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寺子屋の日々~Days in Terakoya~(てらこや新聞143-144号 亀井のコーナーより)

~ Before Learning English…

~ 英語を学ぶ前に ~

昨年11月と今年の3月に「作文発表会」に招待していただき、そこで、「英語より前に日本語を」というテーマでミニ講演をさせていただいた。

寺子屋は36日に17周年を迎え、18年目に入ったけれど、私は相変わらず英語への過度の 期待と憧れと闘い続けている。そして、講演の機会に原稿を書き、講演への反応を聞いて気が付いたことがある―。

このままでは本当に英語嫌いが増え続ける。  そして、日本語もまともに操れない子どもたちがたくさんできる。そうしないために…

「英語は、道具である」「英語を学ぶのにはわけがある」ことを、大人はきちんと説明してほしい。

私は、父に「英語は道具だ。英語習得は最終目標ではない」と言われ続け、だから、「英語の先生になるなら、英語以外の言葉を1つ以上学ぶこと、 そして教育学部には行くな」と言われていた。

だから、英語習得は通過点、私の英語学習の目標は英語習得ではなく、アメリカに行き、青い目の金髪のイケメンに出会うことであったり、NBA選手と出会うことであったりというおばかさんの夢から「コミュニティ センターのような塾経営」というちょっと変わった夢まで続いていくことになる。

一方で、英語は、日本語と同じく、世界中に何千とある言語の1つでしかないこと、大人はきちんと認識してほしい。

英語はできたら有利、できなければそれまでであること、きちんと子どもたちに伝えてほしい。

そのうえで、英語を義務教育で教えている理由をゆっくりと子どもたちとともに考え、話し合ってほしい。

私たちにとって、特別な言葉は、日本語だけ。 けれど、英語ができると有利なのはなぜか。それを教えられて学ぶのと、それを知らずにただ、漠然と必要だから言われるままに学ぶのでは、壁にぶつかったときに子どもたちが出せる力が違う。

英語は、もともとどこで話されていた言葉で、今は、どこで、どのように話されているのか、そして、なぜ、義務教育で英語を学ぶことが必要になったのか…。

言葉は、文化とともにあり、その文化をある程度理解しないと「使う」ことはできない。

昨年のサミットのために三重県に足しげく通っていた外交官の友人が、伊勢神宮を各国から来る人びとに伝える言葉を、知恵を出し合って考えているというような話をしていたけれど・・・英語を知っているだけでは、何にでも、どんなときでも英語が自由自在に使えるわけではなく、相手に伝えるべきことを吟味し、言葉を選び、使うことができるためには、幅広い知識と経験が必要である。英語への知識とともに、それがあってこそ、「英語を使うことができる」という―

日本の文化や社会を外国語で伝えることの難しさは、同じように、外国語の文化や社会を私たちが知ることの難しさをも伝えていると思う。そして、外国語を学ぶことは、その文化や社会を知る窓口であることを忘れないでほしいと思う。

Y.K



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by terakoya21 | 2017-05-02 08:30 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々~Days in Terakoya~ (てらこや新聞141-142号 亀井のコーナーより)

~ The real voyage of discovery…?~

~ 真の発見は…? ~

“The real voyage of discovery consists notin seeking new landscape, but in having new eyes.”
 (本当の発見は、新しいものをさがすことにあるのではなく、新しい視点を持つことの中にある)(マルセル・プルースト)

このところ、テレビでニュースを見なくなった。まったく見ないわけではないけれど、世の中の理論や理屈を聞いていると、希望を失いそうになるからである。

人の話を聞いて、「へぇ~」と感心した後、「果たして本当にそうだろうか」と考える姿勢を私はいつも持っていたいと思う。私は、大概、心を揺さぶる意見に出くわすと一晩以上考える。

