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まえがき (てらこや新聞67号 竹川のコーナーより)

~大切なことは食卓から学んだ~

私の実家では、今も母が卓袱台で食事をとっています。私が小学生の頃、ダイニングチェアに座って食事をとるというスタイルをいっとき取り入れたこともありますが、そのスタイルは1年も続かなかったように記憶しています。

食卓の中心にはいつも亡き父がいた…私の記憶の中では、いつも朗らかに笑っている父の姿がそこにあります。食卓は私が小学生の時には勉強机にもなり、中学生になってからは、家族揃って食事をとれなくても、そこにはいつも会話がありました。そして大切なことは、食卓を囲んだ家族とのやり取りの中から学んだと思っています。

今年の夏、私にはとても驚きだった光景がありました。それは、子供たちの食べ物に対する反応と発言、行動でした。

母は父の嫌いな(苦手な)食材を使わずに料理を作っていました。もちろんハンバーグやカレーなど子供が好きな料理が食卓に並ぶこともあったけれど、基本的には「父が食べられるもの」を中心としたメニューで、子供心には見た目があまりパッとしない煮物なども数多く食卓を彩っていました。

父は決して厳しい人ではなかったけれど、米粒をお茶碗に残すのは、お米を作ってくれる農家の人たちに申し訳ない、野菜を残すのも、その野菜を汗水たらして作ってくれる人に失礼、嫌いだと言って食べ残すのは、強いては料理を作ってくれた母にも失礼だ…と言い、綺麗に料理を平らげるという姿を常に実践していました(きっと、父にとっては母の料理は、いつも美味しく、自然とそうなっていたのでしょうけれど…)。

だから、「この野菜、嫌い」だとか「これ、まずい」などとは決して言えるような食卓ではなかったと思うのです。両親はそのようなことを許容してはくれませんでした。

父が嫌いだった食材は今の私にとっても食べず嫌いで好きかどうかは分からないけれど、それなりに何でも食べるし、子供の頃苦手だった食材の中でも、今となっては大好きになっているものも数多くあります。それはすべて、子供の頃家族と囲んだ食卓でのやり取りがあったからだと、今となっては自負できるほどです。

どうやったら焼き魚を綺麗に食べられるのかということから始まり、どうやったら蝶々結びは綺麗に結べるのかといったこと、果ては人生訓まで、私は父や母を通して、食卓から学んだのだと思っています。

だから、目の前の食事に対して、いちいち否定的なコメントを言い、「嫌い!」と公言できる子供たちの姿に、少なからず衝撃を受けました。けれど私は…大切なことは食卓から学んだのだと思っています。

季節は秋。実りの季節です。特に子供たちには、ひとつでも好き嫌いを克服できる秋になってくれることを願っています。

(K.T.)
by terakoya21 | 2010-10-29 15:33 | まえがき

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