カテゴリ:新聞147-149号( 10 )

あとがき (てらこや新聞147-149号 より)

「てらこや新聞」147-149号の発行です。連続する合併号、そして今回は 3号合併です。忘れず原稿を送ってくださる連載のみなさんに感謝いたします。ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

夏休みが終わりました。

昨年の秋から、増え続ける仕事に、あまり深く考える時間もないまま、気が付いたらまた夏を迎えていました。そして、この夏は公私ともに考えさせられること満載の夏となりました。

寺子屋かめいを初めて18回目の夏ですが、 初めてもう少し夏休みが続いてくれることを願いました。こんなに忙しく、体力の衰えを思い知る夏なのに、もう少しだけ夏休みを続けさせてほしいと願うことが何度かあったのです。

それは、成績が悪くても、態度が少し悪くても「学ぶ」ことを素直に欲している生徒たちが多かったからです。そして同時に、現代の子どもたちの「学び」を阻むものはやはり、大人の思い込みだと感じました。

「学習」に大切なのは、「学習姿勢」であることを忘れないでほしいと思います。その次に 態度・・・。そう思います。子どもたちが「やる気」がないのではなく、どこから始めればよいのかわからずに途方に暮れていることが多く、そして、次から次へと課題を与えたり、 「文武両道」の掛け声のもと、何もかもを欲する大人たちにせかされ続けたり、「やる気」を出すことが憚られることが多いのかもしれません。

私は生徒たち皆にとっての新学期が始まった91日を、父の墓参から始めました。父が  私に口を酸っぱくして言い続けた

Teaching is learning. 教えることは学ぶこと

心にしみる今日この頃です。おそらく子育ても同じです。子どもたちを育てることにより、 私たち大人も成長することを忘れずにいたいと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします。

(Y.K)


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by terakoya21 | 2017-11-28 08:30 | 新聞147-149号

Howdy?! (てらこや新聞147-149号 竹川のコーナーより)

~ 夏休みの終わりに ~

9月で息子は6歳になる。

昨年の同じ時期のこのコーナーの書き出しも、年齢が違うだけで文面は同じ…。原稿提出締め切りがとっくに過ぎて、苦し紛れの書き始めになっている。

幼稚園生活最後の長い夏休み、お盆に数日、自宅から車で5分ほどの主人の実家に里帰りすることと、主人の趣味で夏休み最後の週末に鈴鹿サーキットにカーレースを観戦しに行く以外は、これといって大きな旅行の予定はなかった。

けれど、連日、炎天下の公園遊びに付き合ったり、寒天デザートやお昼ご飯を一緒に作ったり、幼稚園のお友達と遊んだり、水遊びに付き合ったりと、自宅あるいは自宅近くで子供の遊びに目いっぱい付き合ってきた。

子供の遊びに付き合い、仕事もして、週に一度は家でぼぉーっと過ごす日をもうけないと体力的にかなりキツい高齢ママは、この原稿を急いで書いている間も「あと一週間で、やっと夏休みが終わる…」と二学期の始まりが、かなり待ち遠しい気持ちでいる。

息子は、「こんなに(無駄に?!)たくさん覚えている車種…何かに使えないのか?!」と思うくらい大好きだった車への興味が、昨秋のある日を境にぱったりと途絶え、今ではあんなに覚えていた車種も車の種類も、すっかり妖怪ウォッチとポケットモンスターに上書きされている。

来年の今頃は、小学校に入学し初めての夏休みの終わりを迎えているはず…。来年の夏休み、この小さな子供の興味は何にあって、無事に夏休みの宿題が終えられているのか、どんな夏を過ごしているのか、全く想像できない日々が、私にとっても楽しみだ。

そして、私もどれだけ体力がなくなっているのか、老眼は進んでいるのか…来年の今頃の健康面が、かなり気になっている(^_^;

*「てらこや新聞」147-149号は平成29年9月1日に発行されたものです。


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by terakoya21 | 2017-11-26 08:30 | 新聞147-149号

Bonjour! (てらこや新聞147-149号 谷のコーナーより)

夏休みの宿題

小学生の頃、夏休みの宿題といえば『夏休みの友』だった。同郷の同世代なら 「何が『友』やねん……」とつぶやいた経験のない人のほうが少ないだろう。しかし、この話が通じる世代と通じない世代、通じる地域と通じない地域があると知ったのは、この仕事を始めてから数年後のことだ。現役寺子屋生の話によれば、今は『なつっこ』や『サマースキル』という名の問題集が渡されているそうだ。

