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あとがき (てらこや新聞50号 亀井先生のコーナーより)

今回は第50号記念特大号です。連載の方々以外にも複数原稿を送っていただきました。ありがとうございます。元寺子屋生の太田さん、東京大学に進学したからではなく、寺子屋に入塾した当時からとても印象深い元生徒です。目の輝きの強さがとても印象的な生徒でしたが、周囲の年長者が受け止めて欲しかったことをしっかりと受け止めてくれていたのだなと・・・今回の原稿を読みながらとても嬉しく思いました。また、久々に寄稿して下さった竹上真人氏の文章も、最近政治への不信、社会への不満が充満する世の中で政治家であることの大変さを、特に感じていたところだったので、私はしっかりと読ませていただきました。自分が支持する政党かどうか、意見を同じくするかどうかということではなく、いろいろな意見を聞きながら、皆がより良き社会を考えるきっかけになればと思います。もちろん、連載の皆さんも、いつもお忙しい中の寄稿をありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。てらこや新聞は、100号、200号、1000号まで続けていきたいと思っています・・・(1000号までにはあと何年?(-_-;))

さて、このゴールデンウィーク、例年、私にとって1年で唯一のんびりと出来る長期休暇なので、今年もジョニーと緑を楽しみながら過ごそうと思っていたのですが、悲しい連絡とともに幕を開けることになりました。寺子屋新校舎建設を請け負って下さった会社の社長さんが、水難事故で亡くなったという知らせが、5月1日に舞い込み、告別式に参列することから始まる5連休となってしまいました。私にとっては、この社長さん、仕事上の付き合いだけなく、家族ぐるみで、私が幼い頃からお付き合いのある方でした。そして、私にはここ10年あまり、他の家族以上に縁がありました。ロータリー財団の支援を受け大学院留学をしていた私には、ロータリアンであった彼と、接する機会も多くあり、私が以前事務所に勤めていた政治家の後援会の方でもありました。家族のことでも、仕事のことでも何か相談したいことがあると真っ先に顔が浮かぶ私の相談役で、血のつながりのある伯父たちよりも、私にとっては頼りになる叔父さんのような存在でした。

亡くなった社長さんは、大きな声で、人が嫌がることも、喜ぶことも、自分が正しいと思うと口に出して、また行動に移す方でした。そのため、味方も多いけれど、敵も多い・・・けれど、人のために自らの犠牲も、労力も惜しまない方で、とても人情味にあふれた人物でした。私は、なぜかこのおじさんが幼い頃から好きで「なわとびのできないおじさん」として、我が家に彼が来るといつも「なわとびしよ!」と言っては後をつきまとっていたのです---私は、当時から意地悪だったわけですが・・・。そのおじさんが、海で溺死・・・と聞いたとき私と姉は、「なわとびだけじゃなくて、泳ぎもできやんだんかぁ!!!!」と怒りにも似た悲しみを口に出しました。その 悲しみと悔しさは、今でも心にありますが、同時に、告別式での人々の様子に、また、我が家の喪失感の強さに、なんだか彼の生き様に「あっぱれ」をあげたいそんな気持ちを今はもっています。

それは、私なりの解釈ですが、彼は自分の人生を、そして、それを取り巻く人々を大切に、精一杯愛して「生かされている」間、生き抜いた方のように思えるからです。そして、私たちも「生かされている」ことを心にとどめておくようにと、彼は死をもって釘をさしてくれたように思います。

告別式の翌日、高校時代の友人と長い時間をかけていろいろな話をしましたが、いつになく思い出話に花が咲き、その中でも学生時代には気づかなかった周囲の年長者から与えられた恩恵をいつになく感謝できる自分に・・・気がつきました。

そして、自分の生徒たちには、今いやなことも、過ぎ去ればよい思い出になること、また、厳しいことを言う人々の声に少し耳を傾けてみると、将来の自分が少し変わって、前に広がる道の険しさが、少しずつ和らいでいくことを伝えたいなと改めて思いました。自分が嫌いな人や嫌いなことの中にも、自らを導いてくれる道標が、存在していること忘れないでほしいと思います。

大切な人の冥福を祈りながら・・・てらこや新聞・第50号の記念号に寄せて・・・2009年5月5日

(Y.K)
by terakoya21 | 2009-06-28 21:14 | あとがき

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