カテゴリ:あとがき( 112 )

あとがき (てらこや新聞141-142号 より)

「てらこや新聞」141-142号の発行です。合併号ですが、新春特大号とは言えない量になってしまいました。まずは、忘れず原稿を送ってくださる連載のみなさんに感謝いたします。ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

さて、「てらこや新聞」は、文章を書くことがこれほど苦痛になる時が来るとは、思ってもいなかった12年ほど前、中学生、高校生の親御さんに読んでいただき、家庭での会話のネタに 少しでも上がればと願って、28歳で「寺子屋かめい」を設立し、33歳になって5周年を迎えた節目の年に、スタッフの協力を得て、発行し始めました。

今から考えれば若かった私は、溢れんばかりの理想と哲学に燃えていたように思います。

それから12年、仕事への思いが変わったわけではありません。そして、子どもたちを取り巻く環境が改善されたわけではありません。むしろ、彼らを取り巻く現状は過酷になっているようにさえ見えます。

ただ、40代半ばになった私には、現状を取り巻く環境と人々の言動に、自らの経験が加わり、迷い、戸惑うことが多すぎるのです。

Give a man a fish andyou feed him for a day. Show him how tocatch fish and you feed him for a life time.

―ある人に魚を与えたら、その日の彼のお腹を満たすことができるかもしれない。彼に、魚の取り方を教えたら、一生彼はお腹を空かせることがないだろう。

老子の言葉だといわれる言葉です。

教育は、彼らが社会で生きる術となりうることを教えること―でも、世の中は、その場しのぎを与えることに必死になっているように見える―

そう感じる度に迷うのです。その場しのぎの楽さに慣れている子どもたちにただ苦しみを与えているのではないかと・・・。

そんな迷いに出会うたび、卒業生が現れます。その苦しみは将来の「楽」を保証するものであることを信じて、今、嫌われることは、あとで憎まれることよりずっと良いことを思い出させてくれるのです。

まさに「継続は力」です。そして、教育は百年の計―

子どもたちは私たちの鏡、そして宝であること忘れず、今年も精進したいと思います。   
皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。

(Y.K)


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by terakoya21 | 2017-03-14 10:06 | あとがき

あとがき (てらこや新聞140号より)

*「てらこや新聞」140号は2016年11月15日に発行されました。

「てらこや新聞」140号の発行です。今年も残すところあと1か月半です。

私は12月生まれなので、私の中では1年が半月ほど早く終わります。そして、また、18年前の10月15日にアメリカから帰国したため、1年の反省を、例年10月半ばから始めますが…今年は、反省などしている気力もないまま、ただせわしなく過ごしていました。

が、11月末に、スピーチをするように頼まれ、「英語」や「日本語」について今まで考えていたことを少し整理する機会を与えていただきました。

今年度から、中学生以上の入塾受け入れに 制限を設けさせていただいています。

季節講習からの入塾か

在塾生もしくは卒業生の紹介による入塾以外の入塾を原則としてお断りする

というものです。そして、先日、2018年度から全面的に、高校生クラスは中学生のときから通ってくれている生徒のためのクラス以外の外部からの受け入れを停止することを正式に決めました。
いろいろ理由はありますが、主な理由は社会の英語への勘違いと私の考える塾の存在価値のための闘いをこれからも続けていこうと決めたからです。

私の日々感じている英語への勘違いと私の考える塾の存在価値については、これからの紙面で少しずつ詳しく話していくことにしますが・・・・ 「変革」の初年度の8か月ほどを過ごして、いろいろ見えてきたことがあります。

今、本気で努力をしなければ、後悔をすることになると今まで以上に感じています。

今年、ノーベル医学生理学賞を受賞されることが決まった大隈氏が、「役に立つ」という言葉が社会を駄目にするとおっしゃっていましたが…今、子どもたちは、「これを勉強する意義」や「役に立つかどうか」を何かを学習する前に、問うようになっています。

学校での勉強を含めて、幼いころや若い時の勉強のほとんどが、将来役に立つかどうかわからないから、勉強するものです。そして、今、役に立つかどうかわからないから勉強しないと判断することは、人生の多くとも5分の1ほどしか生きていない若者に、できるはずはないのです。

多くの場合、彼らが「役に立たない」とか「しない」と決めるものは、「めんどう」だったり、「したくない」ものなのです。「役に立つ」かどうかを考えるのではく、目の前のものを「役に立たせる」方法を考えられる 若者を育てていけるように努力を重ねたいと思っています。

