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あとがき (てらこや新聞100号より)

「てらこや新聞」第100号…記念号が無事発行できたことを、ご協力いただいたみなさんに感謝いたします。そして、また、今年設立14年目の「寺子屋かめい」への日頃のご理解、ご協力にも感謝したいと思います。ありがとうございます。「寺子屋かめい」を設立以来、特に保護者のみなさんにわかってほしいこと、伝えたいことが多くあり、それを「てらこや新聞」として発行することにより、保護者の方々を 通して、もしくは、保護者の方とともに子どもたちに伝わっていくことを願っています。それは、日本の多くの人々の「英語」に対する思い込みと、「学業」への誤解をなんとかしたいと 続けている取り組みの1つです。

そして、気が付けば多くの方々のご協力をいただいています。英語は「言葉」―英語の勉強と共に、すべての科目の学習が力となり、また、多くのことへの興味や知識に触れることが大切です。―少しでも興味の幅を広げてほしいという私の願いとわがままを聞いて下さっている方々のご理解とご協力に本当に感謝しております。ありがとうございます。

また、今回は特に「100号」に寄稿してくれた卒業生と、今後不定期に寄稿して下さることになった川戸恵子さんにお礼をいいたいと思います。目標に向かって進んでいる姿は、若者も大人も素敵だなと感じ、…そして、その芯がぶれない姿勢に、私たちもしっかり目標に向けて努力を続けなければと思いを新たにしました。ありがとうございます。

さて、先日「日本人の9割に英語はいらない」(成毛眞著・祥伝社黄金文庫)という本を読みました。いろいろと突っ込みを入れたくなる 矛盾を感じる点も多かったのですが、この著者のおっしゃることの大半に理解、同意、納得をしました。ただ、特に気になる点は―「英語を特別視する意味はない」というようなことをおっしゃりながら、こうやって「日本人の9割に英語はいらない」と本にされ、それが売れると考えられた点でご本人も「英語を特別視」されているのではないかということです。なぜなら、この本の内容を学校で学ぶことすべてに当てはめて考えてみると―算数と国語以外の多くの科目が、9割の人にとって必要ではないかもしれないからです。

それでも、なぜ義務教育があり、英語が学校の必修科目に入っているのか―それは、子どもたちの可能性は 無限だからです。子どもたちの将来にどんな 可能性が現れるかわからないからです。だから、義務教育で必修科目があり、英語は高校でも 学習するのです。もちろん、その教え方に問題はたくさんあります。そして、よく英語がターゲットになるのは、「6年間以上英語を学校で習っているのに、日本人は英語を話せない」という事実を挙げ、英語の教え方が悪いということ。ただ、英語が話せないのは、私に言わせれば、英語だけではなくすべての教科についての教え方、教わり方が悪いからなのです。そして、さらに言えば、英語より若くから勉強し、日常生活でも使わなければならない九九が中学生になってもうまく使えない生徒が少なくないことの方が問題です。

この13年余り、塾を開いて英語を教えていて、ときどきむなしくなることがあります。―英語を小学生のうちから―なるべく早くから子どもたちに習わせるのはなぜでしょうか。それは、将来に英語を必要とし、役立てて、自立してほしいから…だと私は純粋に信じてこの仕事をしていますが…多くの人びとはそうは考えてはいないのかもしれないと時々思うからです。

寺子屋設立の目的は「英語でも読み書きそろばん」のできる生徒を育成することです。だから、小学生の間は、ルールを守ってもらうことには厳しく、するべきことはしっかりしてもらいながらも、なるべく楽しく英語を使って様々なことを学んでもらう環境づくりをしますが…中学生になれば、学校の成績や義務教育を終えたあとに役立つ形で、英語を道具に授業を進めます。だから、「通っている当時は厳しくて  嫌だった」という生徒が多くいます―ただ、そう言ってくれる生徒たちの方が…地道に人生を歩み、笑顔で近況報告に戻ってきてくれる率は高いのです。だから、私たちは―もちろん、個人の目標や目的を聞きながら、それに合わせる対応は、細かくしながらも、基本的なその方針を変えない―それが子どもたちの将来に役に立つと信じているのです。

「あの課題をこなしたから、進学先の課題もあまり負担に思わなかった」―と卒業生が言ってくれたことがあります。義務教育や高校の教育で学ぶことは、本来、そういうものだと私は思います。確かに「日本人の9割に英語はいらない」けれど、だれも自分がその9割の方なのか、1割になるのかわからないのです。けれど、その1割になったときに、実力を発揮できる能力と頑張れる気力が自分に備わっているかどうかは、義務教育や高校までに培った力にかかっているのです。―それは、この本を書いた成毛氏も暗に認めてしまっています。マイクロソフト社に入社したあとの英語の習得方法を語るとき、何度か「中学・高校で英語を勉強した人なら」というような文言が出てきます。

無理にでも、意味を感じなくても、小・中学校で学んだものは自分の底力として残るものです。子どもたちはなるべく楽をしたいもの―学ぶことは本来好きでも―勉強としてさせられるものを「イヤ」だと感じたことのない人などいないはず―。けれど、イヤでも、少々苦しくても、子どもたちが勉強しようと思うのは、大人たちの導きのおかげ―。私が、この仕事を始めてから言われ続けてとても違和感がある 言葉は―「あなたは勉強ができたから」、「勉強だけしていても」―というもの。確かに私は、勉強はできる方だったけれど…それは両親と 周囲の大人の導きと自分の努力のたまもの… 確かに「勉強だけ」していてもダメだけれど…それは勉強がしっかりできている人の言うセリフではないでしょうか。そして、塾に来ている生徒でも「勉強が嫌いな」生徒が大半であることも重々承知の上です。でもそれは、私たちが彼らに「勉強」を強制してはいけない理由にはならない―それは、塾は自ら「勉強をするために」入ってくる場所だから。そして、入ってもらった私たち同様、彼らを「入学させた」親御さんたちにも―彼らに勉強 しなければならないことを諭す義務があると私は思っています。

今まで通り、子どもたちには厳しい優しさを持ち続け、そして、保護者の方々には、それ以上の厳しさを持って語り続けたいと感じる 今日この頃です。それが子どもたちの幸せな将来と希望のためであれば、私たちは、できる限りのことをこれからもしたいと思います。 そして、今までも多くの方々に、ご理解とご協力を賜ってきたことを感謝しています。

ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願い致します。

(Y.K)
by terakoya21 | 2013-08-24 18:10 | まえがき

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