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上越だより (てらこや新聞91号 下西さんのコーナーより)

「中山間地の歴史と未来」

9月30日は、旧暦8月15日で仲秋の名月にあたりました。旧暦8月15日で思い出すのは、『竹取物語』の終盤、かぐや姫が月に帰るため月からの迎えが来た場面です。

宵(よい)うち過ぎて、子(ね)の時ばかりに、家のあたり昼の明さにも過ぎて光りたり。望月(もちづき)の明さを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。大空より、人、雲に乗り下り来て、地より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。

月の世界で生まれた「かぐや姫」が、月の帰る約束の日が8月15日です。返したくない竹取の翁・媼や、求婚者の帝たちと、月からのお迎えの使者が、必死の攻防をくり返します。この物語のクライマックスです。まぶしいほどの光とともに、月からの使者は、やって来ます。「満月を10個合わせたような」という表現が、「言い得て妙」、平安時代のリアルさを感じさせます。雲に載った天人は地表には降りません。地上150㎝くらいのところで止まります(浮いている)。地上は、不浄との考えがあったのでしょうが、現代の私たちには、「ドラえもん」の道具の一つを思い起こさせ、不思議なリアル感があります。

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9月30日、上越市立桑(くわ)取(どり)小学校体育館(上越市大字増沢 今年度で閉校に)にて、「月(つき)満夜(みちよ)の里神楽(さとかぐら)」が開かれました(観客は120人くらい)。仲秋の名月を愛でるのが本来の趣旨で、野外での月見と神楽とを楽しみにしておりましたが、台風17号の襲来はあいにくのことでした。この神楽は、桑取・谷浜地区の春祭りや秋祭りに、個々の神社で行われていたものを、「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」と神主・地域住民とで実行委員会を作って、一つの舞台にて披露することになったそうです。「庭(てい)清(せい)・獅子(しし)・三番叟(さんばそう)・太平(たいへい)楽(らく)・幣帛(へいはく)・鏡(かがみ)舞(まい)・戸隠(とがくし)・天女(てんにょ)・海(うみ)幸(さち)・国土(くに)経営(つくり)」の10の演目が上演されました。

神主の太鼓や笛のお囃子に、やはり神主中心の舞手が、一人か二人。シンプルなこの神楽は、華麗な舞というよりも、楽しい神楽、観客参加型の神楽でした。「海幸」では、恵比寿さんのような扮装の舞手が、舞うというより、魚を釣る仕種をして、観客からの差し入れの「獲物・釣果?」を、観客に投げ返すという、楽しい趣向でした。わたしの座席にも、キャンディと鯛焼きが飛んできました。新米のおむすびを食べながら、外の風雨を忘れるひとときでした。地区ごとの神社が、多種多様の神楽を伝え続けていることに、驚きました。

写真物語『ナカノマタン』(著者…中ノ(なかの)俣(また)たき火会・NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 発行所…農山漁村文化協会)は、愉快な本です。そして、懐かしい思いをかきたてる本です。上越市の西部中山間地にある「中ノ俣」の四季を、仕事を、歴史を、暮らしを、苦悩を、また夢を描いています。「中ノ俣」の文化祭のような本です。「やろまいか(やりましょう)」があふれていて、限界集落の結束力(結(ゆい))を感じました。「ナカノマタン」とは、中ノ俣の住民とその応援団を指すのかな。

この本に触発され、田舎で育った子供のころの生活が、よみがえってきました。半世紀も前の生活。ぼた餅も巻き寿司もあられも、家で作っていましたっけ。家の田んぼに行く途中、雑木林を抜ける小道に沿って小川がありました。木漏れ日を受けゆらゆら輝いた水面が、脳裏に浮かびます。あの風景はどこに行ってしまったのでしょうか。圃場整備されてしまった現在は、その場所を特定することもできなくなってしまいました。

里神楽が上演された桑取地区では、15年ほど前に3年がかりで民俗文化の調査が行われ、平成11年 『桑取谷民俗誌』にまとめられました。まとめ役の真野俊和さんは、その序で、

……市西部の中山間地には、かつて今よりもずっと多くの人々が生活していた。しかしこの半世紀たらずの間に人口は流出し、消滅に近い村も少なくない。だから数だけみるなら、上越市民の大部分は平野部に住んでいることになる。けれども歴史的にはむしろ先行するぐらいの由緒をもっており、頸城(くびき)平野の農村とはことなる伝統と民俗文化を形づくってきた。……

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人口の都市部への片寄り、中山間地の過疎化は全国的に見られることだろうと思います。そして、歯止めがかからないのが現実です。しかし、この桑取・谷浜・中ノ俣・正善寺地区に、平成14(2002)年に「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」ができ、中山間地を活性化させる新しい試みが起きています。理事14名・8人の専従スタッフ・300名を 超える会員で構成されたこのNPO法人は、市の受託事業(市民の森・地球環境学校などの管理)と自主事業(棚田学校・古民家再生学校・加工品販売など)と会費で、収入を賄っています。その活動は、各種団体から高い評価を受けており、昨年は「『オーライ!ニッポン大賞』のフレンドシップ大賞」(財団法人・都市農村漁村活性化機構主催)を受賞しました。専従スタッフの中には6人の県外の青年がいるとか、電話の取材に答えてくれた方は長崎県出身で、NHKの「クローズアップ現代」に取り上げられ、興味を持ったと語ってくれました。今後「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」は、農家レストランをオープンさせるのが目標とか。建物も、材料も、自前のレストランだそうです。

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写真家・濱(はま)谷(や)浩(ひろし)(1915~1999)は、昭和15(1940)年から10年にわたって、まさにこの桑取谷の冬の生活や小正月の行事などを撮影し、代表作『雪国』(1956年発行)に結実しました。そして、写真集『雪国』によって桑取谷と鳥追いなどの独特の習俗が、全国的に知られることになりました。

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9月22日に桑取・中ノ俣一帯をドライブしました。山と山の間にコンクリートの人工物…、はたして北陸新幹線のトンネルでした。北陸新幹線の車窓からは残念ながら、ここの美しい風景は見えないようです。ちょうど、稲刈りの時期で、田んぼの畦や道路脇には、刈り取った稲を干すための「はさ」が整えられており、あるいは、黄金の衝立ができていました。猛暑の夏が過ぎ、「雪国」になる前の心安らかな季節を迎えていました。
by terakoya21 | 2012-11-06 11:01 | 上越だより

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