でもさ、、

やっぱりさ、、

だからさ、、、

なんて自問自答をして、結局、人の言っていた説に納得することもあれば、そうでないこともある。

世の中、いろいろな人がいて、いろいろな意見がある―そして、「正しさ」も何を基準にするかによって違ってくる。

アメリカに住んでいたころ、アラブ系の友人が多かった私は、約束の時間に現れない友人にいつの間にか慣れていた。―だからと言って、自分が遅刻することはあまりなく、今でも5分前行動を心がけている―最初はもちろんびっくりしたけれど、4時間でも待たされたときのために、待ち合わせ場所を工夫したり、時間のないときは先に伝えておいたりして・・・。

そして、私は、世の中にはいろいろな人がいる、そしていろいろな意見がある―というセリフは、寛容な心を持った人々の言葉だと思っていた。

けれど、しばらくすると、その言葉―不寛容な人々から発せられることが多いのに気が付いた。 人の意見を受け入れず、自分の意見を通すための言葉になっているのではないだろうか。

このところ、いろいろなところで様々な人の言葉を聞くたびに、生徒たちには「正しさ」より「優しさ」を優先できる大人になってほしいと思う。

「優しさ」は多くの場合「正しい」方向へ人を導くけれど、「正しさ」は多くの場合「優しさ」へとはつながっていかないことを忘れない1年にしたいと思っている。

Y.K
*てらこや新聞 141-142号は2017年1月20日に発行されました。


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by terakoya21 | 2017-02-16 13:36 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~ Days in Terakoya ~ (てらこや新聞140号 亀井のコーナーより)

~ What do we expect from them? ~
~ 彼らに何を期待するの? ~

アメリカの大統領選が終わった。大方の予想に反して(といわれているが・・・実は、私の第二の故郷の友人たちの中では、ずっと優勢だった(笑))、トランプ氏が当選して、メディアを沸かしている。

この選挙結果を見て、この夏2人の友人が言っていたことを思い出した。

1つ目は

…何度か、このエッセイでも書いたけれど、私はフェミニストではない。そして、女性として男性社会での出世を目指す気も、目指したこともないので「家でクッキーを焼いている女性」の方には共感できても、社会進出を目指す女性に共感することは少ない。そんな私の

―「女性議員」にはめったなことがない限り、私は投票しない。女性を強調されても、「女性である」という事実以外、私が共有できる憂いも課題も見いだせない。というか、私は彼女らに邪魔をされていると感じることすらあるから…。

というような内容の言葉に対する、大学時代の 友人の言葉。

「でも、彼女たちのような人たちの今までの努力がなければ、今の私たちの仕事の環境はなかった。少しは感謝しなさい」

―確かにそうなのだろうけれど、それでもなお、「家でクッキーを焼いている女性」であった自分の母に、私は現在の自分の多くを作ってもらったことに感謝している。

私は、地に足をつけて生活をしていたい小市民の1人だ。自分の能力も、できる貢献も、自分の物差しで測れる範囲にしたい―。自分を犠牲にしても国を動かしたり、社会のために貢献したりしようとしている人を否定する気もなければ、その人たちに感謝しないわけでもない。けれど、人は上ばかり、外ばかり見ていると、いつしか自分の土台を忘れていくような気がするのだ。

「家でクッキーを焼いている女性」という表現は、ヒラリー・クリントン氏が夫の政界進出の頃、自分はそうでないとして使った表現だ。その言葉に、「家でクッキーを焼いている女性」への蔑視がなかったとしたら、これほどまでに彼女が女性に嫌われることはなかったと思う。

そして―もう1つは、地元の同級生がポロっと 吐露した言葉

「できる女性には、ゆるい人が少なくて、できない私は息苦しく感じることがある」

というもの。それは、いつも私が感じていることと同じだった。

私がこの仕事をする前に、出会った女性に言われたことがある。

「亀井さんは、10年先を見て、今、行動を始められる人。でも、私は明日のことも見えないから、それにはついていけない」と。

当時、27歳と若かった 私は、自分に10年先が見えているかどうかはわからないけれど、そう認めながらの彼女の言いきりに衝撃を受けた。けれど、今、振り返れば、その彼女の気持ちがわかるのだ。そしてまた、その時の衝撃が私の今の仕事を続ける気力を支えている。

“People take different roads seeking fulfillment and happiness.
Just because they’re not on your road doesn’t mean they’ve gotten lost.”