寺子屋では、夏休みが近づくとどんな宿題が出されているのかを、八月に入るとどれくらい進んでいるかを、そしてお盆明けにはすべて終わらせたかを、生徒たちは毎回のように尋ねられる。早々と終わらせて暇を持て余している生徒もいれば、読書感想文や自由研究に頭を悩ませている生徒、今年も計画倒れに終わりそうな生徒もいる。

私はというと、当時は真面目な生徒だったはずだが、今はどうだろう。『てらこや新聞』の創刊以来、エッセイ原稿は毎月の提出課題となっている。締切り前に余裕を持って仕上げられていたのは、いったい何号前のことだろうか。お盆休みの最終日に課題が進まないことさえもエッセイのネタにする荒業を使うようになったのは、果たして成長と呼べるのだろうか。



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by terakoya21 | 2017-11-06 08:30 | 新聞147-149号

中国案内(てらこや新聞147-149号 吉田さんのコーナーより)

外国語の勉強をする時、「数字」の言い方を覚えることは学習をはじめて早い段階で学ぶものの1つだろう。

一度覚えてしまえば何てことないことなのだが、学習初期の段階では覚えきるまでには少し苦労する。私もいち早く数字を覚えてしまいたくて、何度も唱えたり聞いたりした。

順番通りの数なら言えても、ばらばらになると分かりにくくなる。

円周率の小数点以下の数字が20桁程載っている本をひろげて、その数字を中国語で読み上げたりした。それでも、その順番になれてくるので、あとは日常で目にする数字をすべて心のなかで唱えたりした。どの段階で数字に抵抗がなくなったかは覚えてはないのだが、いつしか自由に数字を言えるようになっていた。

中国留学時代に持たせてもらっていた携帯電話、電話番号は11桁ある。その番号を今でも中国語で言うことができる。日本語となると置き換えるのに少々時間がかかる。中国語と日本語どちらにしても言えたところで何の役にもたたない数字の羅列である。それより何か別の単語を覚えていたかったと思う。


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by terakoya21 | 2017-10-30 08:30 | 新聞147-149号

I Love Books! (てらこや新聞147-149号 竹川のコーナーより)

BOOK83森谷明子

「春や春」(光文社文庫)

夏の甲子園というと思い浮かぶのは、高校球児たちの全国高校野球選手権大会でしょう。夏の風物詩の一つと言っても良いかもしれません。

全国の高校生が愛媛県・松山市で開かれる「甲子園」を目指す夏の大会があることを、私はこの本で知りました。それが俳句甲子園というもので、今年で20回目を迎えるそうです。
(詳しくは松山俳句甲子園ホームページへ→http://www.haikukoushien.com/

以前に著者・森谷さんの「れんげ野原のまんなかで」(創元推理文庫)を読んだことがあり、その文体が気に入って今回のこの文庫を手に取ったのですが、今回ご紹介する一冊は読後感の爽快さが際立つ一冊だと思います。

藤が丘女子高校に通う俳句好きの女子高生・茜は、俳句に否定的な国語教師と授業で対立し、それをきっかけに図書館でトーコという友人ができます。茜とトーコは「俳句甲子園」を目指して俳句同好会を立ち上げますが、俳句甲子園出場にエントリーするためには、部員が最低5名は必要と分かり、部員集めに奔走します。書道有段者の真名、音感に鋭い感性を持つ理香、弁の立つ夏樹、情緒豊かな瑞穗が集まり、俳句作りが始まります。

5・7・5の17音の中に、季語を含め、どういう情景を、何をどう読むのかから始まり、表記も漢字で表すのか、ひらがなで表すのか、どういう語順で表すのかなど、俳句は短いからこそ悩みどころは満載なものだと思います。日本語の豊かさ、繊細さに敏感になれるものかもしれません。17音に全てを注ぐ女子高生たちの清々しい成長が、とてもまばゆく感じられました。

言葉を味わう楽しさを伝えてくれる一冊・・・おすすめです。

( K.T.)