これからもどうぞご理解とご協力をお願いいたします。
今月も最後になりましたが、連載の皆さん、いつも原稿をありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2017-01-03 08:30 | あとがき

あとがき (てらこや新聞138-139号より)

*「てらこや新聞」138-139号は2016年10月15日に発行されました。

「てらこや新聞」138-139号の発行です。 10月に入り、2学期の定期試験リレーが始まっています。

以前、数学の乗法公式や因数分解の範囲のテストを受けた後、娘さんたちが、

「お母さん、あの公式覚えていかな、あかんだんやって」

とお母さまに報告をして、お母さまは唖然…その報告をお母さまから聞いた私は、茫然(笑)…

幸い(?)彼女たちは、寺子屋の「英語講座」だけの受講生(笑)でも、彼女たちの英語の成績が伸びない理由が分かった気がしました。

「言われたこと」しかできない生徒が増えています。

…乗法公式を「覚えなさい」とあえて言われないけれど、公式というのは覚えるもの…という私たちの常識はもはや常識ではないのかもしれません。そして、「覚えなさい」と言われたとしたら、それはしっかりと覚えるけれど、「覚えるのみ」…それをどこに使うのか、使ったときの便利さに気付くことがない・・・という傾向が子どもたちの言動に顕著に出てきています。

子どもたちの公式を覚えるということとの最初の出会いは、「九九」といえるかもしれませんが、もうだいぶ前から、「九九」は覚えているけれど、使えない生徒がいます。

「ニイチガニ、ニニンガシ、ニサンガロク、…ニクジュウハチ」までいえるけれど…

2×9 =

の答えが出てこない・・・。でも、ニク? と読みあげると「あ、ジュウハチ」と言える―嘘のような本当のお話しです。

英語の13から19のスペルをするとき、13と15以外は、4,6,7,8,9にteenを付けるだけだよ…と言うと、「それ、はよ言ってよ、先生」と文句を言われる…最近始まったことではありません。

「言われたこと」しかできない生徒が増えています。

と、言っても、「言われたこと」が完璧にできるわけでもなく、成績が振るわない、そして、「先生がこう言ったのに」、「こんな問題出るなんて知らんだ」なんていう苦情が飛び出すのです。また、ほぼ完璧にできたとしても、学校のテストではそれなりの点数がとれるけれど、実力テストになると安定感がない…。

学習における工夫は、自分でするべきものです。「言われたこと」をしていても、成績が自分の努力に見合っていないのであれば、努力の仕方に問題があるのかもしれない―そう考えて別の見方ができるかどうかが、学校の成績に必ずしも反映しないかもしれないけれど、社会でしっかりと自分の足で立っていけるかどうかを左右していきます。

塾は、そういう助言をしながら、子どもたちの工夫の手助けをする場所だと、私は信じています。そして、この秋も、寺子屋の卒業生たちは、社会でしっかりと自分の足で立っていける若者に育っていると感じさせてもらっています。

子どもたちの周囲にいる大人の方々に、お願いです。子どもたちの学力低下は、自分たちの学力低下の鏡です。自分たちがきちんとできていたのであれば、自分たちの周囲の子どもたちは、きっとしっかりとできているはずです。そのことを心に留めながら、子どもたちの言動に心を配ってみてください。そして、批判する前に、彼らとともに、いまできることを考えてみてください。

新たな突破口が見つかるのではないでしょうか。

寺子屋かめいは、来年度を最後に外部からの高校生以上の入塾生の受け入れを停止いたします。もちろん、中学3年生まで通ってくれている生徒へは、ご希望をいただく限り、高校3年生の卒業まで対応させていただきます。じっくりと子どもたち1人1人と向き合って、彼らの選択肢を増やせる塾であるための決断ですので、どうぞご理解とご協力をお願いいたします。

さて、最後になりましたが、連載のみなさん、今月も原稿をありがとうございます。遅れがちの送付、また、こちらのスケジュールによる合併号の増加などご迷惑をおかけいたしますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

今月号は、卒業生のY君のコーナーが久しぶりに登場。これからもちょくちょくありそうな、予感がします❤ Y君、これからも どうぞよろしくお願いします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-12-05 14:54 | あとがき

あとがき (てらこや新聞137号より)

