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寺子屋の日々 Days in Terakoya (てらこや新聞59号 亀井先生のコーナーより)

~ 継続は力なり ~

1月のある日、あるアメリカ人からカードと写真数枚がプレゼントとともに届いた。彼女は、私の高校留学時からの友人で、私にとって世界で一番の大親友である。しかし、彼女と私の人生に共通項は、ほとんどない。それでも手紙1通、小包1個、写真1枚で、2人の気持ちは20年以上も前の時代へと遡り、会えば時間的、空間的ブランクもすぐ埋まる…彼女の夫ですら、不思議がり、うらやむ関係をこの20年余りの間に育んできた。

そして、久しぶりに見た彼女の笑顔の写真、子どもたち、兄弟たち、ご両親の写真に、ふと思いを巡らせた。写真を見て、母が「ここは少子化と無縁だね。」なんて言っていたせいもあるだろう。彼女の結婚式で、私は「私の分まで子どもを産んでね。」と頼んだのだけれど、結局彼女は3人の子どもを産み、彼女の双子の妹は4人を産んでいる…。彼女は6人兄弟の次女、ほかに姉が1人、妹が1人、弟が2人いる。彼女のご両親には、すでに13人の孫がいるが、末っ子のDuaneはまだ29歳(3月で30歳だけれど)で独身である。

子沢山であることには、宗教的な理由もあるかもしれない。けれど、「貧困」やら「経済的な理由」やらが、少子化の理由として、さももっともらしく語られる日本にいると、私には、彼女らの堅実さを見習う必要があると思えてならない。それが、少子化対策のカギになり、学力低下への対策にもなるのではないかと思うのだ。

高校留学時、私には憧れの少年がいた。彼は、その後大リーガーになり、日本のプロ野球でも一瞬プレーしたことのある選手だったが、当時の彼の夢は「farmer(農夫)」。彼はフレッシュマン(freshman※)のときからスカウトに目をつけられているほどのサウスポーのエースピッチャーだったのに…である。

兵役を済ませてから「農夫」になる…。彼はそう言いながら、野球が上手で、他のスポーツはちょっと下手でも何にでも一生懸命トライする、そして留学生である私の面倒もよく見てくれ、私にはなんとも魅力的な人だった。

私の高校留学先であるテキサスのシュレンバーグという町は、当時2400人の村で、牛の数の方が人口より多いくらいの田舎で、多くが農業従事者だった。そして、子どもたちも牛や豚、にわとり、羊などを育て、馬に乗り…家業を手伝うのは当たり前だった。彼も家畜を育て、父親の仕事を手伝っていた。両親が酪農牧場の経営者だった私の親友とその兄弟たちも、平日でも朝3時には起きて、乳搾り係、えさ係、朝食準備係に分かれ働いた後、学校に通っていた。もちろん、放課後も、仕事は、夕食作り、乳搾り、えさやりに分かれた。そして、彼女らは私と一緒にドリルチーム、ソフトボール部に所属していた(私は他にバスケットボールを、彼女らは陸上をしていた)。当時、小学生だったDuaneもえさやりを手伝っていた。彼は今、独身だけれど、自分で買った一軒家に住んで生活している。他の子どもたちも近くに住み、ご両親を助け、兄弟同士助け合ってもいる。一方、長男のGregは家業をついではいない。たしか、公務員になっている。Duaneも勤めに出ていて、酪農場は現在閉鎖されている。

「で?何が言いたいの?」という質問にお応えすると…家の手伝いをすることは、生活力を持つ子どもたちを育てる上で大切なことだということだ。そして、それは、少子化、学力低下への対策としていくらか効果があると私は信じている。家業がある、ない、継ぐ、継がない、の問題はまた別のこと。大学3年生になってどんな仕事が自分に向いているか、自分の能力は何かを考える日本の若者が、社会に出るのを恐れるのは、それまでの生活において、あまりにも「社会での役割」というものを知らずに生活しすぎ、すでに出遅れているからだと思う。まさに、継続は力…幼い頃から体で覚える「仕事」…将来どんな職業に就こうとも、役に立つのだ。

もちろん、アメリカでもパラサイトシングルやニートの問題がないとは言わない。都会育ちの私のホストブラザーの1人は、ニートに近い時代が長い間あった。しかし、彼はすでに2児のパパである。そして、田舎の子どもたちの多くは、地に足がついた余裕のある生活をしているように見える。「田舎には仕事がない」などと言い、過疎化が進む日本とはかなり事情が違うようである。

この親友の家族は私の第二のホストファミリーとも呼ぶべき存在で、彼らの家では、田舎だけれど市街地で育った私には想像もしな かった世界を体験させてもらった。私の親友は高校を卒業してすぐに、家を手伝い、転々と場所は変わったものの事務や店員の仕事をして生計を立てていた。そして、24歳でオクラ農家に嫁ぎ、今は12歳を筆頭に3人の子どもを育てながら、はちみつまで作りながら、非常勤の小学校の先生をしている。

昔から、彼女と私の共通項は、同じようにワンパクな子ども時代を過ごした以外には、軸足を必ず、家族と故郷に置いていることただ1つだろう。それでも、私は、輝くような笑顔を持ち、生活をいつも楽しみ、満足している彼女が、彼女は、次から次へとあちこちを飛び回りながら、着実に夢を実現しようとする私が、友達であることを誇りに思っている。私の人生は、彼女と出会わなければ、大きく違ったものになっていただろう。

(Y.K)

※アメリカの高校は4年制で、1年生をfreshman(フレッシュマン)、2年生をsophomore(ソフォモア?)、3年生をjunior(ジュニア)、4年生をsenior(シニア)と呼ぶ。フレッシュマンはちょうど、日本の中学3年生にあたる。私の憧れの少年は当時14歳だった。
by terakoya21 | 2010-03-10 18:27 | 寺子屋の日々

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