人気ブログランキング |

あとがき (てらこや新聞109号 より)

先日出かけたホテルのレストランで隣に座った老夫婦の姿を見て、今は亡き父を思い出しました。ご夫婦そろって黒色の服を着て、奥様は金色のブローチを、そして旦那様は、金色のスカーフをされていました。おしゃれだなぁ~と思いつつ、失礼にならない程度にちらちらと拝見していると…旦那様が少し認知症を患っておられるご様子で…ときどき会話がちぐはぐだったり、今食べているものがコースの前菜 なのかメインディッシュなのかがわからなかったり…という感じでした。でも、奥様は旦那様の気分を害さぬような言葉としぐさでフォローをされ、ときどきむっとした 表情をされる旦那様も、すぐに機嫌を直し、「おいしい」などと言いながら、食事を楽しんでおられる様子でした。

わが父も、亡くなる少し前から認知症がひどくなり、会話がちぐはぐになったり、急に怒りだしたり…ということがありました。家族はかなり振り回されたり、母が先に参ってしまうのではないかと感じたりすることもかなりありましたが、今振り返ると、父の怒っている姿ではなく、笑っている姿や照れている姿、悲哀に満ちた表情も含め、穏やかな姿が目に思い浮かびます。そして、父が寝たきりになるまで、母と私と3人でいろいろなところに出かけました。また、寝たきりになった3か月間の間も、いろいろと話をしました。

そのホテルに出かける前日、重松清氏の「その日のまえに」という小説を読み切りました。命に関わる病気をした人、その人の家族、友人を主人公にした短編がいくつか入っているのですが…それが少しずつつながっていき…「生」と「死」、そして、生活や幸せについて考えさせられる小説でした。

その小説のなかで、看護師が「終末医療にかかわって、いつも思うんです。『その日』を見つめて最後の日々をすごすひとは、じつは幸せなのかもしれない、って。自分の生きてきた意味や、死んでいく意味について、ちゃんと考えることができますよね。あとにのこされるひとのほうも、そうじゃないですか」(重松清「その日のまえに」文春文庫 p343)と妻を3か月前に亡くした夫に尋ねます。

わが父は亡くなる3か月前に倒れ、入院します。脳内出血のため、そのまま亡くなってもおかしくなかったのですが、奇跡的な回復を見せ、3か月間、ときどき意識を失いながらも、それ以外のときは意識もはっきりした状態でした。その3か月の間に、家族は、父の死に向けての物理的な準備よりむしろ心の準備をしました。20年以上にわたる隠居生活の中で、父は少しずつ自分の死に備えていたところがありましたが、おそらくこの3か月は、父よりはむしろ私たちに必要な3か月だったように思います。

そして、小説のなかの夫は応えます。「でも、どんなに考えても答えはでないんですけどね。」(同上)「考えることが答えなんだと、私は思ってます。死んでいく人にとっても、あとに残されるひとにとっても」(同上)一人の人生が 終わるとき…何もかもが止まるわけではなく、ほかの人の生活は続いていきます。世界は回り続けるのです。大きな災害や戦争が起こり、その中で誰かが死んでも、ほかの世界はそのまま動き続けていくのです。だから、いつも自分たちの生活や幸せについて、「考えること」-それが、私たちには唯一できることなのだと私は思います。

春の晴れた日に海のきれいに見えるレストランで、見かけた老夫婦の哀愁漂う姿に…人生の機微を感じました。また、このような老夫妻が穏やかな時間を過ごす場所が多くあることを願わずにはいられませんでした。

そして、私は、次なる世代として「考える」ことを続けたいという思いを新たにしました。

さて、新学年度が始まる4月号―10年目の 最初の号に、すこししんみりとした話題になってしまいましたが、今年度もこんな私共々、「てらこや新聞」&寺子屋かめいを、どうぞ  よろしくお願いいたします。

最後になりましたが、連載のみなさん、素晴らしい原稿を今月もありがとうございました。10年目もどうぞよろしくお願いいたします。

(Y.K)

*「てらこや新聞」109号は2014年4月15日に発行されました。
by terakoya21 | 2014-05-22 10:50 | あとがき

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


by terakoya21
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る