あとがき (てらこや新聞43号 亀井先生のコーナーより)

私は、28歳になるまで両親に口ごたえをすることはなく、高校を卒業するまで、多くの場合 両親と丁寧語を使って話をしていました。そして、今でも、彼らは畏敬の念を抱く存在です。それ でも、幼い頃から両親といろいろな話をしてきました。その関係は現在も続いています。そして、父の仕事を継いでみて、気がついたことがあります。私は、生活面ではリベラルかもしれないけれど、仕事や人間関係においてかなりの保守派で、父は、逆であるということ。おそらく、私の性格と生活は、母の影響が濃いのでしょうが、時代の流れというものも大きく影響しているのでしょう。

そんな保守派の私と、リベラルな父との考えが違う代表的なことが、子どもたちにとっての障害物への対応です。父は、なるべく前もって大人が取り去っておくことを主張しますが、私は、できる限りその障害をそのままにしておくべきだと思います。なぜかと言えば、私は、大人の目が届く範囲、そして、助けられる範囲内で、いろいろな悩みや困難にぶつかり、それを乗りこえる術を子どもたちに教えていくことこそが私たちの役目だと思うからです。そして、同時に、父のようなリベラルな存在と、私のような保守的な存在が、両方あって、子どもたちは自分にあった困難の克服方法を見つけていくのだと思います。しかし、今は、リベラルな考え方の人が大半を占め、子どもたちは自分たちの前に立ちはだかる障害物は、誰かが取り去ってくれるもの、または、何でも消し去ってしまえるものだとも感じているように思います。そして、その子どもたちの生きる力が弱くなっているように感じます。

人生における障害は、ほとんどの場合、その本人が乗り越えない限り、誰が取り去ろうと努力しても、消えていくものでは決してないと私は思います。今、消えたように見えても、少しずつ後回しにしているだけで、いつか必ず本人が乗りこえるべきときがやってくるのです。

私は、生まれたときから、英語の先生の娘でした。そして、母は、かつて数学の先生をしていました。勉強はできて当たり前。また、人前ではおとなしく優しそうに見える小柄な姉と、声が大きく、大柄な私は必ず比べられて育ってきました。そのおかげで私は、勉強が好きになりました。そして、優しそうで小柄な姉が放つ、きつい言葉と、強そうで大柄な私が口にする優しい言葉は、同じぐらい人の心に響くことを知っています。

また、私は女性です。男女平等が叫ばれ、女性の社会進出の機会が増え、昔に比べいろいろなことが女性にとって実現可能となっています。しかし、だからと言って私が、女性でなくなるわけではありません。そして、男性が、子どもを産めるようになることもありません。私は女性であり、自分の願う仕事を精一杯すると同時に、子どもを産むという男性にはないすばらしい選択肢を犠牲にしているのだという現実をいつも胸に留めて生活をしています。そして、この選択肢を犠牲にしているという痛みは、私が納得し、乗り越えない限り、両親にも、フェミニストの活動家の方々にも取り除いてもらえるものではないのです。リベラルな現代の大人たちは、子どもたちを取り巻く人々に、人と比べてはいけないだとか、女の子だから、男の子だからという表現は使ってはいけないなどと言いますが、親が教師であることも、女性であることも、姉たちよりも背が高いことも、誰かが比べたり、言ったりしなく とも私にとっては現実です。そして、そのことをもし、他人が比べたり、言ったりしなかったとしても・・・私がそんな自分に誇りを持てなければ、痛みは続いていくのです。私は、自分の選択にこの痛みがついてくることを知った上で、今の自分があることを受け入れ、その痛みを克服しているのです。

誰の人生にも、多かれ少なかれ、同じような悩みや困難があるのだと思います。それを社会や人のせいにすること、他人に何かをしてほしいと求めることはたやすいかもしれません。しかし、それは、根本の解決にはならないのです。最近起こる、いろいろな事件や事故、政治の混乱に・・・皆、困難や、障害から逃げたり、不平を言ったりすることに慣れすぎ、また、目の前の障害を今だけ取り除こうと、もしくは消してしまおうと、自分や他人の大切な命や生活を傷つけているように見え、悲しくなります。

この文化を子どもたちには、絶対に伝えてはならないと私は思います。自分の置かれた状況を受け入れること、そして少しずつ目の前の困難に立ち向かうこと・・・少し休んでもいいし、ときには助けを求めてもいい・・・それでも、いつかは自分が乗りこえるべきものが人生には多くあることを・・・厳しく、でも優しく伝えていけたらと・・・毎日、テレビをつけるたび、新聞を読むたび、生徒と話すたび・・・思いを強くしています。

このところ、毎晩、ジョニーに足の錘になってもらい、腹筋運動をしながら、今日会った生徒の顔を思い出し・・・反省し、明日への思いを新たにし、秋の夜長を過ごしています。

さて、やはり最後になってしまいましたが、今回も連載の皆さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。そして、読者の皆さん、読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋と言いますが、食べすぎ、張り切りすぎには気をつけて・・・気候の良さを利用して、いろいろなことにチャレンジしてみて下さい。

(Y.K)
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by terakoya21 | 2008-11-23 20:43 | あとがき

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