Message (てらこや新聞128号より)

~本居宣長記念館の吉田館長からMessage をいただきました(*^_^*)~

『てらこや新聞』で楽しみに拝見しています。
いつも、何かしら発見がありますが、
今回嬉しかったのは
『負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々』
という本の紹介。

ヴォーリズを支えた笑顔の魅力的な奥さんについて関心があったので、早速買ってきて読んでみます。

ヴォーリズとの出会いは、一昨年、近江八幡に行ったとき。
バームクーヘンが美味しいよと教えられて、
なるほど食べたら美味しくて、町を歩きながら
きょろきょろ見回していたら、
おまけみたいにヴォーリズがやって来ました。

ラ コリーナが出来て、藤森照信の建築が面白くて、
何度か人を連れて行くたびに、
私の中でだんだんヴォーリズの存在が大きくなっていったのです。

そんな中で、内田樹の『最終講義』という文庫本を読み、うなりました。

神戸女学院大学を退職されるときの最終講義などを集めた本で、
余り期待もせずに読み始めたのですが、
面白い。

まず、
「武士は用事のないところには出かけない」
という武道の師・多田宏の言葉に感心しました。

ぶらぶら歩く文化信奉者の私には、新しい発見  でした。

打つ手がなくなった患者に、
「臨兵闘者皆陣列在前」
という九字を切ってみた
池上六朗という医者の話。
でもこれで、患者である女子高校生の 原因不明の硬直が解けたというのだから驚きです。

さらにひっくり返るほど仰天したのが、
「ヴォーリズの建物というのは生き物のようなものだ」
に始まる、
「校舎が人を作る」という発想です。

これは、かめいさんのような教育者からは当たり前のことかも知れませんね。

私も少し考えたら納得できました。
でも、当たり前のはずのことなのに、
松阪の小学校や中学校の校舎ってみな同じでつまらないですよね。

内田さんのことばを借りると、
ヴォーリズの建物は、
けっこう暗くて、仕掛けがあって、扉の向こうに何がという、わくわく感があるのだそうです。

「暗がりを抜けて、思いがけず明るいところへ踏み出すときの目眩のような感じを、身体的実感として繰り返し経験させることが、学びの場には不可欠だということを、ヴォーリズは直感的に理解していたのではないか」

平城京や平安京など中国をお手本にした時代は いざ知らず、
江戸時代の日本の建築には、シンメトリ-とか全体眺望がきくような所が少なくて、
廊下の角を曲がると思いがけぬ空間が拡がっていて、
趣向をこらした庭やらふすま絵があったりするものです。
たとえば江戸城など、記念館にも図面がありますが完全な迷路です。
(ところで何で宣長はこんなものを持っていたのでしょうか?)


それが明治になって、西洋化というか機能主義、効率主義に支配されて、
建物も町もすべてがつまらなくなってしまいました。
ル・コルヴィジェのような美意識があれば、機能的でシンプルでもいいのですが、
考えのない建物は御免です。

今、本居記念館はリニューアルの計画を策定中ですが、
わくわく感がある改修が出来ればと思います。

また楽しい記事を載せてください。楽しみにしています。
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by terakoya21 | 2015-12-13 08:30 | 不思議な宣長さん

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