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by terakoya21 | 2017-10-29 08:30 | 新聞147-149号

Bonjour! (てらこや新聞147-149号 谷のコーナーより)

マニキュア

爪の補強、身だしなみ、趣味の一つ……マニキュアを塗る理由は、人それぞれだ。知り合いや友人にはいつも爪の先の先まで手入れを欠かさない人が何人もいるが、諸々の事情で、私の頻度はかなり低いほうだ。かと言って、興味関心がないわけではなく、おしゃれなネイルやきれいな指先にはつい目がいく。

年に数回とはいえ、自分の短くていびつな爪を少しでもきれいに見せたくなるときがある。マニキュアの蓋を開けた瞬間に広がる香りは、いつも私の鼻を刺激する。お約束のように敏感に反応してしまうのは、未だに慣れていないという何よりの証拠だろう。お店には、カラフルでラメやパール入りのものがバリエーション豊かに並んでいるものの、アラが目立ちにくくて生活や仕事に支障なさそうなタイプばかりに手が伸びる。

「ネイル」と呼ぶには程遠く、母や姉の見様見真似でしていた学生の頃からたいした上達もなくてぎこちない。決してきれいとは言えない仕上がりだけれど、先っぽに少しの色とツヤが加わるだけで、毎回、自分の手が自分の手でないような不思議な気持ちになる。それから数日の間は、いつもより手や指の仕草を意識しながら過ごしている。それもつかの間、リムーバーとコットンで一本ずつマニキュアを拭き取ってしまえば、私の指先にはまた日常が戻ってくる。



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by terakoya21 | 2017-10-28 08:30 | 新聞147-149号

宇治だより(てらこや新聞147-149号 下西さんのコーナーより)

新支局の宇治支局長・下西さんが寄稿してくださいました。ありがとうございます!!

2017年6月 宇治だより①
「宇治橋の巻」

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4月から、京都府宇治市の住人になりました。宇治市といえば、宇治茶、そして宇治川、宇治橋、宇治茶、 平等院、萬福寺、「源氏物語」の宇治十帖の舞台などを思い出されます。私が転居した地区は宇治川の左岸に当たり、昔は丘陵地帯だっ

たのかと思われる地域です。今はすっかり住宅地化が進みましたが、100年前は茶畑が広がっていたのかもしれません(今も住宅街の一角に取り残されたように茶畑があります)。鳥になって上空からこの地区を見ると、いくつもの棚田に見えるのではないかしら……うねうねとした坂が多く、坂に交わる道路は 曲線・扇型になっております。

4月15日、宇治市生涯学習センターにて行われた 宇治市民大学に参加し、「宇治橋、宇治の歴史の架け橋」の講演を聞きました。講師は放生院の住職、黒木英雄さん。放生院は宇治橋の東岸(右岸)橋詰にあり、橋寺とも呼ばれるお寺です。この講演をきっかけに、宇治橋かいわいの昨今を調べてみました。

宇治川は、広辞苑では「琵琶湖に発し、上流を瀬田川、宇治に入って宇治川、京都市伏見区淀付近に至って木津川・桂川と合流して、淀川と称する」川とのこと、淀川中流部の通称にすぎないのです。

宇治橋が架けられたのは、実に古く、大化の改新のころ、(一説には646(大化2)年)と言われています。

7世紀の日本は、「みやこ」がまだ落ち着かない時代で、大和地方(飛鳥)あるいは近江地方(大津)にさまよっていました。8世紀に入り(710年)、奈良に平城京が造られ、日本の首都が落ち着いたのかな、という 印象です。

そして地理的にみると、宇治は大和の北限であり、宇治川は近江と大和をつなぐ大切な水運の役割を担っていたようです。(たとえば大和の都建設のための多量の材木は近江の山から切り出され宇治川によって運ばれたとか。)

そんな宇治橋の歴史を証明するものとして、「宇治橋断碑(だんぴ)」(重要文化財・日本三古筆の一つ)があります。断碑とは、「碑文が刻まれた石碑の割れたもの」の意です。宇治橋がいつ(大化2年)、だれ(道登)によって 架けられたか、その経緯(宇治川の激流に難渋していたが、架橋によって人畜が救われた云々)が漢詩  (96文字)の形で石碑に刻まれました。それが長い年月の荒波、あるいは洪水により、一度は姿を消します。が、1791(寛政3)年、放生院(ほうじょういん)の境内にて石碑の  三分の一ほどが発掘されました。鎌倉時代の資料にこの碑文の記録があったため、断片から、元の石碑が復元されて「宇治橋断碑」として現在に至っています。


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大和と近江の境、あるいは大和と京都(山城国)との境であるがゆえに、宇治橋は古代より多くの戦場になっております。特に有名なものは、『平家物語』にある「橋合戦」(1180年)と「宇治川の先陣争い」   (1184年)でしょうか。「橋合戦」の主役である源頼政の終焉の地は、「扇の芝」として、平等院の境内に残っています。頼政は以仁王を奉じましたが、平家の大軍の前に自害しました。