「人はみな、成就や幸福を求めて、それぞれ違う道を歩む。
誰かが人とはちがう道を歩んでいるからといって、彼らが道に迷っているわけではない。」

―ダライ・ラマの言葉だ。この言葉が、心に響く11月。みんな違っていていい。でも、共感できないことを発する自由を皆が持っている。そして、皆が、成就や幸福を求めて生きている。
私の愛する第二の故郷の大統領が、そのことを知っていることを願うばかりである。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-12-12 08:30 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~(てらこや新聞138-139号 亀井のコーナーより)

~ The Leopard Cannot Change His Spots ~
~ 雀百まで踊り忘れず ~


9月の最終日、卒業生からの吉報が届いた。1人は、中学校の英語の先生として、もう1人は、小学校の先生として三重県の教員採用試験に合格したとの知らせ。中学校の英語の先生になる卒業生は、わざわざお顔を見せてくれての報告だった。

彼女は、この春大学を卒業していて、現在2つの中学校で非常勤講師としてすでに教鞭をとっている。そして、少し近況を報告してくれた。その中の彼女の発言でハッとしたことがあった。

今、子どもたちの言葉が乱れているー。彼らの表現力が理解力とともに落ちている―そして、それは私たちー彼らの周囲にいる親、先生を含む大人の言葉の乱れ、表現力、理解力の低下によるものであるに違いない。

テレビやちょっとしたインタビューやスピーチにおいて、いい大人-20代半ばを過ぎた人たち―が 公の場で、自分の親について、「お父さん」、「お母さん」と表現する、一人称を「俺」または、自分の名前で話すのを見て、呆れを通り越してもう笑うしかないと感じるのは私だけではないと思う。・・・誰にだって、失敗や言い間違いや「たまたま」は、存在する。次、それが改められていたらそれでいい。けれど、この人たちには、それを気づかせるために、注意してくれる人がいなかった、また、今もいないという現実があるのなら、私は気の毒だと感じる。

そして、「英語教育」へのその影響なのか、もしかすると目の前の「英語教育」の影響かもしれないと感じることが増えている。

①My mother is a teacher.
②Your mother is a teacher.


この2文の訳を子どもたちに書かせたとき、その解答に戸惑う。私なら、①は「私の母は先生です。」、②は「あなたのお母さんは先生です。」と訳す。そして、①の解答に「私のお母さんは先生です。」とあれば、○をあげたとしても、②の解答に「あなたの母は先生です。」とある場合、○するのに躊躇をする。

こまかいことを・・・と思う人がいるかもしれないけれど、英語も日本語同様、言葉である。日ごろ使う言葉なのだ。そして、それに気が付けないとすれば、「外国語を学ぶ」ことの意義は半減するのである。外国語学習は、振り返って自分たちの言語への理解を深めるというところまでを含んでいる。それが、外国語を学ぶことの、おそらく一番大切な要素なのだ。

なのに、このところ、私は、躊躇はしながらも、 注意もせず○をつけることが増えている―それを、卒業生の訪問で気が付いた。今回、訪問してくれた卒業生が中学生のころの私は、それを説明する 余裕を明らかに持っていたのだ。

彼女は、それを覚えていてくれたのだ。

―活躍の場所は違っても、先生という職業は、今目の前の成果ではなく、将来出るか出ないかわからない成果を信じて待つそんな仕事であることを忘れないでほしいと願っている。そして、将来、必ずや彼女にも、私に対する彼女のように、多くの学びと喜びを与えてくれる生徒がいることを確信している。

Teaching is Learning.(教えることは学ぶことである)を忘れずに頑張ってほしいと思う。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-10-31 16:04 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~ Days in Terakoya ~ (てらこや新聞137号 亀井のコーナーより)

