人気ブログランキング |

上越だより (てらこや新聞53号 下西さんのコーナーより)

上越文学碑散歩「物語の舞台の巻」

「海」から連想することを言葉にすると、「夏・青い・明るい・暑い・磯の香り(潮風と魚貝の据えたような匂い)」など、ありきたりの言葉が並びます。私の海体験は、子供のころの松阪の海、伊勢の海にあります。小学校から行った潮干狩りの楽しかったこと、子供会で行った鳥羽での海水浴では、海の水の塩辛かったことを思い出します。その後、北海道の海も北陸の海も経験したのに、「海」といえば、まず夏の伊勢の海です。

上越市の直江津地区(上越市中央)の海岸近くに、「安寿と厨子王供養塚」があります。3基の五輪塔があり、私が訪れたときは、花が手向けられていました。
c0115560_13515072.jpg

ここ直江津は、森鴎外作『山椒大夫』の物語の発端になったところです。

安寿と厨子王の物語は、悲しいお話です。母と二人の子供そして女中(姥竹)の4人は父親を捜す旅の途中、人買いにさらわれます。姉弟(安寿14歳、厨子王12歳)と母たちが、だまされて別々の船に乗せられます。母は佐渡へ(姥竹はとらわれてすぐに入水)、そして、安寿と厨子王は、丹後(京都府)に連れてこられます。その後、安寿は厨子王のため献身的に働き、ついに入水して果てます。一人になった厨子王は、仏の導き(守り本尊の加護)で人買いの山椒大夫から逃れ、父の消息もつかめ、地位を回復することができます。母を捜して佐渡に渡った厨子王が聞いた歌は、

安寿恋しや ほうやれや/ 厨子王恋しや ほうやれや……

盲目になった母が、雀を追うために歌っていた歌に涙をそそられます。

山椒大夫の伝説は、地蔵尊報恩譚(お地蔵さまを拝むと救われる話)として、かなり古く(14世紀ごろ)から佐渡や東北・北陸にあったそうで、江戸時代には浄瑠璃などの形で上演されもしますが、森鴎外は物語の形にまとめました。

この物語から直江津が、海上交通や通商上の要衝であったということが考えられます。


人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。
これは、小川未明の童話『赤いろうそくと人魚』の冒頭です。小川未明は、日本のアンデルセンと呼ばれた作家で、高田地区(上越市栄町)に生まれました。50年余りの作家生活で、千編を超える作品を残しました。旧制中学を卒業してからは、東京で生活をしていましたが、故郷上越市周辺が舞台と思われる童話を、多く残しています。

この物語の舞台も、上越市であると言われています。あらすじは、次のようです。

人間にあこがれた人魚の母親は、娘を人間に託します。人間は世界でいちばん優しいと聞いて。海辺の崖の上に住む、おじいさんとおばあさんによって育てられた人魚の女の子は、おじいさんの家業「ろうそく売り」を手伝います。娘が作るろうそくは白いろうそくに赤い色を塗り、貝や魚の絵を描いたもの。不思議なことに娘が作ったろうそくを灯して祈ると海難に遭わないと評判になります。しかし、おじいさんは、人魚を「異形」と思い、香具師の口車に乗せられて、人魚の娘を「見せ物」として売り飛ばしてしまいます。「人魚」を乗せた船は、嵐にあって遭難し、また、その後赤いろうそくを灯すと必ず海が荒れるようになります。人間の欲深さや傲慢さをみせつけるような話です。
c0115560_13581797.jpg
「安寿と厨子王供養塔」の近く、舟見公園(海浜公園)に、『赤いろうそくと人魚』のモニュメントがあります。ろうそくを胸の前に抱えた少女の人魚の像です。また、郷土の作家の作品であることでもあり、市内各所にこの物語のモチーフが飾られています。例えば、デパートのエントランスや建物の屋上の飾りに。

直江津の海を舞台にした二つの物語は、奇しくも悲しい人買いの話であります。また「うらぎり」という共通のキーワードが見えてきます。「海」は、この場合明るい未来に開かれた場所ではなく、人の心の闇に向かっているような気がします。単純に「明るいのは好き、暗いのはいや」などでかたづけられない、暗さにこそ真実があるのではないかと考えさせられます。太陽は、伊勢の海を朝焼けに染めます。そして、日本海に沈みます。夕日の美しさと、哀しさが、二つの話に説得力を加えているように思います。

[参考文献 鴎外選集第五巻:小川未明童話集:上越市観光事典]
by terakoya21 | 2009-09-18 13:59 | 上越だより

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


by terakoya21
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る