*てらこや新聞137号は、2016年8月20日に発行されました。

「てらこや新聞」137号の発行です。今回は、久々に小野君から、そして、川戸さんからの2か月連続で原稿をいただきました。お二人から、物事の見方を変えてみると、新しく見えてくるものがあることを、改めて教えてもらったように思います。ありがとうございます。そして、相変わらず、発送が遅れがちなために特に連載の方々にはご迷惑をおかけしていますが、みなさん、今月もご協力をありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

さて、夏休みが終わりつつあります。もともと、大人にはあまりうれしくない夏休み、子どもたちにとってもこのところ年齢が上になればなるほど、「嬉しさ」の少ない夏休みとなりつつあるようで・・・気の毒に思うことがあります。

一方で、「休む」となったら、ダラダラと、またするべきことまで忘れて過ごす―休みになると「うっかり」の欠席が、予想をはるかにこえてあることに、ときどき首を傾げます。

「メリハリのある生活を」だとか、「規則正しい生活を」などという目標は、すでに「今は昔・・・」になってしまったのでしょうか。

生活の乱れ―

それは、子どもたちの学習の態度にも表れています。寺子屋は基本的に、複数人クラスでの授業―それに頻繁に堂々と遅刻する―。また、ほかの人が自分を待っていてくれるのに、集中して問題に取り組めない―。

学習の要は、「学習の姿勢」「態度」です。そして、その基本は普段の生活にあります。

朝起きる時間がいつかわからない。寝る時間を決めていない―生活のリズムが整っていないことは、学力に大きく影響を及ぼします。少々、ギリギリに起きて、慌てて学校へ行く生徒であってもかまいません。自分がどれくらいで学校や駅までたどり着くのか、何時までに学校や駅まで行きたいのかがわかっていて、逆算して自分で調節ができるなら、それは大きな問題ではありません。

が、中学生になっても、高校生になっても自分で起きることができず、自分だけのための課題やしなければならないことで、人を振り回し、また、人を巻き込むようなスケジュール変更を頻繁にしなければならない生活をしているなら、それは、「学力」に必ず現れているはずです。
今年の夏休みは、そんなことを例年以上に考え、実感する夏休みでした。

9月―学校の再開とともに、自分の習性や得手不得手を見つめなおして、自分たちのペースをつかむ努力をしてほしいと願っています。

私たちも、しっかりと夏休みの疲れを癒し、ペースを再確認したいと思っています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-10-03 08:30 | あとがき

あとがき (てらこや新聞136号 より)

*「てらこや新聞」136号は、2016年7月15日に発行されています。

「てらこや新聞」136号の発行です。発送が遅れがちなために特に連載の方々にはご迷惑をおかけしていますが、今月もご協力をありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

先日、英語の教科書に「かわいそうなぞう」の英訳が出ていて、それを訳しながら、「泣けるわ」と言う中学3年生と少し話をしました。

「かわいそうなぞう」は、私たちの時代には小学校の国語の教科書に出ていて、中学3年生がこの話を初めて読むことに時代の移り変わりを感じながら・・・生徒の

「先生は、国語の教科書でこれを読んだとき、どう思った?泣けたやろ?」

という質問に、今も当時もひねくれ者である私は、面食らいました。「かわいそっ」くらいには思ったものの、「泣く」ほど感動した覚えはないのです。それを正直に伝えると、彼女は、「え、先生、冷たい!」との反応だったので・・・少し「国語」や「英語」、「社会」などの授業の在り方への私の幼いころからの反発と、大人になって私たちが感じることについて、私の思い出を交えて話をしてみました。

今、英語の教科書が年々面白くなくなっています。それが、おそらく、生徒たちの英語力低下にも影響を与えていると思うのですが・・・その面白くなくなっている原因の1つが国語の教科書と同様「道徳」の教科書のようになっていて、それに疑問を持たない大人たちが教えているからだと思うのです。そして、私が、ずっと国語の授業に感じていた違和感が英語を教えながらよみがえるのです。

もう1つの原因としては、英語の教科書で、取り上げる必要を感じない話題が増えているのもありますが・・・。「ハヤブサ」や「イチロー」、「福沢諭吉」や「若田光一」・・・日本語でしっかり読んでほしいという内容が増えている上に、これらのお話しの締めは、『決してあきらめるな』だとか『自分たちは宇宙船地球号の1員だ』とか・・・子どもたちが文章を読んで自分たちで読みとるべきことまで訳すべき英文になって入っているのです。

