのか?
最近の「大人」は本を読むのか??
と聞きたくなる。

先日、子どものいる友人たちと昼食をとったとき、某予備校の先生が、「5歳までに本を読む習慣をつけることが学力向上には必要」というようなことをおっしゃっていたという話題が出た。

やはり
果たして、そうなのだろうか?
と私は思う。

私の読書習慣は19歳になるまで皆無だったと言っていい。学校で強制されて読むことはあっても、強制されればされるほど本から遠ざかり、「読書なんて大嫌い」と公言することを憚らない学生だった。けれど、大学に入るとすぐに本や活字を好んで読むようになった。今ではときどき、活字中毒かと思うことまである。

そして、思う。

私の父には、「読書の習慣」があった。また、彼は、本とその本を書いた人々を大切にする人だった。自分の読書経験に裏付けられた知識を優しく語り、また、本を書いた人への敬意を、本であれば、まんがであろうが買うことを惜しまない形で、子どもたちに示していた。

・・・読書と学力に関係性があることを否定はしないけれど、子どもの習慣よりも、むしろ、大人の習慣の方が大切だと思う。そして、また、子どもたちの育ちの中で、大人たちの習慣(悪習慣を含む)が、子どもたちの境遇になるということを忘れないでほしい。大人たちが自分たちの「習慣」として与えている境遇の重要性を意識して、大人たちには子どもたちの将来を考えてほしいと願わずにはいられない。

(Y.K)
by terakoya21 | 2015-06-05 21:14 | 寺子屋の日々

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


by terakoya21
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る