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寺子屋の日々~Days in Terakoya ~(てらこや新聞88号 亀井のコーナーより)

~ チャンスの神様 ~

高校生の教科書に星野道夫さんという写真家の話がある。16歳で単身渡米、ヒッチハイクもしながら旅をする。その旅の中での「偶然の出会い」が彼の写真家としての原点である…というような話である(三省堂・Crown English Series I )。

Chance encounter…「偶然の出会い」―私も 16歳のとき初めての外国、アメリカに10カ月留学している。星野氏のような本物の「単身」ではないけれど、私以外の日本人のいない町で10カ月を過ごした。その経験は、母国を見る目を変え、私のその後の人生を大きく変えた点では、星野氏の経験と同じだ。そして、そのときの出会いが、私の仕事の原動力である。

しかし、人とは少し違うそんな体験を例にとるまでもなく、誰にでも人生に影響を与えている「偶然の出会い」はたくさんあると思う。私は、両親― 特に母との出会い・・・そして、小学5年生のときの担任の先生との出会い・・・もその中に入れたい。

私は、物心ついてからずっと、父のような先生になり、母のような女性になることを目標としている。そして、今この仕事をしていて、私は父より母に似ている―影響を受けている…とよく思う。母に言われたことやさせられたことと同じことを、子どもたちに伝え、させている。そして、私の人生で出会った一番の大嘘つきの母が言っていたこと、していたことが人生の真髄をついていると感心することが増えている。

小学5年生のときの私の担任の先生は、私たちに「自殺の仕方とその結末」、「ばれない人の殺し方とその結末」を1授業時間かけてじっくりと話してくれた先生だ。それは、今の時代、学校で話したとすれば、問題となっただろう話だったが、結局、先生は、「自殺」も「殺人」も割にあわないから、死んだり、殺したりする強い思いや力があるのなら、「生きろ」「殺すな」と伝えたかったのだということを私たちは無意識ながら受け止めていたようだ。実際に、それは私にとって、5年生当時、面白い若い先生の楽しい授業の与太話程度にしか思っていなかったけれど、しっかり心に響き、残る話だったらしい。だから、その話は思いがけず、成長過程における私を何度も救った。思春期に「死にたい」という言葉が頭をよぎったとき、必ず彼の話を思い出した。そして、自分の直面する痛みと死ぬために必要な痛みを比べ…周囲にかける迷惑を考えたとき、両親をはじめとする私の周囲にいる人々の愛に必ず気が付いた。彼らを悲しませてはいけない。それは、 私を「死ぬ」という行為ほど深刻でないにしろ、自暴自棄になることも回避させた思考回路だ。

「信頼」…頼りになると信じること、信じて頼りにすること…簡単なようで難しいけれど、結局、その人に言われたことやさせられたことを自分が受け止められるかどうかは、そこに「信頼」があるかどうか、その人を信頼していたかどうかによる。そして、信頼はまずは自分から相手に寄せないと生まれないということを、忘れてはいけないと思う。

その信頼が、偶然の出会いを必然に変え、人生を豊かにしていくのだ。チャンスの神様には、前髪しかないという。偶然を自分のものにできるかは、自らの意識にかかっている。

(Y.K)
by terakoya21 | 2012-08-27 09:35 | 寺子屋の日々

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