「かわいそうなぞう」を読んで、小学生だったときには、おそらく「人間の都合で殺される『ぞう』がかわいそう」であることに心を奪われ、でも、今もう一度読んでみると「大切にしてきた象を殺すように命じられ実行する飼育員の心の痛み」に思いをはせる―

人はそれぞれ、その立場、経験、その時の事情により、感じるものをかえていき、「先生」や「教科書の編者」、そして、「著者」の意図を読み取ることの意味が、私には幼いころから理解できず、とても冷めた子どもでした。「かわいそう」って言えばいいんでしょ?くらいの気持ちで、国語の教科書を読み、テストになるとその反発をときどき解答に出して、先生に呼び出されたり、注意されたりする・・・。さすがに、大学受験のときにはその反発はしばし抑えて、受験に臨み、とりあえずそれなりの成績を修め、志望校に合格していますが・・・このところ、その授業や教科書の在り方、そしてそれに疑問を持たずにきた大人たちの言動が、子どもたちの生活を息苦しくしているように感じることが増えてきました。

そこで、ときどき、時間を見つけて、子どもたちに話をします。

人と違う意見を持っても良いこと。
多数がしていること、同じものを好む人が多いことが「正しい」とは限らないこと。
みんなが好きなことが、苦手だったり、嫌いだったりしてもかまわないこと。
「みんな」と同じことをしなくても人生は切り拓けること。

「でもさ・・・」と思わず言いたくなるような考えを持っていることは大切であること。

「みんな」は、本当は「みんな」ではないこと。

英語は、外国語です。日本語とはかなり構造の違う言葉です。その構造の違いは、文化、思想の違いをも表します。その「外国語」を学ぶ環境には、「違い」を大切にすること、「相手」を尊重する心が必要です。

「正しさ」も世界各地で大きく違うのです。

そんなことが伝わっていればいいな・・・とできる限り時間を見つけて、いろいろな意見交換をしていきたいと考えています。

聞いてくれる子どもたちに感謝しながら・・・。

さぁ、夏休み―――余裕を作るお休みにしたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-08-31 09:53 | あとがき

あとがき (てらこや新聞135号より)

*てらこや新聞135号は、2016年6月15日に発行されました。

「てらこや新聞」135号の発行です。6月半ば、あと1か月もすれば夏休みがやってきます。毎年、この頃になると「読書感想文」のための課題図書を読み始めるのですが、今年は、なかなか読むに至っていません。

今年は、受け入れ態勢を変更したせいか、4月から6月前半までの入塾生が、例年と比べて若干増えています。同時に、寺子屋かめいの今までのあり方と、これからを考える機会を例年以上に与えられています。

子どもたちの学力低下が言われて久しいですが、この16年と少し子どもたちと毎日過ごしながら、子どもたちの「学力低下」の度合いは、大人たちの「学力」への勘違いの度合いと比例しているように思えます。

学力―学ぶ力は、学校の勉強や成績だけでは測れません。

日頃の経験が足らなくて、勉強を紙の上、机の上だけでしようとして躓く生徒たちが多くいます。

寺子屋かめいは「英語塾」です。英語はことばです。だから、特に机の上、紙の上で学んだことだけでの上達には限界があります。人と人が交流する道具であることばは、日本語でも英語でも、その言葉と単語の理解だけでは習得できないのです。

Wisdom is the daughter of experience.

「知恵は、経験の娘である」とレオナルド・ダ・ヴィンチが言っていますが、知識を得たところで、それを理解し、運用していく能力がないと生活や将来には役立っていきません。その能力は、日常生活における知恵を得る力です。「学び」は学校や、塾、机の前だけで行われるものではないことを、大人たちがもう一度確認し、子どもたちと向き合う姿勢が大切だと改めて感じています。

最後になりましたが、連載の皆さん、今月もありがとうございました。これからもどうぞよろしく お願いいたします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-08-04 08:00 | あとがき

あとがき (てらこや新聞134号より)

*「てらこや新聞」134号は、2016年5月15日に発行されました。

「てらこや新聞」134号の発行です。5月―ゴールデンウィークも終わり、ここから7月の第2週目くらいまで定期試験リレーが続きます。その後は・・・夏期講習の日々・・・あまり、先へ先へと考えないことにしましょう(笑)

昨年の終わりから、私は、40代半ばに差し掛かり、人生初の若干厳しいアイデンティティーの危機に入り込んでいるようなところがありますが、これも「人に何かを教える」という仕事をしていると、いろいろな気づきと自らを省みる機会を人一倍与えられるからなのかもしれません。

