市民による、市民のための、演劇
上越市周辺を、「くびき」「くびき野」と呼び、「久比岐」「頸城」などと書きます。地名の由来を調べる(新潟県地名辞典―ネット調べ)と、古く『古事記』に「夷(ひだ)守(もり)が防御した土地……クヒキ(杭柵)……杭を立てて防御策を置いたところ」と出ていました。新潟市にある「沼垂(ぬったり)の柵(さく)」と同様、「くびき」も大和政権と北方の人々との領地争いの最前線だったのでしょうか。ちょっと古代のロマンを感じます。
3月13・14日の二日にわたって、上越文化会館30周年記念のイベントがありました。市民参加型創作音楽劇「くびき野の歌」です。二日間で延べ1400人の観客を動員して、成功裏に終わりました。
私も14日の上演をみましたが、こんな小都市で、こんな大それたことができるのだと、驚きました。地元紙「上越タイムス」の見出しでも、「大舞台に感動の拍手・市民の力結集」と、この劇の出来映えをたたえていました。
2009年6月、市の広報での呼びかけから、すべては始まりました。まず、市民から劇に託すキーワードを募集し、それをもとに杉みき子さんがシナリオを創作しました。そして、出演者(劇あるいは合唱)のオーディションが、9月5日と6日両日にわたって行われました。もちろん、市民からの公募です。
10月中旬、出演者と舞台スタッフ約50人が集って、初顔合わせがありました。その後、週2回、計40日間の練習予定が組まれました。
シナリオの作者・杉みき子さんは、上越在住の児童文学作家で、小学校の教科書にも採用される「わらぐつの中の神様」の作者です。自称「雪大好き人間」であり、「くびき野」から離れない人です。市民からのお題?も、杉さんの書きたいことも共通だったのだと思いますが、「雪」・「海」・「朝市(わらぐつ・山菜・山・農作業のイメージが表現できる)」が、盛り込まれたストーリーは、上越に移り住んだ高校生の姉と小学生の弟が、自然や人々との交流から、悩みながらも生きる力を手にするというものです。劇の構成は、一幕「朝市」、二幕「海辺の家」、三幕「雪の家」、フィナーレ「再び朝市」。
この劇は、音楽劇なので、オーケストラピット(客席最前列)に、上越交響楽団が陣取りました。この楽団は、アマチュアの管弦楽団で毎年定期演奏会を行っています。
演奏する曲は、市内にある上越教育大学(上教大)の阿部亮太郎先生が作曲しました。すべて、オリジナルです。また、音楽には、杉さんの作詞した「歌詞」(13曲)もありますから、特設合唱団もできました。合唱指導は、やはり上教大の上野正人先生であり、オーケストラの指揮もまた、上教大の長谷川正規先生でした。すべてオリジナルの曲作りは、難産をきわめたようです。
この物語は、「東京」から引っ越してきた少女が主人公です。「上越」と「東京」を比べると、かなり上越は不利です。物質的にも利便性においても、ぜったい、東京にはかないません。天候面でも、上越は年間を通して湿潤な気候、そして、秋から冬の天候は最悪で、時雨や霰(あられ)、雷、雪。「雪」が降ると、大変ですが、しかし雪には不思議な魅力があります。「雪」自体、とてもドラマチックです。一晩で、昨日まで見慣れた風景が変わります。雪をかぶると屋根も田んぼも別の表情を見せます。道路に雪の壁ができます。そして、雪が解ければ、また元の風景に戻ります。東京と上越を比較すれば、やっぱり不利なことが多いです。それにもかかわらず、この台本は、東京と比較することで、「上越」の良さを引き出したように思います。一極集中の価値観を見直すことも必要かなと、考えさせられました。
この創作劇は、市民参加型で、出演者もスタッフもほとんどが市民です。ただ、振り付け、美術、照明、音響は、東京から専門家の指導・助力を得ました。そのほか、市民プロデューサー(11人)は、渉外係として寄付金集めや広報などを担当した人もいました。かくして、市民による、市民のための創作劇はできあがったのです。
舞台のフィナーレに、次のような歌で、大団円へと導かれました。
冬にふるふる ふる雪が / 春は のこらず花になり / 町を野山を埋めつくす
/ 雪国の春は 春は / だからこんなに美しい
冬にふるふる ふる雪が / 夏は のこらず花になり / 広いお濠を埋めつくす
/ 雪国の夏は 夏は / だからこんなに美しい