不思議な宣長さん (てらこや新聞72号 吉田館長のコーナーより)
2011年 05月 06日
らん 宣長さんが『古事記伝』という本を書いたことは習ったし、鈴が好きだったことも知っていましたが、高いところが好きだったとか、徹夜していたなんて初めて聞きました。
和歌子 じゃあもう一つ、これはとても大切なことだけど、教えてあげます。
それはね、字をていねいに書いたということです。
らん なんだ、私も結構ていねいに書きます。
和歌子 宣長さんは、ほとんど字を間違えないの。
らん 宣長さんの頃って消しゴムもなかったもんね。間違ったら大変だ。
和歌子 それと、ほら、最初はていねいだけど段々乱雑になることってあるでしょ。それがないのよ、宣長さんの場合は。最初から最後まで筆跡が変わらない。
らん それってすごい。
和歌子 机に向かったら集中して、一切余計なことは考えない。すると頭の中のコンピュータが動き始めるの。
らん 頭の中にコンピュータがあったんですか。
和歌子 もちろん譬(たと)えですけどね。頭の中に古典文学や日本語、中国の漢字、サンスクリット語とか巨大なデータベースがあって、検索すると次々出てくるの。条件を指示しながら検索を続けて、その結論をていねいな字で書いていく。
らん まるで器械みたいだ。
和歌子 『古事記』に「ウマシ」という言葉が出てきます。普通は「美味しい」の意味ですね。宣長さんの頃もそうです。
でも、ちょっと待って、宣長さんの頭のデータベースが動き出しました。『日本書紀』にはこんな例がある、『万葉集』にはこんな歌、『懐風藻』には、と次々に用例が出てきて、どうやら口で味わうだけでなく、昔は心や目や、耳で感じたものにも「ウマシ」という表現を使ったのだ。すばらしい浜辺だなあ、と言うときには「ウマシ小浜」、すばらしい道には「ウマシ道」、人に対しても、マヂさんはすてきな人だと言うときには「ウマシマヂノミコト」って使うのだと言うことがわかってくる。一つの言葉の意味が解明しました。
らん それをていねいな字で書く・・信じられない。
和歌子 そうね、でも宣長さんにとってはこうやって考えることが楽しかったのよ。机に向かうと学問する器械に変身することについてはまたお話しするとして、この「字をていねいに書く」、これが宣長の学問のすばらしさの証だと思うの。間違えずていねいに書くためには集中することが必要ね。またきれいに書かれた字は後から見たときでも読み間違えないし、ほかの人にも読みやすいでしょ。
らん ノートもていねいに書くと復習の時に楽です。
和歌子 でもちょっと面白いのは、精確な学問を象徴するような几帳面な字もあれば、和歌や物語の時は草書体というか字をくずして書いたり、またお医者さんとしてのカルテや、メモは走り書き、それから遊びのような面白い字体とか、それぞれのシーンで文字を使い分けているのよ。
らん ちょっと見てみたい気がしてきました。
和歌子 今、本居宣長記念館では「うつくしい字」という展示をしているけど、一度のぞいてみたら。4月3日の日曜日には「宣長まつり」で無料だからぜひ見てらっしゃい。らんさんと同じ14歳から72歳で亡くなるまでのいろいろな字が並んでいるけど、17、18歳頃の絵入りのノートや、『古事記伝』は必見ね。