~ Some people feel the rain. Others just get wet. ~
~ 雨を感じる人もいれば、ただ濡れるだけの人もいる ~


「世の中の8割、いや9割の人が、あなたみたいにいつも考えてはいないことに、そろそろ慣れたほうがいいよ」と・・・先日、東京で会った親友に言われた。

知ってはいる、頭ではわかってはいるけれど、「慣れる」ことがなかなかできない。

いろいろなことを感覚的に捉える人が増えているんだな…と日ごろ生活の中でも、じわじわと、ヒシヒシと、切実に感じる。その実感と比例するように、最近の子どもたちには、一つの物事についてじっくりと考えることや、段階を経て考えることが苦手な子が増えている。だから簡単に、「そうだから」と納得するわけにもいかないのだ。

先日、「学歴」についての話題が出ていた。

私にとって「学歴」は、少しだけ自分の進む道を楽にしてくれるものだったと思う。「東京外国語大学卒」も、「アメリカの大学院卒」も結局、私が田舎で仕事をするとき、大いに役立ち、チャンスを与えてくれたもの―。でも、その一方で、この学歴は、自分が何かの努力を怠れば、今まで「東京外国語大学卒だから」、「アメリカの大学院を出てるから」だった評価が、「東京外国語大学卒なのに」「アメリカの大学院まで出ているのに」という評価に変わり、足かせとなるものでもあった。
そのことを、私の両親をはじめとする周囲の年長者たちは、私が人生の歩みを進めるにあたってしっかりと諭し、教えてくれていたように思う。

けれど、今、子どもたちの周囲にいる大人たちはそれをしない―。それができる人が少なすぎるのかもしれない。

そして、多くを「学歴」のせいにする大人が多いようにも思う。「東京大学卒なのに」・・・そう言い放つ人に自分自身が東大卒の人はいないと思う。一方で、良いと言われる大学―たいていが入学者の偏差値の高い大学とされる大学―に行くことを子どもたちに勧める人も多い。

昔から、おそらく「東京大学」を卒業しても、仕事のできない人も、コミュニケーション力が足らない人も多くいたのだと思う。そして、かつては、それを人々の多くが、「東大卒だから」(凡人にはわからない?)を「納得する」方法として使っていたのかもしれないとも思う。

私の祖父は東大卒の医者で、医者としては優秀だったし、人のために何かをすることを厭わない心の優しい祖父だったけれど、彼の武勇伝は、おそらく今なら、「コミュニケーション力」が足らないと言われるものかもしれないと思うものが多い。けれど、人々はおそらく「東大卒だから」と許し、愛されていたのだと思う。

しかし、今は「東大卒なのに」が先行しているように思う。それには、いくつか理由があるけれど、1つは、大学の評価が入学時の「偏差値の高さ」で決まると思っている人が多いこと。そして、何も考えずに偏差値の高い大学を選ぶ傾向があることである。

大学だけではなく、学校の評価は、本来、卒業生の活躍で測られるものだと思う。そして、その活躍は、平凡なものがほとんどで、その積み重ねが、大きな評価となっていくことを多くの人が忘れていると思う。以前、コマーシャルにもあったけれど、ファインプレーは、難しいことを華々しくするのではなく、平凡なことを何気なくきちんとすることである。

そして、仕事のできない人やコミュニケーションが苦手な人は、どんなグループにもいるのだと思う。それを多くの人が忘れているように思えてならない。

それを、「一流大学卒なのに」と見るのか、その人個人の力と見るのかは、受け止める側の問題だ。また、大学を出ただけで完成した人間が出来上がるわけではなく、人は日々、経験と周囲の人々とのかかわりで成長しているとすれば・・・その人となりを「学歴」ばかりで見ているのは、見る側のほうの問題が大きいように思う。

一方で、「学歴」が足かせになることも事実―。「先生」と呼ばれる者の端くれとして、私は、これからを生きる若者たちには、現実をしっかりと伝えていきたいと思う。

私は、いちいち、1つの話、1人とのかかわりで、これだけのことを考え、自分の意見をまとめるのに、何日も、何週間も、何ヶ月も、何年もかけていく―そりゃ、そろそろと言われても、「世の中考えない人のほうが多い」ことに慣れるのは難しい(^-^;。

