不思議な宣長さん (てらこや新聞84号 吉田館長のコーナーより)

第十二話 『古事記』が編さんされて1300年

和歌子 前にもお話ししましたが、今年は『古事記』が出来て1300年です。

らん ずいぶん昔ですね。

和歌子 672年の壬申の乱が起こり、701年「大宝律令」が制定され、710年平城京遷都。712年『古事記』編さん、720年には『日本書紀』編さん。752年東大寺大仏開眼と、歴史は流れていきます。

らん みんな教科書に出てきますね。

和歌子 「日本」という国の名前が定まったのも、600年代の終わり頃と言われています。日本の出発点ですね。

らん 1000年以上前なんてあまり想像できないなあ。

和歌子 宣長さんは、私の学問が500年先か1000年先にでも評価されたらいいんだ、と言っています。

らん すごく長いスパンで考えるのですね。

和歌子 今年も4月8日、日曜日に「宣長まつり」が松坂城跡で開かれます。

らん 桜の頃ですね。

和歌子 今年は、「松阪の一夜(ひとよ)」がテーマです。

らん 「イチヤ」ではなく、「ヒトヨ」ですか。

和歌子 「一夜」は、学校ではイチヤと教えていました。今はヒトヨと読んでいます。お祭りは昼間ですけどテーマは夜です。

らん 真淵先生との対面ですね。

和歌子 1000年も前に書かれた『古事記』を読まねばならぬ、と考えたのはいいけど、この考え間違っていないかなとか、ほんとに読めるのかと不安に思っていたときに、会うことが出来たのです。

らん よかったですね。

和歌子 宣長さんの人生を見ていると、望みは叶うものだと思います。

らん 真淵さんはどこから来たのですか。

和歌子 浜松(静岡県浜松市)の生まれだけど、当時は江戸に住んでいました。

らん どうやって知ったのですか。

和歌子 行きつけの本屋さんが教えてくれたそうです。

らん 何で松阪に来たのかな。

和歌子 伊勢神宮に行かれる途中ですが、実は別の目的もあったものと私はにらんでいます。

らん どんな目的?

和歌子 松阪周辺はお金持ちが居て、すごい本が秘蔵されていたらしくて、どうもその情報を集めたかったのかもしれません。

らん それで会えたのですか。

和歌子 日野町の旅籠(はたご)新上屋に泊まっていると教えてもらい訪ねていったらもう出発したあとで、あわてて追いかけましたが結局この日は会うことができませんでした。帰るときに期待をしていたら5月25日に新上屋から連絡が入りました。

らん 突然、会いたいなんていわれて真淵さんは困らなかったのかなあ。

和歌子 そこが偉いところというか、一目見て、本気だと思ったのでしょうね。

らん こやつはただものではない。

和歌子 真淵さんはていねいに対応してくれました。『古事記』を研究したいのですという宣長に、学問は基礎が大切。まず『万葉集』を教えてあげようと約束してくれます。宝暦13年、宣長34歳、賀茂真淵67歳、生涯ただ一度の対面となりました。

らん お祭りでは何があるのですか。

和歌子 子どもたちが「松阪の一夜」の歌を歌ってくれます。しみじみとした良い歌ですよ。

らん 歌があるのですか。知らなかった。

和歌子 明治の初め頃、新上屋の隣の本屋さんでは、二人の対面のことが、伝承として遺っていました。それを聞いたのが佐佐木信綱少年。大人になってから書いたのが「松阪の一夜」と言う文章で、教科書にも載り、全国の子どもたちは出会いのすばらしさに感動したのです。たった一回の出会いで、人生が、また日本の歴史が変わったのだよ。今もこの教材を懐かしく思い出す人は少なくありません。

らん ほかにはなにかありますか。

和歌子 しょんがい踊りも、これはしょんがいバージョンの「松阪の一夜」で踊ります。記念館では真淵先生と会った日の宣長の「日記」なども公開してるし、鈴屋では「紙芝居」もやってるからのぞいてみてね。
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by terakoya21 | 2012-04-04 14:08 | 不思議な宣長さん

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