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寺子屋の日々 ~Days in Terakoya~ (てらこや新聞100号 亀井のコーナーより)

~ Heavy Work in Youth… ~

「教育って何だろう?」―というより、「人は教育に何を求めているのだろう?」と考えることが増えている。私は、子どもたちに教育を受けさせる義務があるのは…子どもたちを社会的に自立した人に育てるためだと信じて疑わずに育った。そして、そのために父や母は多大なる援助をしてくれ、また、先生を先頭に多くの社会の大人たちが私たちを 導いてくれたのだと信じている。

が…今、子どもたちと彼らを取り巻く大人たちを見ているとそれは―違うのかもしれないと感じることが多い。教育は、教え育むこと。教えることは、導くことのはずなのに…子どもたちを導き育むことを忘れている大人が多すぎて、子どもたちが迷っている、子どもたちが苦しんでいると感じることが増えている。

100号の記念号に、いつもの調子で「怖い」と 言われる文章になっていくかもしれないと思いながらも、書き始めた。私が13年前、「寺子屋かめい」を始めたとき…驚いたことはたくさんあった。すでに、高校生の授業での板書は、英単語より漢字の方が多いときもあり…「先生、白板、ぼくが消したろ」と突然授業中立って歩き出す生徒もいれば、「座りなさい」という声に、立っている張本人から「先生、それ、だれに言っているの?」なんて質問が飛んだ。アメリカから帰国して1年半、28歳の私には、何もかもが衝撃で…年末まで頑張ったけれど、クリスマスパーティーの前日、動けなくなり、救急車にのりはしなかったものの、救急で医療処置を受けた…。(-_-;)それから、13年―同じ症状がでることは多々あるが、神経は図太くなり、そして経験も積んだ。それでもまだ…やはり、驚き、憤り、悩むことは多い。

ただ、28歳のときと違うことは…問題は子どもたちではなく、私たち大人だという認識があること―だから、できるだけ子どもたちには優しい厳しさで接すると同時に、いろいろなところで発信をすることにしている。

今、子どもたちを取り巻く環境は、過酷だ。大人が想像している以上に過酷だ。毎日、接している 私は、ほぼ毎日のように、今41歳でよかったと思う。心から、自分の生まれた時代と環境に感謝をする。

そして、私は、「学問」の大切さを、自らの勤勉さと親としての厳しさで私に伝えてくれた両親に感謝する。私は、勉強は何のためにするのか―ということに迷いを持ったことが1度もない。 ―もちろん、したくない時の「屁理屈」に「こんなんしたって何になるんさぁ」なんて言ったことは何度もあるが― 人生において、そのとき「いやでも」「理解できなくても」「納得しなくても」しなければならないことが あることを教わっていた。それが今、自分の人生に生きていることを実感している。

勉強は、自分の将来のためにする。そして、その時、わからなかったことや、納得できなかったことも、わかるときが来ること、また納得する日が来ること―最後に感謝できる年齢になることを今の私は知っている。だから、今嫌われても構わない、罵られても仕方がない…彼らがいつか理解してくれることを、何かを学んでくれることを信じて、この仕事を続ける。

O God, grant me the serenity to accept the things I cannot change,
courage to change the things I can,
and wisdom to know the difference.
(Serenity Prayer)

私の好きな祈りだ。

神様、変えられないものを受け入れる冷静さと
変えることのできるものを変える強さと
その違いを知る賢さを私に与えて下さい。
(ニーバーの祈りより)

今年もこの祈りを思い出すことが多い。

子どもたちや彼らの周囲の大人を見ていると…「変えられるもの」と「変えられないもの」を取り違えているように思うことがある。

自分は変えられるけれど、人は変えられない。

私は子どもたちの学びの手助けをすることはできるけれど…学ぶのは子どもたちだ。

そして、大人たちに言いたい。子どもたちの今の苦労は、将来楽をするための苦労である。その希望を子どもたちから奪わないでほしいと。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とも「かわいい子には旅をさせろ」ともいうように…。

(Y.K)
by terakoya21 | 2013-07-25 00:15 | 寺子屋の日々

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