。。。と・・・友人への言い訳に、1つのエッセイを使ってしまうわけである(笑)。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-09-05 08:30 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~ Days in Terakoya ~ (てらこや新聞136号 亀井のコーナーより)

~ Can I just be a bride?? ~

~ 「お嫁さんになりたい」じゃ、だめですか? ~

「私は、『専業主婦』になりたい」と言うと笑われる。でも、私は物心ついたころからずっとそう言い続けている。

私たちの時代にはそれほど珍しくはなかった「お嫁さんになりたい」というような夢を持ったことも、語ったこともないけれど、そう素直に言えるかわいい女の子がいつも私の夢の裏側にある指針だったような気がする。


私は5人兄妹の末っ子で、上2人が男の子、 下3人が女の子という中で育った。3姉妹のうち、長姉の夢は本当に「お嫁さんになること」で、もち ろん、3姉妹の中で一番早く結婚し、今でこそパートに出ているけれど、長い間、専業主婦をしていた。


私は、「ああはなりたくない」というよりはむしろ「そうはなれない」とずっと思ってきた。それでも、私は、違う選択をしながら、「お嫁さん」になり、「妻」になり、「母」になることと、今自分のしていることとを天秤にかけて・・・恥ずかしくない勉強を、そして仕事をしたいと願い続けてきたように思う。


そして今、学生でも、社会人でも、独身でも、  既婚でも、女性から、悩みや問題についての話を聞いていると違和感を持つことが多い。同時に、結婚しない理由を聞かれて戸惑う。


理由などない、ただ私は不器用なだけである。


1つのことに夢中になれば、食べることも忘れ・・・4日くらいなら、飲み物だけで過ごすことができた20代・・・私は馬鹿みたいに痩せていた。そして、子どもたちに問題が起こると、とことん付き合って、夢中になって仕事をして不規則な生活を続けたら・・・気が付いたら体重はほぼ倍増(笑)・・・・とりあえず、何かに集中するとほかのことがおろそかになる性格なのである。


「あなたぐらいの人になると、その辺の男性では物足りないのでしょうね。」


なんてセリフ・・・何度も聞いたけれど、私にはまったく褒め言葉に聞こえない。そして、私の周囲にいる男性たち、結構、ステキな人が多いので、彼らにかなり失礼だと心の中で悪態を吐きながら、笑ってごまかす日々である。


「先生みたいな女性になりたい」


と、ときどき言ってくる若い女性たち・・・。やめた方がいいとも思うし、たぶん、彼女たちには無理だとも思う。私は、キャリアを望んできた女性ではない。自分が男性社会で活躍することを望んだこともない女性だからである。


ただ、勉強が好きで、ただ、自分が社会から与えられてきたものは社会に返すものだと信じてずっと生活をしてきただけである。


だから、若い女の子たちが語る夢に、ときどき違和感を持つことが増えている。そして、「女性」というだけで「女性」の代表であるかのように語る政治家も、活動家たちも、私の住む社会をより良くし、私たちの世界を広げてくれるようには思えないでいる。


私も女性だ。けれど、私には、女性というくくりですべてをくくってしまう考えの女性たちであれば、 かつての男性たちと変わらないと思えてならない。女性にも、男性と同様、いろいろな選択肢がある―それが、男女共同参画であれば、納得できる。


だから、「お嫁さんになること」が夢である女の子も、学校や社会で培ってきた能力を主婦という仕事に役立てることも当然の選択肢であってほしい。 そして、たとえ見果てぬ夢であっても、私は、「専業主婦」をいつまでも夢見ていたいと思っている。

Y.K



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by terakoya21 | 2016-08-14 08:30 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~ (てらこや新聞135号 亀井のコーナーより)

~ Learn as if you were to live forever ③ ~
~ 永遠に生きるかのように学べ ③ ~


16年と少し前、この塾を始めたときはたしか、世間で「学級崩壊」なんて言葉が使われ始めたころで、やはり、授業中何も言わず、わけもなく自分の欲求に従って立ちあがったり、立ち歩いたりし始める生徒に、衝撃を受けた。