私は、この仕事をする前に、少しだけ事務仕事をしていました。そのとき出会った方に言われた言葉が、今でも自分が何かのスランプに入り込んだときの指標となっています。世の中には、いろいろな見方があること、そして、受け止め方も人それぞれであること、また、そのときは憤り、何が起こったのか、起こっているのかわからないことも、時が経てば、感謝するものになったり、状況をはっきりと把握できるようになったりすること、そんなことをたった1人のたった一言に、教えられました。
そして、今も多くの出会う人々1人1人の一言一言に、喜んだり、憤ったり、凹んだりしながら、じっくりと吟味する姿勢を忘れずにいたいと思います。

新年度が始まって 2ヶ月が経とうとしています。その間に、いろいろな出会いと再会があり、同時に、卒業生からの就職内定の吉報もいくつか届いています。

これから社会に出て、荒波に立ち向かう青年たちの未来が、険しく大変なものであっても、1つ1つの出会いを大切に、大いに悩みながら、自らの道を切り拓いていってくれることを願っています。

そして、スランプ気味の私たち、これからも大いに悩みながらも、できるだけ楽しく、次なるステップに向けて、邁進したいと思っています(^^)/ どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、連載の皆さん、今月もありがとうございました。これからもどうぞ よろしくお願いいたします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-06-30 10:14 | あとがき

あとがき (てらこや新聞132-133号より)

*てらこや新聞132-133号は、2016年4月15日に発行されました。

「てらこや新聞」132-133号、合併号の発行です。

連載の皆さん、今月もありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。今回は、合併号ということで、海住さんには、番外編まで書いていただきました!ありがとうございます。

4月、新しい学年度が始まりました。

寺子屋かめいは、入塾受け入れ態勢を変更して、営業時間も若干の変更をしました。

世の中にある、塾へのおかしな期待や、教育の歪みをなんとか、自分たちのできる方法で変えていきたい!なんて大それたことを心に秘めて・・・一方では、自分たちの生活を少し見直す機会にしたいと考えています。

自分で自分の時間を計画する―そのことの大切さを子どもたちに伝えたい―
自分の道は自分で切り拓く―それしか道は拓かないことを子どもたちにはわかってほしい―。

三重県は、学力の低い県として最近、地元では注目されていますが、もともと通塾率は高いのに、大学進学率は低いというちょっと不思議な傾向を持つ県です。この仕事を始めた直後にそのことを知り、父が、塾を閉じると言い出した理由の1つに「塾への期待」の歪みを挙げていたことを実感しました。

学校をないがしろにして、塾は存在しえない。だから、寺子屋は、学校の授業を基本、そのうえで、中学英語と高校英語のギャップを埋めることや、英語に関して、進学に必要な知識、進学後に必要な知識の構築に向かって授業が進みます。それは、父から私が見よう見まねで教えられた授業の形です。そして、それに私は、自分がアメリカに住んでいた経験と自分のこれまでに培った経験と人脈などから学んだことの中で、現代っ子たちに必要な要素を少しずつその子に合わせて付け加えていきます。

多くの方が勘違いしていますが、英語力って、日本語をつかって当たり前のことができる力+少しの英語の知識があればあとは、自分で培っていけるのです。

だから、本当は、中学3年生で寺子屋卒業!!!でもなんとかなっていくはずのカリキュラムを組んでいます。高校生たちには、ペースメーカーとしての塾として、子どもたち次第の形で授業を進めていっています。

生徒によっては、「安心するため」にきてくれているそうです。

だから、寺子屋の授業料は、学校の内容に対応するために授業時間が長くなるから、高校生の授業料が一番高いのですが・・・時間で割ると時間の料金は1番安く設定してあるのです。そして、今年度から中学生以上の入塾は、紹介か季節講習からという条件を付けました。

このところ、就職のためにも塾に通う生徒がいると聞きます。若者がきちんと自分の力で考えて、自分の足で立つことを促すのが教育の目標だというのに・・・ときどきやるせなさが募りますが、そのときどきに現れる卒業生たちに、もう少し、もう少しだけ努力を続けてみようと力を与えられています。

少なくとも、寺子屋の卒業生が自分たちの足で立ち、自分たちの力で考え、頼る身近な人がいて、語る友人がいて、苦しいことも乗り越えていける力を持っていることが、私の原動力です。

