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寺子屋の日々 Days in Terakoya (てらこや新聞72号 亀井先生のコーナーより)

~ 夢と目標 ~

私は、最近寝られない日が多い。・・・といっても、「不眠」ではない。「布団に入る」という行為にまでいけないことが多いのだ。1日中、かなり動き回り、大声を出す仕事をする私は、布団に入ったら「バタン・Q」に近いのだけれど・・・。

仕事後、とりたてて今、しなければならないわけではないことをしながら、いろいろなことに思いを巡らす・・・気がつくと時が進んでいる・・・という生活が続いている。気がつくと、しきりに考え続けている。それは、やはり寺子屋で出会う子どもたちと彼らを取り巻く社会についてだ。

私は、かなりの怠け者だが、相当なせっかちだ。そのため、若い頃、自分の進路や自分の夢に関して、かなり頭と足、体を使って調べ、活動し、現在に至っている。怠け者なのに、努力家に見えるのは「せっかち」だからだ。「石橋を叩いて渡る」というより「石橋を叩いて、崩し、隣に鉄骨の橋を立てる」・・・というような(?)感じだと若い頃友人から言われたことがある。私に言わせると「楽をする努力」を常にしてきただけのことなのだけれど。・・・渡るたびに叩くのが面倒なので、新しい橋を立てる・・・というのが本音だ。

そんな私には、今の子どもたちを見ると歯がゆくて仕方がないことが多いのだ。1日は24時間で、1週間は7日、1年は365日しかないことを知らないのではないか・・・。そして、中学生活も高校生活も3年で、大学生活も4年しかないということに気がついていないのではないかとさえ思うことがある。そして、人生は皆に80年が与えられるわけではない。

一方で、彼らは、いつも何かにせかされているように、せわしない。なぜか遠い未来ばかりを見て焦っているように見える。夢を見すぎているようだ。

「夢がない」と言われる昨今の子どもたちだが、私に言わせると「夢中になる」ことや「必死になる」ことを知らないまま、小学生や中学生の間から「安定した職業に就く」ことを望む子どもたちは、高校生や大学生になっても、リクリエーション、ストレス解消として楽しむのではなく、勉強や進路へのビジョンをそっちのけで自分の好きなこと―「野球」や「サッカー」、「コーラス」や「楽器」に、夢中になっている若者たちとほとんど変わらないくらい夢を見すぎているように見えるのだ。

幼稚園児や小学生が「花屋さん」、「ピアニスト」、「歌手」、「フライトアテンダント」、「プロ野球選手」、「サッカー日本代表」という夢を語ることは素晴らしく、中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても、その夢を追い続け、努力できる若者は、素敵だ。しかし・・・それは、夢につながる小さな目標をひとつずつ、達成しながら進んでいく努力を重ねていける若者に限られる。その現実を、今の子どもたちは、知らない・・・若いうちに知らされることがないように思う。そして、それを知らせるという憎まれ役を自分がしなければいけないことに気がついていない大人や、気がついていても子どもたちに嫌われたくなくて、それを避ける傾向がある大人が多いように思う。

いつまでも夢を見て、現実を知らないまま、社会に出て行く子どもたちの夢は・・・ふとしたきっかけで、彼らの目の前から予告もなく突如消えることになる。そして、彼らは、その理由を考えるが、わかるはずがない。そして・・・次から次へと方向をかえる・・・。変えていられる間は前に進もうと努力ができるが、その間に、本人も周囲も疲れていく。最悪の場合、突然消えた「夢」に立ちすくみ、何もできなくなってしまう。

私は、そんな子どもたちに言う。どんな大きな夢も、小さな希望も、目の前の一歩から始まる。その一歩は、小さくてもかまわないから、必ず地を踏みしめる一歩でなければならない。現実という地面を踏みしめた感覚があるものでなければならないと・・・。そして、その一歩は、考えると同時に前に進みだせるものであるはずだと。

2010年度という学年度は、私の仕事において、今までになく子どもたちの「進路」を取り巻く環境の悪化に、目と耳を覆いたくなる日々が続く大いなる苦しみの1年だった。

子どもと大人の悩みが逆転し、受験をするのが誰なのかをときどき見失う。そんなとき、ふと気づく。現在の受験制度の悪化は、全て大人のエゴから聞こえと見栄えが良いように作り出され、子どもたちの将来が害を被っていく。そして、子どもたちの悩みは自分の学力や目標への努力の仕方ではなく、家計や学校の方針となっていく・・・。大人たちの中にも、子どもたちの中にも、進学後の3年間や4年間のビジョンがない。これでは、子どもたちの悩みが現実へと向かない。

だから今、大人たちには考えて欲しい。自分たちの今までの人生で、一番大切なものは、どこから得たものであるかを。そして、今、後悔することの多くは、何なのかを。

私は、せっかちな分、積極的にいろいろなことをし続けた。結果が出なければ、次から次へと案を出し、挑戦していく・・・。その間、我が両親は必ず大切なところで口を出してきた。普段は放任であるにもかかわらず・・・。今もなお、その状態を続けている。今の人生で一番大切なものは、その苦悩と努力によって手に入れたもので、その努力はいつも周囲の人々に支えられてきた。そして今、私には後悔することはほとんどない。私は今も、高校留学と大学受験前に、私の選択にほとんど口を出さない父が私に放った辛らつで現実的な言葉を覚えている。その言葉が、私の人生の成功を導き出してくれたと信じている。

だから、私は出来る限り、子どもたちに辛くても、現実的な助言を続けたいと思っている。たとえ、それが、今、彼らに嫌われることであっても。せっかちな私は、次から次へと案を出しつづけてもいくだろう。

(Y.K)
by terakoya21 | 2011-04-09 22:25 | 寺子屋の日々

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