語られる言葉とその向こう側に広がる世界?昨日の高校英文法の時間の時のこと。
ここ1ケ月ほど『態』について勉強しているクラスです。
昨日は、「次の文を受動態に書き換えなさい」という問題を
解いてもらい、その答え合わせをしました。
どうやって書き換えたらいいか、わかりません・・・

という
生徒がいて・・・
「受動態に書き換える・・・ということは、まず文章の中から
目的語を探し、それを主語に見立てて受動態を作る」と伝えたら、
それなりに(?)問題を解いていったようで、
答え合わせをすることに・・・。
その中に、次の文章を受動態に書き換えるというものがありました。
Someone must be following me.答え合わせをする時に、目的語を確認するため、
まず能動態の文章を日本語訳してもらっていました。
それで、この問題にあたった生徒の日本語訳が・・・
「誰かが私に付き添わなくてはならない。」でした・・・。
生きた英語を早いうちから身につけることができるように・・・と
小学校での英語教育が始まります。
私自身は、小学校での英語教育には懐疑的ですが、
生きた英語というのは、
何気ない文法の問題集の文章の中にも
いくつも垣間見られるものです。
たとえば、昨日、私立高校の入試に向けて、
以前の入試問題を解いていた谷先生が指摘したのは、
並び替えの問題の中に
「僕の両親に会って欲しいんだ。」という文章があった、ということでした。
この文章だけを取り上げると、
思い浮かぶ情景は、きっと
「(結婚を前提に?)おつきあいしている彼女に、
『両親に会って欲しい』と
お願いしている男の人」が浮かびます(^_^;)。
なぜに高校入試の問題に
わざわざ『両親』でなければならないのか・・・
別に『友達』で良いだろう・・・という
ツッコミを入れたくなる(~_~;)のですが、
実際に『両親に会って欲しい』という英語は、
実生活で使うことがないとは言い切れないはず。
そういう意味では、
使える英語の文章、生きた英語と言えると思います。
そして、先ほどの問題に返ると・・・
その日本語訳をした女の子は、
容姿端麗、とても綺麗な女の子です。
その女の子の口から
「誰かが私に付き添わなくてはいけない」
という言葉が発せられると、
「確かにこんなに綺麗な女の子だからなぁ・・・、
一人では危ない・・・と、とれなくもないのか・・・」
と私などは思ってしまい、
思わず笑ってしまうのです(^_^;)。
それで、
「いやいや、『付き添う』って『義務』ではないから・・・」と言うと
「誰かが私に付き添われなければならない」と訳しなおし、
「いやいや、ここのfollowは『付き添う』ではなく、
『~のあとについてくる』とか『~のあとを追う』とかで
訳してみましょう」と言うと
「誰かが私のあとを追わなければならない」と訳し・・・

これまた、
「確かにこんなに綺麗な女の子だからなぁ・・・、
誰かに追われる=慕われて追いかけられる、
ということもあるのか・・・」などと
考えてしまい、やはり笑ってしまいました(~_~;)。
この文章でのmustは「~しなければならない」ではなくて・・・と
ヒントを出したら、
「あぁぁぁ・・・ 意味忘れちゃいました

」
「誰かが私についてきているに違いない。」別の男の子がサラッと日本語訳してくれて、
「ほぉぉぉ~」と納得していたようです(~_~;)。
もちろん、mustには「~にちがいない」という意味があるということも
しっかり覚えてもらわなければいけませんが、
発せられる言葉と、
その言葉を発した人とのつながりで、
いろいろな背景が浮かんでくる、ということもしっかり学んでほしいな
と思います。
学校で習う英語や国語などは、科目の一つではあるけれど、
それらは、意味を運ぶ、その意味がもつ背景や世界を相手に告げる
生きた言葉だということを実感してほしいと思った授業でした(^-^)。
(K.T.)