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旅日記 (てらこや新聞110号 海住さんのコーナーより)

第27回

ボヘミアン気分とほど遠く プラハ(チェコ)


その日の朝一番、ウィーンのチェコ国大使館へチェコ滞在の許可をもらうビザを申請に行ったときのことだ。
「ビザの交付まで1週間かかる。ただし、“特急”料金を払えば、きょうの午後には出す」。

パスポートにスタンプを押す手間に差はないはずだ。なぜ、大使館という、対外的な国家の顔ともあろう機関に、このような二重料金が存在するのか。納得はいかなかったが、こんなところで言い争っても勝ち目はない。“特急”料金を支払うことで便利さを手に入れた。午前に申請して午後2時にはビザのスタンプを押したパスポートを返してもらった。修理に出していたキャノンの一眼レフカメラも受け取って仕切り直す準備はととのった。

ウィーンの東の駅からプラハに向かう国際列車に乗った。地図を見ると東ではなく、北へ進路を取る。車窓から長く連結した客車が弧を描いていくのが見える。10月下旬に入った空には真っ黒な重たい雲が垂れかかっている。オーストリアの山間部のレースのようにしなやかな空気のベールとは明らかに違い、これからやってくる長い冬の寒さを想像した。

国境に近づいたのだろう、列車内でパスポートチェックがあった。チェコのビザを取得していなかったカナダ人の若者は次の駅で下車し、オーストリアに戻る列車に乗るよう指示を受けていた。「アメリカ人にはビザが要らないのに、なぜカナダ人には要るのか」と、くってかかっていたが、相手にされない。

ベルリンの壁の崩壊(1989年)でチェコスロバキアは社会主義国でなくなり、93年にはスロバキアが独立。チェコ共和国となってまだ2年だった。チェコに入国後、西側の常識からすれば幾分ギャップのあることは垣間見ることがあった。

プラハの駅の荷物預け所にリュックを預けたものの、ガイドブックを取り出したくなって、いったんリュックを運び戻してもらい、本だけ取り出し、すぐ同じ人に預け返したところ、もう一度、料金を支払うよう言われた。「えっ、そんな。カバンから出し忘れたものを取り出しただけじゃないか」という抗議に、「一回、返却した。そして、もう一度、預けるのだから、2回払ってもらうが当然」と平然と言ってのける。そんなバカなと思うが、正論と言えば正論に返す言葉はなく、二倍の料金を払う羽目になった。

コワイ顔をした荷物預かり所のおばさんは、50歳代に見えた。それまでの人生の大半は「お客さま」を意識したサービス精神は無用な売り手市場の政治経済体制の中にどっぷりと浸かっていたであろう。1989年に社会主義体制は終わっても、それからまだ6年。長い人生の中で培ってきた価値観のほうはそう簡単に変わるまい。まちなかにはマクドナルドといったファストフードの店などに西側の愛想のよいサービスの店が進出し始めていたが、駅や郵便局など国家の直営のようなところで応対に出てくる職員は無愛想そのものだった。

プラハ到着初日の宿は、オーストリアで会ったイギリス人青年Matthewくんが勧めてくれた新市街の1泊800円ぐらいのドミトリー(相部屋)に泊まることにしていた。が、地下鉄の最寄り駅から出た街は、直線的で無機質で平板な鉄筋コンクリート造の中高層の建物ばかりで、あまりにそっけない風景だ。

(1995年10月19日~20日)
by terakoya21 | 2014-06-12 13:45 | 旅日記

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