そして、子どもたちに無条件に合わせる大人たちの言動に面食らった。

私は、子どもたちの可能性を伸ばしたい―そのために彼らの「伸びしろ」を信じることが大切だと思っていた。だから、「わからないことは質問してください」と最初に前置きをして始めた授業を見学していた保護者の方々から・・・子どもの知らない言葉を使うな、子どもたちに合わせろという声がたくさんあったことに、びっくりした。それは、アメリカから 帰国して1年半も経たないうちにこの塾を始めた私には衝撃だった。

優しさと甘さは違う・・・そんな言葉が頭の中にこだまする―そんな日々が続いていた。今も続いているかもしれない。

「厳しさ」の反対は「甘さ」であり、「優しさ」では ない。

「優しさ」を「厳しさ」の対義語だと勘違いしている子どもたちがほとんどで、大人も多いのではないだろうかと思う。

例えば、宿題の量が多いと泣き出す子どもを見て、すぐに先生に減らせと交渉する、宿題ができなかったと学校や塾に行きたくないと言いだした子どものために、それを親御さんが伝えに行く―これは、「優しさ」では決してなく、「甘さ」である。

「優しさ」は、相手への思いやりがあることを言い、「甘さ」は、厳しさを欠くことを言う。

宿題の量が多すぎるなら、どうすればこなせるのか、または、先生と相談するものであり、できなかったのであれば、なぜできなかったのかを考えて、次はできるようにするという反省をもって、先生に正直に本人が伝えればいいだけである。

「相手への思いやり」があるかないかが優しさの決め手であるとすれば、「厳しさ」も相手の将来を慮っている点で、もとは「優しさ」であるはずだ。そして、「甘さ」には根本的に、その「思いやり」が足らない。そして、最近の大人の子どもへの甘さには、子どもの将来への心配りが足らないように思えてならない。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-07-23 08:30 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~ Days in Terakoya ~ (てらこや新聞134号 亀井のコーナーより)

~ Learn as if you were to live forever ② ~
~ 永遠に生きるかのように学べ ② ~

このゴールデンウィーク休暇、人と会いながら、私は、あまり人に興味がないことに改めて気がついた―。社会や目の前に現れた物事への興味は、未だあまり衰えない―けれど、あまり、身近な人以外に興味がないのだ。

幼いころから、私の目標は父と母だった。何年か前に母校の「学園だより」にも書いたけれど、私は父のような英語の先生になり、母のような母親になることがいつも目標で…男性の有名人に興味があったことはあっても、女性の有名人に興味を持ったことがない。思春期に「憧れの女性は?」と聞かれていたら、迷わず「母」・・・そして、おそらく、迷って有名人を探す羽目になっていたと思う。

我が両親は、良いことも悪いことも「自分の子だから」と自分を起点に物事を考える人だったように思う。だから私も、自然とそう育っていったのかもしれない。

人がどうであれ、大切なのは「自分」。

それは、自分だけが大切というような利己的な考えを言っているのではなく、人がどう行動していても、考えていても、「自分」はどう考えて、どう行動したいのかを基準にするということ。そして、その上で、した言動の結果は自分で受け入れる―そういう姿勢である。

今、母親になった友人の多くと話をしていて、ときどき不思議だなと感じることがある。自分たちが子どもたちと同じ年代だったとき、自分たちはどうしたのか・・・どうだったのかをすっかり忘れてしまっている人が多いことに・・・、そして、一方で、自分もできなかったからと自分たちが言われてきたことを子どもたちに伝えずにいる人が多いことに・・・。そのことができたかできなかったかなど大きな問題ではなく、それを言われているかいないかが将来を左右する大きな結果をもたらすことがあるのに・・・。

学校の授業で、「先生の説明がわかりにくい」・・・という主張は、いつの時代にもあった不平だ。でも、その説明がわかりにくいことと自分の成績の悪さは、必ずしもリンクしない。少し見回しただけで、同じ授業を受けている生徒が皆、わかっていないわけではないということでわかると思う。「できる人は塾に行っているから」なんて言い訳がやってくるかもしれないけれど、それは、放課後までその人はわかる努力をしていることでもあり、塾に行かなくても、自分にその気があれば、わかる人に聞いたり、ほかの先生に尋ねに行くことはできるはずである―。

