不思議な宣長さん (てらこや新聞103号 吉田館長のコーナーより)
2013年 11月 05日
和歌子 読書の秋ですが、今日から宣長さんと本の話をしてみます。
らん 宣長さんと言えば、本ですか。
和歌子 鈴とか桜とか和歌とかコンペイトウなど好きなものがたくさんある宣長さんですが、やはりその72年の生涯は「本に始まり、本に終わる」人生だと言えますね。
らん 本居宣長じゃなく、本と宣長ですね。
和歌子 ?
らん つまらないことですから気にしないでください。子どもの頃から本好きだったんでしょ。
和歌子 お母さんは、「跡つぐ弥四郎、商ひの筋には疎くて、ただ書を読むことをのみ好めば、今より後、商人となるとも、事ゆかじ……」と子どもの将来を心配したと『家のむかし物語』に書いてあります。
らん 弥四郎は宣長のことですか。
和歌子 少年時代の名前ですね。木綿商人の子どもとして生まれた宣長ですが、本ばかり読んでいました。
らん 何となく目に浮かぶなあ… そんな子どもっているよね。
和歌子 家は裕福だから、お父さんが元気なら、宣長も安心して本が読めたんだけど、11歳の時にお父さんが急に亡くなって、お母さんはどうしようと不安になってきたのですね。
らん 苦手だと言っても、一応は商売の修行をしたんですよね。
和歌子 それはもう少し大きくなってからよ。15歳までは、謡曲を五十一番習ったり、おそらく貝原益軒の本を読んだりしていたの。
らん 謡曲って何ですか?
和歌子 能の台本よ。薪能って知ってるでしょ。
らん かがり火のところで、無表情な面をつけて、重そうな着物を着て、ゆっくりゆっくり動くあれでしょ。
和歌子 面はメンではなくオモテと言います。幽玄の世界と言われる、日本の代表的な舞台芸術ですが、その台本の謡本を51冊習ったのよ。
らん 読書と関係あるのですか。
和歌子 そりゃそうよ、だって芝居の台本だもの。
らん ああそうか、ロミオとジュリエットとかハムレットもそうだ。井上ひさしのもそうね。
和歌子 謡曲は一つ一つは短いけれど、日本の古典や中国の歴史のエピソードが題材に選ばれていて、特に古典世界への基礎教養としてはとても便利な入門となったはずよ。
らん それを全部で51も習ったんですね。…… エキケンって誰ですか?
和歌子 貝原益軒と言って、福岡の偉い儒学者です。でも物知り博士でもあって、たくさんのハウツー本やガイドブックも書いているの。
らん ふーん
和歌子 『養生訓』という健康法の本や『大和俗訓』なんて人生の生き方の本は今も読まれているのよ。
らん そんな本を読んでいたんですか。
和歌子 おそらく宣長の家にはそんな本しかなかった可能性もあるのよ。
らん お父さんはあまり本を読まなかったの?
和歌子 証拠はないけど、そんな感じがしますね。江戸に義理の兄さんはいるのだけど、その人は本を読んでいた形跡があるの。お父さんが、目が 良くなるまでは読書は避けたらいいねと手紙で書いているのよ。
らん …でも本を読む兄さんは江戸住まいだから、読もうとしてもまわりには実用書しかなかったんですね。
和歌子 あとは謡曲のお師匠さんに謡(うたい)を習うかね。ああ、そうだもう一つ忘れていた。お寺で説経を聞くとか、本を貸してもらう手もあったわ。
らん お寺だから仏教関係ですね。
和歌子 15歳の時には「赤穂義士伝」を聞いて家で紙に書いているでしょ。
らん そうだ、思い出した、お坊さんの語りを全部記憶して帰ったんだ。小さな字で、たまに「ワスレ」って 書いてあるのを見た!
和歌子 益軒本でも読む人は多いけど、宣長少年はそれをまねして自分で本を書いちゃうのよ。
らん オオッ、それはすごい!残ってるんですよね、その本。
和歌子 14歳の時の『新板 天気見集』は、観天望気といって風や雲の動きから天気予報をする本だけど、実は益軒本からのダイジェストです。
らん リメイクかな。
和歌子 再編集本ね。
らん それが14歳、今なら、中学生でしょ。書いたこともだけど、そんな本まで残しているってすごい。
和歌子 すごいよね、全部残しているなんてね。でもね、もっとすごい本があるのよ。16歳の時の『松坂勝覧』よ。この本については次回お話ししますね。すごい本よ、期待してね。