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てらこや日誌

Generation Gaps?

このところ、子どもたちとの会話の後
なぜ、そういう話になったのかを考えたり
他の子に意見を聞いてみたりしますが、
なんだかやるせないと感じることが増えています。

以前、KY(空気を読む)という言葉がはやりましたが
現代っ子の空気の読み方は、私たちのものとは
かなりちがっているようです。

そして、このところ子どもたちの言葉の乱れや
日本語の変化を…若者の文化というのはそういうものだとか
言葉は変化するものという論調もありますが…

私たちが日ごろ危惧する状況は、それでは片づけられないものです。

若者文化…私たちも若い頃、自分たちの中で使う言葉があり
その言葉がいろいろ社会で話題になりました。

けれど、私たちは、その言葉が大人には通じないこと
そして、大人に使えば、注意、もしくは叱責を受けることを理解していたのです。

が…今の若者言葉は違います。
彼らは、万国共通の言葉であるかのように
その言葉を使い、授業中であろうが、
先生と1対1で話していようが
「俺」「ムズイ」「キモイ」「シャーシン」などという言葉の使用も
自分のことを名前で呼ぶというようなことも当たり前のようにするのです。

そしてまた、私たちから発せられる言葉も
同等のレベルから発せられた言葉と同じ重さ
もしくはそれ以下しか重要性はないようです。

先日の高校生の授業で…みなテスト勉強をしていたのですが
テストの中日だったので

「今までのところのテストの手ごたえはどんな感じですか?」

というと返事なし…

「あ、返事できないぐらい良いのね、きっと。そう思って結果を期待しているよ」

というと

「じゃ、悪いです」

との返事…私の地雷には危険を知らせる赤いランプが点滅し始めました。

そう言った少年が所属する進学校の運動部で、テスト前だというのに
2週連続して週末に練習試合の遠征に出かけた話を聞いていたので

「テスト前に遠征に行けるってことは、さぞかし、テストに自信があるってことよね」

というと、

「それとこれとは別です」

との返事、私の地雷を踏みました。

そして、それに他の生徒の発言が入り、谷さんの地雷をも踏むことになり
その日、その生徒は、弁解に追われていました。

そして、翌日、その地雷を踏んでしまった生徒の同級生にその話をしているとき
両日とも塾に来ていた生徒に言われた言葉に少しびっくりしました。

「あれは、いじめですよね」(T_T)

確かに私も同級生への報告に「いじめてしまった」という表現を使ったのですが…
その「いじめてしまった」というのは「ことさら厳しく扱う」という意味の「いじめ」であり、
世に言う「いじめ」ではないのです。

…でも、現代っ子たちは、先生や親御さんという年長者の言葉も
友達の言葉と同様、自分たちと同じレベルで解釈をするのだと考えると腑に落ちました。

…確かに、私も谷さんもいつになく、白熱して話をしました。
けれど、「いじめ」と違うところは…生徒を落としめようと発した言葉ではない点です。
私たちは、今、彼に私たちの発した言葉をしっかりと考えてほしいのです。

それは、「今」ではないとダメだという危機感を伝えたかったのです。

…しかし、振り返って考えてみれば、普段の生活や会話において
私たちは、年長者の言葉として、彼らの役に立ててほしくて発している言葉を
それがわかっていることを前提としていつも話していたけれど
その前提が崩れていることを少しずつ認識しながらも、そのスタンスをとり続けている
私たちも、少し考えていかなければならないのかな…と反省もしました。

また…

私は、現代の親御さんと子どもたちのクラブへの考え方に少なからず疑問を持っています。

クラブと勉強の両立とは・・・

言われなくても、どちらでも他の人にも認めてもらえる結果を出すことです。

そして、それを人の手をわずらわさないで実現することです。

もちろん、塾に来るなと言っているわけではありません。
でも、来ているからには、クラブを理由にする
もしくは、クラブが原因だと相手に思わせるような言動をとってはいけないと私は考えます。

ですが…宿題を忘れたり、成績が芳しくない生徒の親御さんからよく聞くのは、

「クラブでくたくたになって帰ってきて寝てばっかりで」

「クラブが大変みたいで」

2言目にはクラブクラブなのに、成績は気にする…

そして、補習に来るのも本人次第…(-_-;)

それは、私には理解できない話なのです。

「親が納得する成績がとれないなら、クラブを辞めなさい」

私は、そうやって育てられた世代の人間です。私は学校が嫌いだったので
クラブは文化部、幽霊部員でしたが…
中学校、高校とたくさんの習い事をし、また高校の後半にはそれにプラスで
アルバイトもしていました。

が…自分の今目の前にある「するべきこと」がきちんとできないのに
「したいこと」や「好きなこと」をさせてもらえるなどと考えたこともありません。

だから、自分でするべきことと、したいこと、そしてしなくてもいいことを分け
時間配分し、優先順位を付け生活をしました。

それが、人生を楽に生きる秘訣だと両親や年長者から教えられてきました。

それを実行せずに、楽に生きることなどできないのです。

私は、若い時から、「楽をする努力」を怠らなかったから今があると自負しています。

「楽をする努力」は結構大変な努力です。

でも、それが、充実した、楽しい人生を生きる秘訣です。

それを教えられていない子どもたちの人生が本当に大変そうに見えるのは…
大人の導きの問題なのではないかと感じることが増えています。

皆さんも、少し考えてみて下さい。

(Y.K)
by terakoya21 | 2012-07-06 10:35 | 日記

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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