源義仲軍を打つべく源頼朝の家来、梶原景季と佐々木高綱とが先陣争いを演じた場所もおそらく現在の宇治橋付近でしょう。観光客が抹茶アイスをほおばりながら、そぞろ歩きをするのどかな現在の光景からは想像することができません。

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現在の橋は1996年に竣工されたものですが、橋の歴史にも、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康とビッグネームが並びます。

織田信長は、1579(天生7)年に最後の足利将軍(義昭)を宇治川合戦で倒した後、この宇治橋を大掛かりに修復しました。ところが、豊臣秀吉は1594(文禄3)年、宇治川の付け替えを含む大規模な土木工事を行い、奈良への道(大和大路)を変えてしまいました。つまり、宇治川が流れ込む巨椋池に、小倉堤を新設し大和新道(旧国道24号線)とすることで、奈良への新しいルートを作り、宇治橋を壊しました。宇治橋はこれまでの交通の要衝の役割を失ったわけです。一方、徳川家康は1599(慶長4)年、秀吉が壊した宇治橋を再び架けなおしました。

宇治橋辺りには、平安時代から、平等院鳳凰堂が地図上のランドマークのような存在で鎮座しています (1052年創建)。文学の金字塔?『源氏物語』の宇治十帖の舞台になったのも宇治橋周辺です。宇治橋が戦場となったこともありました。

現代の読み物でも、宇治橋周辺が舞台となっているものがあります。武田綾乃著『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』(宝島文庫)は、アニメ「響け!ユーフォニアム」の原作で、アニメに描かれた風景が宇治の街を模しているので、アニメの「聖地」として若者にも人気の場所になっています。宇治市商工観光課によって「『響け!ユーフォニアム』宇治探訪マップ」が作成されています。

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アニメに登場する吹奏楽部の高校生たちが通学で使う電車が、京阪電鉄です。宇治川右岸に沿って走る路線の終点、京阪宇治駅の近くに「莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子(のみこ)の墓」があります。厳重に囲われた古墳のようです。

4月中旬に訪れたとき、こんもりとした森は、野鳥の住処のようで、ウグイスが甲高くさえずり、ツバメがせわしなく飛び交い、サギが悠然と飛び、あたかも鳥たちが「墓守」のよう。彼は応神天皇の皇子であり、皇太子になったものの、次期天皇は弟の仁徳天皇(大鷦鷯(おおさざきの)皇子(みこ))に譲ったことになっています。昔々のお話ですが(5世紀)。いえいえ、仁徳天皇は幼名の「鷦鷯」はミソサザイであり、陵墓の百舌鳥(もず)(みみ)原中(はらなかの)(みささぎ)の「百舌鳥」がモズと鳥つながりであるとは、いまも二人のバトルは続いている?、などと妄想してしまいました。

この古墳と現在の宇治川堤とに挟まれた場所に、「宇治川太閤堤跡」があります。2007年に発掘・発見され、国史跡に指定されています。秀吉の河川改修を裏付ける遺構として、宇治市はこの一帯を「宇治川太閤堤跡歴史公園」として整備する計画を立て、オープン時期を2019年としていました。しかし、市民の理解が得られす、事業計画の見直しが求められていると地元紙が報じていました。

歴史の重みと現実の切実さ、観光と日常を、どのような兼ね合いで平衡を保つかは、古都京都であっても難問題なのです。



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by terakoya21 | 2017-10-16 08:30 | 新聞147-149号

Bonjour! (てらこや新聞147-149号 谷のコーナーより)


Seasonal Sessions

寺子屋では、季節講習のほとんどが普段の授業では補いきれないところや時間をかけることが難しいところの強化を目的に開講される。八月上旬を過ぎる頃、学校の夏休みと同様、夏期講習は折り返し地点を迎える。

普段とは異なる曜日の異なる時間帯に行われる授業は、担当講師や生徒の顔ぶれも異なり、正規授業とは違った雰囲気になる。学校授業の進度に気を取られないという気の持ちようも関係しているのかもしれない。

世間では、顔を合わせる回数が増えれば増えるほど相手との距離が縮まると言われている。寺子屋でも季節講習を通して講師と生徒の双方がペースを掴み、生徒同士の新たな交流が始まったりすることはよくある。おとなしいタイプだった生徒が自分からいろいろな話をするようになり、互いの名前すらあやふやだった生徒同士が楽しそうに筆記用具の貸し借りをするようになる。

