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上越だより ~ヨーロッパ編~(てらこや新聞112号 下西さんのコーナーより)

「セーヌ川周航」

数年前、東京在住の息子が、東京に不案内の私を、隅田川の川下りに誘ってくれたことがありました。浅草から日の出桟橋まで小一時間、隅田川と東京湾がつながる辺りまで遊覧しました。右手に超高層ビル群、左手に両国界隈の景色がゆっくりと展開していきます(スカイツリーはまだなかった)。東京の異なる面が見えて、楽しいひとときでした。

c0115560_8511067.jpgセーヌ川にも、いくつかの観光船が運行しています。その中の一つ、水上バス・バトビュスに乗って、川からパリの街を見ることができました。

バトビュス乗り場は8ヶ所あり、まず左岸に沿って「エッフェル塔」「オルセー美術館」「サン・ジェルマン・デ・プレ」「ノートルダム」「植物園」、そして、サンルイ島を支点にUターンして、セーヌ川右岸「パリ市庁舎」「ルーブル」「シャンゼリゼ」に寄り「エッフェル塔」に戻ります。わたしは、一日券(15ユーロ)を買って、エッフェル塔の足元にある乗り場から乗船しました。パリ観光の極め付けを網羅するルートです。しかも、1日券は、午前10時から午後7時まで乗り放題、乗り降り自由でした。12月のパリですから、風は冷たかったですが、眼前の風景がそれを忘れさせてくれました。

ノートルダム大聖堂を見るために「ノートルダム」で、途中下船。セーヌ川左岸からドゥブル橋を通って、シテ島に渡りました。

ノートルダム大聖堂はセーヌ川の中州、シテ島にあります。この教会は、1163年に起工され(日本では平清盛の全盛の頃)、1320年ころ完成しました。2013年はちょうど850周年を迎えるとのことで、いろいろなイベント(例えば、教会での音楽会)が計画されていました。シテ島は、パリ市内で最も古い歴史を持つ地域で、いわばパリ発祥の地です。ガイドブック(『地球の歩き方 パリ&近郊の町』)によると、「古くから先住民族が住んでいたこの地にケルトのパリシイ人が住み始めたのが紀元前3世紀ごろ」とあり、4世紀ころ、パリシイ人にちなんで「パリ」になったそうです。

c0115560_8514595.jpgフランスカトリックの総本山「ノートルダム」は、「われらの貴婦人=聖母マリア」を意味するそうですが、フランスゴシック様式の外観は、様々な表情を持っていました。西側正面は、3つの門と二本の四角い塔と、聖書に基づく石の彫像群があります。側面や背後は、正面からは目立たなかった尖塔がよく見え、船から徐々に  角度を変えて見える景色も、情緒のあるものでした。教会の内部の広さとバラ窓と呼ばれるステンドグラスの 豪華さにも目を奪われました。多くの人々が訪れる聖堂(年間1400万人)ですが、居心地の良い空間でした。聖堂内にハイテクの電光掲示板があり、各国の言葉で「祈りの場所」であることがしめされていたからでしょうか。もちろん日本語でも。

フランスの教会は基本的には入場料は無料。文化財や美術品の鑑賞のために「博物館・美術館」という位置づけで、入場料が徴収されます。日本の観光地では、寺社仏閣とひとくくりに言いますが、入場料などから考えると、神社は基本的に入場料無料で、フランスにおける「祈りの場」、お寺は有料のところがほとんどで、博物館・美術館的扱いになっているのかと、勝手に対比をしてみました。

バトビュス周航の起点(終点)になっている「エッフェル塔」 乗り場の真上にエッフェル塔(1889年に完成)がそびえています。パリの様々な場所から、ランドマークのように、その姿を見ることができました。そして、かねてから、その足元に立ちたいと思っていました。まず、セーヌ川右岸トロカデロ広場・シャイヨー宮からイエナ橋を通って、左岸のエッフェル塔にアプローチしました。

エッフェル塔付近の公園(シャン・ド・マルス公園)の一角に、10人くらいの人だかりがありました。小さなゴムボール2個とそれを隠せるほどのカップ3個を使って、ボールはどこにあるかを、路上パフォーマンスならぬ、路上手品をしていました。主催者?は二人。マジックをする人と、客引きをする人。どうもお金をかけていたようです。遠巻きに見ていた人の中で、紙幣を出して カップの一つを指さします。カップの中にボールがないと「負け」で、紙幣は巻き上げられます。何人もの人が、その「賭け事」に挑んでいました。「あの中にサクラもいるのでは?」と、思いつつも、次々と挑戦者が現れるところをみると、だまされることをも楽しんでいるかのようでした。

c0115560_8583570.jpgパリの広場には、メリーゴーランドが必ずといってありました。コンコルド広場しかり、モンマルトルしかり、バスティーユ広場 しかり。そして、エッフェル塔の足元にもやはりありました。

夜のエッフェル塔はライトアップされていて、塔の中ほどに、電光掲示板に「ネルソン・マンデラ」の名前が掲げられていました。2013年12月5日に亡くなった彼を、アパルトヘイト撤廃を実現した英雄を、追悼する意味だったのでしょう。実際、パリの街は多人種で、アフリカ系やアラブ系、アジア系とおぼしき人々が思いのほか多く見受けられました。この国の人々は、 日本より人種問題に敏感なのでしょう。

c0115560_8592713.jpgセーヌ川には、多くの橋が架けられ、水上バス・バトビュスもその下をくぐりました。その橋の中で、最も豪華に見えたのは、「アレクサンドル3世橋」(1900年完成)で、街灯や欄干がゴージャスで、他の橋と別格のようでした。「レオポール・セダール・サンゴール橋」は、アーチ形の歩道橋(1999年完成)で、オルセー美術館を訪ねるときに、テュイルリー公園側からこの橋を渡りました。憧れの美術館を眼前にして、「ついにたどり着いた」という高揚感を 思い出します。

川に接すると、川岸を散歩したくなり、橋の上でたたずみたくなります。月並みですが、癒されます。水の流れがそうさせるのか、開かれた空間がそうさせるのか……。川が街を抱き、街が川を守っている都市はすてきです。京都の鴨川や金沢の犀川・浅野川はそうでした。東京の隅田川もそうなのでしょうか。

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by terakoya21 | 2014-08-24 09:00 | 上越だより

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