自分の人生において、人が自分の思い通りに動いてくれないからという理由だけで、自分の人生に必要なことを習得できないとすれば…世の中、落伍者ばかりである。そして、皆にわかりやすい、全員が満足する説明など、授業の進め方など、この世には存在しない―

そんなこと、私たちは高校生にもなれば、わかっていなかっただろうか。それでも問題なく成績上位にいる生徒たちは、不平を言いながらも、先生に関係なく努力を続けていただろうし、成績に興味のない生徒たちは、不平を言いながらも、わからないのは自分たちの責任であることをある程度自覚していたと思う。

いつの時代も、どんな授業をしても、先生は文句を言われるもの―だけれど、その科目をこよなく愛し、45分間黒板と話し続ける先生も、面白くしようと「スベる」ようなおやじギャグを連発する先生も、成績の良い子ばかりひいきする先生も、声が聞き取りにくいなんとも頼りない先生も、余談ばかりで内容があまり見えてこなかった先生も、みな、自分たちの人生の道しるべであったことをいつか、懐かしんで語ってくれるかつての生徒たちが、語りながらそのとき幸せであれば、それで十分、幸せなことなのではないかと私は、「先生」として思っている。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-06-08 10:02 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~(てらこや新聞132-133号 亀井のコーナーより)

~ Learn as if you were to live forever ① ~
~ 永遠に生きるかのように学べ ① ~


この仕事をしていると、このところ子どもたちを 取り巻く大人が、足元を見失っていると感じることが多い。

よく考えてほしい― たとえ、机の前で4時間も5時間も過ごしたとしても、それがただただ、英語の1単元のための単語を調べるだけだったり、本文を移すだけであったりするとしたら…欠席した授業の友だちのノートを写す時間を含んでいるのだとすれば、それは、果たして勉強時間だろうか。

勉強とは・・・辞書によると「学問や技芸を学ぶこと」、「経験を積むこと」「物事に精を出すこと」、 「努力をすること」などをいう。

勉強は、時間さえ費やせばよいのだろうか。それを努力と呼ぶのだろうか。

先日、お会いした人に「なぜ私は高校卒業まで 9時就寝を目標にしていたのか」と聞かれた。私の答えは一言でいえば「こう見えて、虚弱体質だったから」である(笑)。

幼いころから、1週間に1度くらい熱を出すような体の弱い子どもだった私は、小学1年生からスイミングスクールに通い始めた。そして、3年生から剣道も始めた。5年生までは津にあるスイミングスクールに電車で通いながら、週3回の剣道の稽古に通っていた。そして、6年生になるとスイミングはやめて、週6回剣道の稽古に通うようになっていた(笑)。ほかに、書道、茶道、英語、絵画などを習っていたのに・・・である。

そんな私が、松阪市内ではなく、1時間弱の通学時間を使って津の中学校へ通うようになる―。剣道は回数を減らし、週2~3回、中学3年生までは顔を出していたけれど、高校生になってからは、行かなくなった。その剣道の回数の減少とともに、私がときどき熱を出す生活が少しずつ戻ってきていた。

だから、私は、幼いころから、自分のできることとできないことを天秤にかけて、自分のすべきことを自分で選びながら生活をしなければ、うまく自分自身をコントロールできないことを知っていた。

自分の行動の取捨選択をする―そして、9時就寝が当たり前の選択肢になった。

一方で、「制限」を守る限り、選んだことはおそらく好きなだけさせてもらっていた。毎日門限6時、週末に出かけるのは多くとも月に2回、2週間続けては許されない―それが母から与えられた私への制限で、それ以外は、比較的自由だったと思う。少なくとも私は、あまり窮屈さを感じてはいなかった。両親は、私が勉強をしても、しなくても何も言わなかったし、記憶に残っている限り、成績が良くても悪くても、褒められたこともなければ、叱られたこともない。そして、案外、先生たちの私への悪評は、笑ってやり過ごしてくれる親たちだった。