振り返ってみれば、寺子屋を去った後も続くような人間関係の始まりは季節講習であることが多い。もちろん、みんながみんな、望ましい方へ進むとは限らない。それらは計画にはない副産物のようなものだ。そして、この講習の成果が結果として現れるのはもう少し先のことだが、本来の目的を見失うことなく、夏期講習を終えたいと思う。


















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by terakoya21 | 2017-10-15 08:30 | 新聞147-149号

寺子屋の日々 ~ Days in Terakoya ~ (てらこや新聞147-149号 亀井のコーナーより)

~ No one Learns as Much… ~

~ 教えることは学ぶこと ~

毎年、夏休みは忙しないのだけれど、今年の夏は格別だ。仕事量がいつもの夏の3倍くらいあるのではないかと思うほど、その上に考えさせられること満載だ。

私は、勉強が好きな学生だった。そして、私の周囲にいる人たちが、勉強は「好き」ではなくても、「学ぶこと」に前向きな人ばかりだった。

私は、勉強も含め「学ぶ」ことが好きである。

そして、目の前のある事象をじっくりと考えるのが習慣になっている。

だけど、多くの人がそうではないのかもしれないと18年足らずの期間、この仕事をしながら気づき始めている。

このところ「面倒である」というのと「わからない」が 同じだと思っている生徒に遭遇することがある。そして、大人たちは、勉強は教え方次第で「楽しく」なり、子どもたちは勉強 好きになると思っているようである。

それは、大人たちが間違いや困難から学ぶ経験が少なくて、その大切さを子どもたちに伝えられないからではないかと思う。

この仕事を始めてすぐ、大人たちが「楽しく学ぶ」、「学ぶ楽しさを教える」なんてことが、学ぶ苦しさやつらさを伝えずにできると本気で信じているようであることに衝撃を受けた。そして、このところ、その弊害を子どもたちの言動に感じることが増えている。

勉強をしない理由が

「嫌いだ」から、「面倒だ」から、「いやだった」から、または「忙しかった」から、「ほかにすることがあった」からと言って、大人に通用すると思っていること。そして、「好き」・「嫌い」で進路が決められると思っている節まであると首を傾げずにいられない―。

そりゃ、「好きこそものの上手なれ」というけれど「下手の横好き」ともいうのである(笑)。

「好きなこと」は趣味のまま置いておくほうがいいもの、そして「嫌い」でもしなければいけないことがある。そんなことを知らずに上手にできないのに、不得意なのに、「好き」だと思い込んでいる方向に進んで、失敗して立ち直れないで引きこもってしまう若者も少なくはないのだ。

子育ても、教育も、私たち大人がいなくなったあと、子どもたちが次の社会を担う人として自立するために行うもの。子どもたちの将来は、今、私たちが嫌われても言っておくこと、しておくことにかかっている―。

日に日にその思いを強くする。

そして、この夏、数学が苦手だという中学1年生君がある日夏期講習と正規授業の長丁場を終え、私に伝えてくれた言葉にやはり、子どもたちは、学びが「つらいもの」であっても、「いやなもの」であっても自ら「楽しみ」を見出し、意欲を持つことがあり、その意欲は必ず彼らに残っていくものであることを改めて教えられた。

「あぁ、疲れた。でも、先生、楽しかったよ。また来るわ。」

そして、私は改めて思う―

“No one learns as much about a subject as one who is forced to teach it.”

「人に教えることほど、勉強になることはない。」ピーター・ドラッガーの言葉だが、わが父が口を酸っぱくして言っていたTeachingis learning. (教えることは学ぶこと)と同様、本当のことだと。

Y.K



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by terakoya21 | 2017-09-26 08:30 | 新聞147-149号

まえがき (てらこや新聞147-149号より)

“No onelearns as much about a subject as one who is forced to teach it.”
教えることは学ぶこと ~


Teaching is learning. 教えることは学ぶこと―父が口を酸っぱくして私に伝えた言葉です。ピーター・ドラッガーも上のような表現で同じようなことを言っています。

子育ても教育も、親世代がいなくなっても、子どもたちが自立して生活していけるように子どもたちに伝えるべきことを伝えること。そして、その過程で子どもたちから与えられるものを感じられる大人に囲まれていたら、子どもたちは、きっと学ぶことから遠ざかろうとはしないもの。

子どもたちが勉強が嫌いなのも、勤勉でないのも周囲の大人の態度の反映です。 忘れないでいたいと思います。 Y.K


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by terakoya21 | 2017-09-25 08:30 | 新聞147-149号

英語塾の寺子屋かめいの元気を発信します


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