今年度も、こんな調子ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-05-23 15:45 | あとがき

あとがき (てらこや新聞131号より)

*「てらこや新聞」131号は、2016年2月15日に発行されました。

「てらこや新聞」131号、2016年2回目の発行です。
連載の皆さん、今月もありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2月は、塾にとって、出会いの季節と別れの季節の始まりです。大学入試、高校入試がどんどんと前倒しで行われるようになり、進路が決まると、卒業する生徒たちがいて、その一方で、進路が決まり、入学してくる生徒たちがいます。

長年通ってくれた生徒たちの成長に、信じて待つことの大切さを教えられ、そして、新しく出会った若者たちの言動に、新しい気付きを与えられます。同時に多くの課題が、私たちの前に現れてきます。

40歳になってから、生徒たちとのジェネレーションギャップに悩むことが増えました。また、このジェネレーションギャップが、必要以上に広いと感じるとき、親御さんが、私と同世代である40代~50代の方が多いのです。そして、思うことがあります。多くの大人が、「大人」になることから逃げているのではないかと。子どもたちとともに、学びながら大人になることを、大人たちが辞めてしまうことが、子どもたちを苦しめているのではないかと―。

Teaching is Learning. 教えることは学ぶこと―

父が、私に言い続けていた言葉です。

16年間、この言葉がどんどんと心に沁みて 感じられていきます。今年も3月6日に始まる寺子屋の新しい1年の挑戦に、1つ1つのことに大切に取り組みながら、多くのことを学びとれる ように、心して臨みたいと思っています。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-04-29 10:07 | あとがき

あとがき (てらこや新聞130号より)

*「てらこや新聞」130号は、2016年1月20日に発行されたものです。

「てらこや新聞」130号、2016年1月号―2016年、最初の発行となりました。新年も始まって20日が経ちました。

連載の皆さん、今月もありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

昨年の3月6日に15周年を迎え、16年目は、「準備期間」、「充電期間」として過ごしていましたが、16周年の記念日まであと1ヵ月半ほど、次のステップへのスタートをしっかり切れるようにラストスパート(?)中です。

次の15年のテーマは「繋ぎ、伝える」にしたいと思っています。

この15年あまりの間、ただただ、目の前にあることで、私のできることをするのに一生懸命で、振り返ること、そして、次なる目標を考えることが少なかったように思います。そして、昨年の10月、私の25年を迎えた「英語を教える」仕事の集大成のように集まってくれた教え子たちの姿に、「続ける」ことよりも「繋ぎ、伝える」ことの大切さを教えられました。

父が、1991年に「宣言」した「かめい英語教室」を閉じる理由は

1. 塾の存在への疑問
2. お子さまをお預かりすることへの不安
3. 高齢 など

でした。中で、父は、「塾の存在」により失われていくものを危惧していました。

そして、2000年、私が「寺子屋かめい」として「かめい英語教室」を再開させたいと願ったとき、猛反対をしました。そんな父も10年ほど経ったころ、ようやく私のしようとしていることの意味を理解し、再開させたことにお礼を言ってくれるようになりました。そして、寺子屋かめい13年目の秋、「ありがとう」と母と私に告げて亡くなりました。

この15年あまり、私は父がしてきたことを私が「続けること」に懸命にこだわり、父と父のしてきたことへの思いを受けとり、ぶつけることに必死だったように思います。

今、人間関係が希薄になり、教育にも、政治にも、生活にも「未来」への展望が抜け落ち、様々なことが刹那的になっているように思います。子どもたちの学習の仕方にその「刹那的」であることの弊害がどんどんと見え、またそれが「学び」への誤解と軽視を生みだしているように感じることが増えています。

一方で、寺子屋の卒業生たちが、いろいろな経験をしながら、また、様々な出会いを大切に地道に成長していく姿を、昨年はまとめて見せてもらいました。そして、在塾生への心遣いを見せてくれる生徒がたくさんいて、そのことが在塾生の「成長すること」への意欲につながっていると感じることが増えています。

そのために、2016年4月より、生徒たちの受け入れ態勢を変えます。その上で、今まで 「続けて」きたことを、次の15年に向けて「繋ぎ、伝える」ことに少しずつ重心を移していきたいと思っています。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(Y.K)

*受け入れ態勢の変更は「寺子屋の目標 ①」へ・・・
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by terakoya21 | 2016-02-20 15:28 | あとがき

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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