制限や限界があること―それが、私の強みだったと私は今、感じている。我慢することも慣れれば当たり前になる。私の中学・高校時代の1時間30分~2時間ほどの勉強の時間としてとれる時間の集中力は、自分でも今や真似はできない。9時間の睡眠時間をとっていた私は、2回目の高校2年生からは、朝、自分でお弁当を作って学校に行っていた。ほとんど毎日、洗濯も一回分を回してからの登校だった。

勉強ばかりできたって、基本的な生きていく術を持っていないのでは、本末転倒である。そして、高校までの子どもたちには、目に見える成果より、大切なことがたくさんあるのだと思う。子どもたちがその猶予期間に適当な制限と裁量を与えられて育ってきたかどうかが、将来のカギを握るように思えてならない。

(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-05-03 09:53 | 寺子屋の日々

寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~(てらこや新聞131号 亀井のコーナーより)

~ Love the life you live… ~
~ 自らの人生を愛するということ ③~


「みんなと仲良く」だとか、「みんなでしよう!」などという言葉に、いつもなじめなくて、私は学校が嫌いだった。今でも、なじめない。子どもたちや子どもたちの周囲の大人から発せられる「みんな」という言葉に、どうしても疑いを持ってしまう。

「みんな仲良く」したところで、自分の大変なときに、最終的には自分でなんとかしなければならない。他の人がそばにいて心強いことはあっても、「みんな」がいてくれる必要もなければ、「みんな」がいると厄介なことの方が多い。

幼い頃からずっとそう思っていたし、今もそう思っている。

だからと言って、私は、友だちを大事にしないわけでも、友だちがいないわけでもない。おそらく、多くの私の友人も、多くの寺子屋の卒業生も、私はうっとうしいほどおせっかい焼きだと思っている人の方が多いと思う。

それは、両親がいつも「よそはよそ、うちはうち」であり、「みんなの言う「みんな」は、本当の「みんな」でない」ということを示してくれていたからだと思う。

私は、「みんな」を好きにはなれないし、「みんな」と一緒に何かをしようとするとき、いつもアウトサイダーである。

だからなのか、毎日、子どもたちと接して、彼らの話を聞いていると思わず

「みんなと仲よくする必要などない。嫌なら『いや』だと伝えた方がいい」と言ってしまうことがある。

そして、保護者の方々、同級生などの友人の話を聞いていて

「子どもたちに『みんな』からの逃げ場を作ってあげてほしい。『自分』からの逃げ場ではなく・・・」と言いたくなる。

子育ての目標も教育の目標も、子どもたちが、今ある社会で自立し、私たちが先人から引き継いだ社会を私たちがいなくなっても、営めるように彼らを育てること。

子どもたちには、今周りにいる「みんな」がいつもついていてくれるわけではない。そして、少なくとも私たち大人は、先にいなくなる。

それを忘れてはいけないと思う。

子どもたちの話を聞いていると、そして、子どもたちの問題対応能力を見ていると時々、息がつまりそうになる。それは、彼らと彼らの周囲にいる大人の人への、そして何か問題への対応が、とても刹那的だからかもしれない。

大人たちには、子どもたちに子どもたちでいられる時間をしっかりと与えてあげてほしいと思う。

それは、彼らの思い通りになることや時間を増やすという意味ではなく、長い目で見て、彼らの育ちに必要なことは、大人として嫌われても言う、する姿勢を多くの大人が見せることである。その姿勢が、子どもたちが子どもたちでいられる時間を作るのだと私は信じている。

自分たちが間違っても、大人がしっかりと正してくれる。そして、どんなに他の人と違っても、少々失敗しても、努力を続ける限り、いつでも戻る場所がある―それが、子どもたちが子どもである時間を作ることで、子どもたちが自分を大切にし、自分の人生を愛すことにつながっていくのだと私は思っている。
(Y.K)
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by terakoya21 | 2016-04-10 12:30 | 寺子屋の日々

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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